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「嗚呼、日本は負けるんだな」と思った時の話

どうしてこうなった
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白川優子 @yuko_shirakawa

新人看護師時代、一緒に働いていた当時70過ぎの看護師さんの戦時中の日赤看護婦時代のお話です。大本営発表ではしきりに有利な日本の戦況を国民に伝えていたなか、病院では物資の支給が減り、最後は包帯の代わりに紙が届きはじめたと。少女ながら「嗚呼、日本は負けるんだな」と確信していたそうです。

2020-08-16 11:07:28
kous37 @kous37

こういう話はたくさんあるのだが、ある種の形式があるのだよな。

2020-08-16 13:45:38
kous37 @kous37

ものがなくなったから負けると思った、というのはある種の説得力はある。ただそれは日本が絶対的に窮乏したというだけではなくて、担当者が隠匿し始めたというのもあると思う。八月15日の夜に物資を満載したトラックが何台も基地の倉庫から遁走したという話は林健太郎が自伝で書いていた。

2020-08-16 13:49:21
kous37 @kous37

林健太郎は戦時中東大西洋史の助手かなんかで日共に入っていた経験もあり軍に睨まれて二等兵で招集されたのだが、上官に西洋史の学生がいて倉庫番の仕事を割り当ててくれ、終戦までずっと倉庫で本を読んでいたのだそうだ。その倉庫が終戦の日に空っぽになったという話。どこからトラックを調達して

2020-08-16 13:54:10
kous37 @kous37

来たのかと不思議がっているのがおかしかった。

2020-08-16 13:54:10
kous37 @kous37

軍隊というのは秩序が厳しいわけだが、敗戦によってあっという間に秩序は崩壊したという話はよく聞く。士官についていた従卒はいうことを聞かなくなって世間でヤクザだった二等兵が捕虜収容所を仕切ったり。

2020-08-16 13:57:59
kous37 @kous37

林が訝しんだトラックも、常日頃から目端の利く奴が目をつけておいて、終戦の詔勅後の混乱に紛れてさっさとかっぱらったのだろう。戦後の生存競争はいわば終戦前から始まっていたのだ。

2020-08-16 13:59:47

「日本は負けるんだな」のツイート

しゃむ @mo_mo_3_3

祖父は長男だが志願兵として国の為と家を出たが、終戦間際なのでベニヤ板にハンドルをつけたおもちゃで操縦訓練させられ(ああもう日本は負けるんだな)と思った。派遣先は広島市内の予定がなぜか関東方面へ。B29に襲われ、叫んだ言葉は「天皇万歳」ではなく「助けてお母ちゃんー!」だった。→

2018-08-08 01:15:22
しゃむ @mo_mo_3_3

2つある内の1つの防空壕へ逃げ込んだが、片方は全滅「いい奴はみんな死んだ。わしは生き残ってもうた」息子娘らにはこの事は一切話さず。孫の私には酔っ払った時に教えてくれた。「孫だから言えたのかもね。」生きてる時に聞けてよかった。祖父が生きて帰ってくれたから今の私がある。

2018-08-08 01:23:11
あわじまさき @hijmsawaji

ポーランド戦への批判を見てると「ああ、次の戦争でも日本は負けるんだな」と思わざるを得ない。 戦略目的を達成するためにはルールのうちでどのような戦術を取ろうとも非難される筋合いは無い。

2018-06-30 15:10:16
ツルバミ @henomoheko

祖父は母が生まれる前にこの世を去ったので、私が知っている唯一の話は、大阪の空襲の火を見ながら「日本は負けるんだな」と呟いたらしいということだ。

2017-08-16 00:20:45
きょ @kyosshern

蓄音機の鉄針まで持っていかれて、日本は負けるんだなと中学生だった父は思ったそうだ。 それにしてもいいデザインのポスターだこと。それで撮影されたのかしら。 twitter.com/suishi1916/sta…

