トマス・フォード「2台のリラ・ヴァイオルのためのパヴァン」考

17世紀前半に活躍した作曲家トマス・フォードと、彼が得意としたリラ・ヴァイオルの演奏実践についてのまとめです。
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今回はマイナー作曲家訳アリ楽曲という揃い踏み

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

一般あまり馴染みのない作曲家の曲で、加えてある事情より実演の機会も少ない曲を、敢えて選びました。この際に是非トマス・フォードと、リラ・ヴァイオルについて知っていただきたいです。従ってこれからの連ツイのテーマは主に、この作曲家と、このやや特殊な演奏実践についてです! twitter.com/smrtaccompanis…

2020-08-06 08:09:13
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#SA新着情報 坂本龍右 @contra2nd さんによる次のマイナスワン、トマス・フォード(? -1648)によるパヴァン'M.Maynes Choice' from Musicke of Sundrie Kindes (1607)が公開となりました!ガンバの変則調弦を用いたしっとり系良曲です! filmuy.com/smartaccompani…

2020-08-05 00:59:39

トマス・フォードという作曲家について

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

トーマス・フォードは生年は不明ながら、概ねトマス・モーリージョン・ダウランドよりは一つ下の世代にあたり、おそらくオーランド・ギボンズ同世代と考えられます。フォードの代表作品は、1607年に出版された「Musicke of Sundrie Kindes 」。直訳すれば「様々な種類の音楽」となるでしょうか。 pic.twitter.com/teOxEXF6wm

2020-08-07 08:23:35
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

アンソニー・ルーリー氏率いる、コンソート・オヴ・ミュージックが1970年代半ばに発表した、LP4枚組によるルネサンス音楽のアンソロジー。そのアルバムのタイトルは、このフォードの曲集にあやかってつけられたもの。今さらながら、その考え抜かれたプログラム構成に脱帽です。#私的古楽の楽しみ pic.twitter.com/AdAtykhUau

2020-08-09 07:54:07
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

トマス・フォード1611年に、当時の英国王ジェームズ1世の長男、ヘンリー・フレデリック・スチュアートに仕える音楽家に指名されます。しかし翌年、この王太子は18歳の若さでチフスにより病死。フォードが次に仕えたのがヘンリーの弟で、後に英国王として即位するチャールズでした。 pic.twitter.com/aJVqljFnOe

2020-08-07 08:35:13
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

フォードチャールズに、1642年の内戦勃発時まで仕えますが、最初に仕えたときの肩書が興味深いです。彼の役職名「lute and voices」からは、フォードリュートを良く奏し、また歌の素養もあったことが伺えます。ダウランドが求め続けた、英国王付きの音楽家の地位に、フォードは長くいたのでした。

2020-08-07 08:40:34
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

フォードリュートだけでなく、ヴァイオル(ヴィオラ・ダ・ガンバ)の名手でもあったことがその作品から分かりますが、両楽器は互いに親近性がありました。17世紀前半の代表的な英国の作曲家では、フェッラボスコ(息子)ジェンキンズといった人々が、この2つの楽器に特に秀でていたことで有名です。

2020-08-07 08:49:36

フォードの曲集の構成をおさらい。

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

第一部は歌曲第二部は器楽曲からなります。リュートヴァイオルの他に、オルファリオンという楽器が記されていますが、これは16世紀後半に英国で発明された、リュートの調弦で金属弦を張った楽器。この楽器専用の曲集を初めて出したウィリアム・バーレイの名が、フォードの曲集にも現れるのがミソ。 pic.twitter.com/bBjJscZBm8

2020-08-09 08:33:37
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

オルファリオンエリザベス朝末期からしばらくの間流行の楽器だったわけですが、もう一つの流行と言えば、ヴァイオルをリュートのように弾くということ。第一部の最後には、2声部の歌及び、リュートのように調弦された(tunde the Lute Way)2台のヴァイオルのための、対話形式による曲があります。 pic.twitter.com/JgI5UtvMRJ

2020-08-09 08:37:12
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

でもよく考えると、当時の標準的なヴァイオルの調弦はリュートと全く一緒でしたので、わざわざこう書くのはちょっと不自然な感じもします。おそらく「the Lute Way」は和音主体で演奏するというニュアンスを含むのでしょう。これをさらに洗練させたのが、「リラ・ヴァイオル Lyra Viol」の奏法です。

2020-08-09 08:44:02

では、リラ・ヴァイオルとは!

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

今回マイナスワン音源を提供させていただいた、パヴァンの原譜。「M.Maynes Choice」の副題は、譜面の最後に記されています。2台のリラ・ヴァイオルのパートは、隣り合うページにこうしてそれぞれが上下逆に印刷されています。つまり、譜面を平らなテーブルに置いて、向かい合って演奏するわけです。 pic.twitter.com/KCFpCo3wRg

2020-08-10 02:10:58
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

この曲は、非常に深い内容をたたえた3部形式のパヴァンで、同時代のリュートやヴァージナルの音楽に匹敵する奥行きと広がりを持っています。一台の楽器で旋律と和音の両方を弾くリラ・ヴァイオルのスタイルで書かれ、しかも2台の楽器で演奏するので、一層重厚なサウンドになるというわけです!

2020-08-10 08:05:59
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

トマス・フォードは曲集の扉で、この和音主体のヴァイオルの奏法「リラ・ウェイ the Lyra Way」と呼んでいます。これに対するのは、ロバート・ジョーンズ1601年刊行の曲集で書くところの「ザ・プレイン・ウェイ the playne way」、つまり通常調弦バス声部を主とする旋律パートを弾くものです。 pic.twitter.com/AEA76EbK6Q

2020-08-10 08:22:49
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リラ・ヴァイオルの演奏実践はどこから?

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

ジョーンズは、歌の伴奏につけられたリュートパートの「代替」としてのヴァイオルパートに、変則調弦を使用していますが、特定の調を響きやすくする、あるいは左手のポジションを楽にするために、積極的に調弦法を変えるリラ・ヴァイオルの考え方は、このような実践とも大いに関係しているでしょう。 pic.twitter.com/dBDJYOiXIc

2020-08-10 08:28:53
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

こうしたことをふまえて、リュートヴァイオル共に巧みに奏したと考えられるフォードの作品を弾いてみると、リュート奏者の目線で見ると非常に附に落ちる箇所が多いのです。旋律的なヴァイオルの奏法の側だけからでは一見不合理なことも、リラ・ヴァイオルの実践からすると、ほとんどが合理的です!

2020-08-10 08:37:02
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

プレイフォードが出版した、「リラ・ウェイ」よるヴァイオルの曲集は、教則本の要素も兼ねています。これが出たのは、パーセルが活躍を本格化させた1680年代の前半。つまり、英国においてはこの演奏実践は、実に一世紀近くも続いたことになります。決して一過性の現象ではなかったのですね。 pic.twitter.com/KhVVzd6FQ6

2020-08-11 07:35:16
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英国でのリラ・ヴァイオルの実践は、思った以上に長かった!

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

いわゆるリラ・ヴァイオルは、コンソート(合奏)用のヴァイオルよりも小型だとする、当時の文献もあります。弦長が短い方が様々な調弦に適応しやすいからでしょう。この「ぽっぷ古楽」の動画は、そのデモンストレーションも兼ねています。冒頭に出てくる調弦レシピにも注目。youtube.com/watch?v=HHKg4R…

2020-08-11 07:42:02
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

リラ・ヴァイオル調弦レシピでの注意点は、各調弦法はタブラチュア譜によって示される左手のポジションにより、隣り合う弦の音程間隔によって表されることです。これは、例えばビーバーやヴェストホフがヴァイオリン曲に用いている変則調弦で、各弦の絶対音高を明示しているのとは異なる方法です。

2020-08-11 07:47:49

リラ・ヴァイオルのソロの音楽は、調弦・ピッチの自由度がとても高い。

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

リラ・ヴァイオル、または通常のヴァイオルによる「リラ・ウェイ」の演奏実践は、基本的にソロであることが多く、最高音の細い弦が切れずに無理なく響くのなら、現代のようにチューナーに合わせる必要もなく、自由にピッチを選べるわけです。ですので比較的「鷹揚な」レパートリーだと言えるでしょう。

2020-08-11 07:54:46