2017-02-27 22:15:08
˖ * peki ◌︎ ⑅︎ @peki_selfish

祖母は香川の林町にある飛行場で勤労奉仕。毎日トラックの荷台にすし詰めで通っていたらしい。終戦の日、突然集合しろと言われ、みんなでステレオから流れる玉音放送を聞いたそう。祖母は日本は負けるんだなとなんとなく感じながら毎日働いていたんだとか。

2015-08-15 23:00:58
御膳掛 @ozen1069

昔、東京外大に居て学徒出陣となったスペイン語の先生が「東京外大の(関東大震災の)仮校舎の食堂のラジオで日米開戦のニュースを聴いたけれども、アホやな、と思った。」とか、職業軍人5年やっていた零戦乗りは「ガソリンが(アルコールで)薄められて、ああ、日本は負けるんだな」と、(続く)

2015-08-15 21:30:13
御膳掛 @ozen1069

(続き)確信した、と言う所感、伺った時には「え、本当ですか?」の話だったけれども、それらはどうやら本当らしい、と言うのはついぞ数年前、だな、確信したのは。

2015-08-15 21:32:15
ぼす @mooboss715

⑨その後も何度も空襲がありました。それでも日本は勝つと大人が言ってます。でも11歳になったみーさー少年は「きっと日本は負けるんだな」と心の中で思っていました。でも絶対に口にはできません。負けるに決まってると口走ったお兄ちゃんはお父さんからものすごく怒られていました。

2014-08-15 14:29:45
小林誠 2220 @makomako713

B-29親父が言うにはその迎撃を見たことがあるそうで、迎撃機がどんどん打ち落とされる中、一機墜ちそうだ。後でラジオで「我が方に損害なし」と放送されて、ああ、日本は負けるんだな、 と、思ったとか。昭和五年生まれの飲んだくれ親父。

2013-02-04 19:09:42

コメント

にじかれー💍💍 @nijikare2 2020年8月16日
後からそう思った、じゃないの?当時の日記なんかにそう書いてあったら信用できるけど。ただ、子供の学校に提出の可能性がある日記には書けないよね。
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フローライト @FluoRiteTW 2020年8月16日
倉庫番、番できてねえじゃん……
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mlnkanljnm0 @kis_uzu 2020年8月16日
もし負けたら男は全員殺されて女はレイプと当時の国民は吹き込まれてたと思うんですが、みんなそろって「負けるんだな」程度の感想だったということはインターネットで真実を知ってたということなんでしょうかね?
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ニートその3 @apribi 2020年8月16日
そもそもABCD包囲網で物資が入ってこなくなったからまだあるうちに開戦するしかなかったんじゃないっけ?
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ええな@(政経&剣術)🐷手洗い @WATERMAN1996 2020年8月16日
負けた後で「俺は負けるだろうと思ってたんだよ」と誰もが言い出すんだよね。これって、勝つはずだ、勝てるはずだ、と思って窮乏生活に耐えていた気持ちに折り合いをつけるための心理的作用だと思うよ。
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kartis56 @kartis56 2020年8月16日
はだしのゲンではどうだっけ
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バジル @dNPQyjwy2HfUdMX 2020年8月16日
今年も後出しジャンケン大会の時期がやってきましたね
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⛩️ のーみん丁 ⛩️ @noumin_T 2020年8月16日
ある種の予知の類と同じだと思う。実際には時々予感がしていて、的中する直前の物だけが思い出される事で予言となる仕組み。戦争については勝敗二択だし、敗戦は予知という程の事でもないから敗戦間際ともなれば度々「どうもこれは負けそうだな」という感覚があったのでしょうね。
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わたげ @watage45 2020年8月16日
うちのばあちゃんは「本当に勝つのか?と思うこともあったけど大人はみな勝つと言ってたので一応信じてた」と言ってたな…
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マシン語P @mashingoP 2020年8月16日
軍の秩序と士気は戦争末期から乱れていたらしい。父方の祖父は昭和20年春頃まで芝浦の海軍倉庫で勤務をしており、その時に物資の盗難事件が発生して現場の状況を手帳に書き残していた。内部関係者も一枚噛んでいるであろうモラルの低下ぶりが伺える。
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やるきなし雄 @2thlessfatguy 2020年8月16日
当時小2だったうちの親父は戦時中「勝ったら美味しいものがたくさん食べられる」と言われ続けてたらしいんだが、玉音放送聞かされた時は悲しいというより「えー、美味しいものは?」とひどくがっかりした単なる食い意地の張ったクソガキだったそうな。
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@id_fid 2020年8月16日
当日は「勝てるのか?」と疑問に思ってたことが悪い方にでて、戦後確信として過去の「勝てるのか?」が「負けるんだな」に書き換えられてるんだろうな。
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denev @_denev_ 2020年8月17日
FluoRiteTW する必要がなくなったので。
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denev @_denev_ 2020年8月17日
下準備して物資を持ち逃げした奴は、あらかじめ敗戦を現実の可能性として認識してたってことだよね。
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amigo @amigo_umasui 2020年8月17日
ああ日本は(コロナに)負けるんだな、と思ってらっしゃる方は現時点でどれくらいいるのでしょうか
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洗面器 @hCs9KCp3ppC2Gso 2020年8月17日
長く苦しい生活が続くうちに、あきらめと終わりを願う気持ちが大きくなったんだろうな。「負けるだろう」という確信というよりも、よい結果はでないだろうという漠然とした予感があったのではないか。
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dynee/ダイニー @dynee_morinaga 2020年8月17日
実際に"敗戦を吹聴"して非国民扱いされた者も予防拘禁された者も居るのに、「皆勝つと信じていた」「当時はそれが当たり前だった」「後知恵バイアスでは?」とことさらに強調したがるのは、彼らへの後ろめたさからくる心理ですよ。
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殻付牡蠣 @rareboiled 2020年8月17日
まあ負けるよね。いまだにどうすれば戦争を有利に進められたか?戦争せずに勝てたか?っていうことを語らずにいまだに反省反省ばっか言ってるんだもん。本当に後ろ向きすぎて経済の失われた何十年というのにも通ずるところがあると思うよ。
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38 イエベすぎて黄疸 @kurenainomiya 2020年8月17日
負けるのかと思ったかは定かではないが 入居者のおじいちゃんで、軍隊で戦闘機を乗ってた方がいた。 飛行機に憧れて入隊したが若かったため、訓練兵であったという。 あちこちで乗って、満洲にも知覧にも行ったが、出撃するのは周りの人ばかりで、次は自分かと思ったら戦争が終わったと。 訓練を重ねるごとに飛行機が簡素化され 最後には 『丸太に取手をつけたようなモノに乗っているような気分であった』 と話していた。 心許ないというか、飛べるのが信じられなかったと話していた。
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davs @davs_no_nikki 2020年8月17日
「後知恵バイアスでは?」と言っているコメントが、あるのだが、戦場がソロモン諸島から、マリアナ諸島、小笠原、沖縄と北上してくる。日本の町が空襲されているのに、日本が勝っていると認識している、という方が不自然ではないか。
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🎀かつまたいさ🎀(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2020年8月17日
だいたい「負けるだろう」と思っていても死んでも口にできない時代なんだから何か残っているはずもなし。絶対に証明できない中でバイアスバイアス(何のためにそれを言うのか知らんが)言われるのも気の毒である。
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nekosencho @Neko_Sencho 2020年8月17日
そもそもあの当時は、いわゆるハイテク系(当時)は西洋のものが圧倒的に優れてたんだから、ものすごい相手だ、自分たちは(少なくとも技術的には)劣ってるという認識だったんだよな、だから八木アンテナやオリザニンといった日本発のすげえものをスルーしちゃってたわけで
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三波雄 @373_you 2020年8月17日
kartis56 一家を非国民だと虐めていた町内会長が議員立候補して「私は、戦争に負ける、こんな戦争はしてはならないと訴えておりました」とか何とか言っていたシーンが印象的。
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🎀かつまたいさ🎀(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2020年8月17日
rareboiled 未来の人間が反省してるから負けたとはなかなかに斬新なご意見で。
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大時野終身名誉女児 @dosukoitarouEX 2020年8月17日
お国様が一生懸命鬼畜米英やらなにやらと吹き込んでいて大陸のやつらといまよりもよっぽど直に触れ合いアカの脅威が身近であった人たちの感想が「日本は負けるんだなぁ」って呑気すぎでは。 逃げ場もねえしカネもモノもコメすらもねえからって諦めからくるサトリの境地ってやつなのかなァ。
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まるい りん @maruirin 2020年8月17日
山本五十六はそこまで勝てると楽観視してなくて、『(日米戦争は)それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極極力御努力願ひたい』って言ってたくらいだから、勝てると報道されてても無理があると薄々気づいてた人も多いのでは。息巻いてたのは陸軍の一部だけで海軍は結構冷静に捉えてたという話も聞いたことがある。
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youth k @kaze09ultra 2020年8月17日
競馬で1番人気の馬を切る勇気が出ず、馬券を買ってない人気薄の馬が大穴をあけると、レース後に「目はつけていたのに……」と落胆するのに似ている(経験談
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mlnkanljnm0 @kis_uzu 2020年8月17日
「下準備して物資を持ち逃げした奴は、あらかじめ敗戦を現実の可能性として認識してた」当時、明日は重大発表があるからラジオつけとくように。って玉音放送の前日に命令されてたんで、その時点で察してたものと思われる。
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Dally @Dally_Shiga 2020年8月17日
戦時中に「日本は負けるんだな」と察した話もそこそこ面白いけど、戦後に何らかの形でアメリカと接して「こんな国に勝てるわけがないと思った」と痛感したエピソードもそこそこあると思うのでまとめて読んでみたい
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NT @nobio_to 2020年8月17日
当時の証言は我々が共感できる範囲外にある。 このことに気がついてからは、見えるものが変わってきたし、素直に聞けるようになったな。
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Tadashi @tadashifx 2020年8月17日
自称戦闘機からの機銃から逃げた経験もある私の小学校時代の先生(当時すでに定年間近)、高射砲のダミーとして丸太をおったててたのを見たことを「子供心に偽物作るのは賢いと思っていたけど、後から考えたら本物がすでになかったんだろうね」と言ってた
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CAW=ZOO @CAWZOO 2020年8月17日
後出しはいくらでも言えますからね。
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チャム指揮官@お絵描き練習しよう @heppokoknight 2020年8月17日
kartis56 散々ゲンたちを非国民と虐めまくった隣町の会長が、戦後に「俺は負けるだろうと思ってたんだよ」とGHQ上げの講演したりしてて最期には議員になってたね
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denev @_denev_ 2020年8月17日
kis_uzu つまり「重大発表がある」というだけで敗戦を察せるほど、当時は誰の目にも敗色が濃厚だったわけですね。即座に行動に移してるところからも、ほとんど確信も同然の察しだったんでしょう。これあるを期して、普段からすぐに行動に移せるよう密かに決断してたんでしょうね。
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あっきぃ。@いろいろつぶやくやつ @akkiy_ya 2020年8月17日
まあ「勝てると思ってた」なんて敗戦後には到底言い出せないからね。
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まるい りん @maruirin 2020年8月21日
『日本はとうとう世界の孤児になってしまった。四囲の情勢はまったく暗い。ドイツの敗北によってこれからの米英の総攻撃力は対日戦一本に集中され、日本本土への上陸作戦が強行されるだろう。沖縄の戦況や本土への爆撃強化はその到来が近いことを物語っている。世界中を敵に回しての本土決戦に日本は果たして勝つ見込みがあるのだろうか。』と、広島の新聞記者の大佐古一郎さんが書き残しています。
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まるい りん @maruirin 2020年8月21日
maruirin https://www.nhk.or.jp/hibaku-blog/timeline/genbun/ichiro/428848.html 子供は純粋に勝つと信じていただろうけど、大人はどうでしょうか。
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