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以下本編
この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失ったものを取り戻すファンタジー 略して #えるどれ これまでのお話は見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/
2020-08-15 21:08:57天摩すように高くそびえる生ける霊峰、山参(さんじん)。 幾星霜を経て太く長く育ち、大地そのものと一つになっていた古人参は今、光輪を浮かべて空に浮かび上がると、無数の根を伸ばし、麓に広がる野や沼や川や森に植わった人参(にんじん)をことごとく引き抜き、東の海へと向かった。
2020-08-15 21:12:56目指すは海産の列島、あるいは黄金の国と呼ばれる地である。 横臥する竜の如き島々のちょうど下腹のあたりには、緑濃い樹海が繁茂し、奥懐に六つの湖を抱いている。 五つは小さく、一つは内海のように広いが、時折大鍋の如く煮え立つため魚も住まない。
2020-08-15 21:17:01命なき止水に今、山参はゆっくりと降下しつつあった。 風巻く裾野の縁にあって、一人の男が奇観に眺め入っていた。薄汚れた兎の着ぐるみをまとい、首には白い人参が根をまとわりついている。 「おお…そうか…そうだったのか…仙参(せんじん)よ…今こそ理解できた…」
2020-08-15 21:20:50兎男は拳を固め、天から下った山が蓋のように湖をすっぽりと覆う光景に刮目した。 「神参は、天参に守られ、はるか東の海産の島々の高峰、不死の山に根を張るという…」
2020-08-15 21:22:15「山はもともと命なき岩塊…では不死山(ふしやま)とはいかなる意味か…つまり!山のように大きな決して枯れぬ人参…山参を指すのだ!海産の列島にあるという霊峰、不死山とは人参!空飛ぶ人参だったのだ!」
2020-08-15 21:26:24山参は完全に大湖と重なり、残るは五つの小湖のみ。いずれも地響きによってしばし激しく波打っていたが、やがて鏡の如く薙ぎ、それぞれが稜線を水面に映し出した。 古来より逆不死(さかさふし)と呼ばれる眺めであった。
2020-08-15 21:28:18「ではここに…神参がおわすのか…何故山参とともにゆかれなかったのか…仙参よ…教えてくれ…おお…そうだったのか…」 着ぐるみ中年は独り合点したようすでふらふらと歩き始める。向かう先は、山参の麓にある小さな庵。
2020-08-15 21:32:00縞模様の獰猛そうな人参の一種、虎参が丸くなっていて、上にはほっそりとした丈高い影が腰かけている。 度の入っていない銀縁眼鏡をかけ、緊身裙(タイトスカート)をまとい、踵の高い靴を履いた、いかにも秘書然としたいでたちの、しかしなぜか尖った耳をした婦人である。
2020-08-15 21:33:42そばには甲羅のように固くなった皮を備えたずんぐりした人参の一種、亀参がうずくまり、背に白木の茶器を載せている。 秘書は木碗を唇に当ててひとすすりすると、木皿から皮を向いた細い人参をとっては闇色の獣におやつとしてかじらせてやる。
2020-08-15 21:39:01兎男は奇妙な茶会の景色にでくわすと、眉を吊り上げた。 「妖精よ!よりにもよってこの聖域で、人参を兎に齧らせるとは!」 「こちらの方が、伸びた髭根を刈ってほしがるものですから」
2020-08-15 21:41:44妖精と呼ばれた乙女は、尻を載せている縞模様の根菜に一瞥を与える。 虎参は舌のような葉をだらりと伸ばして、目玉によく似た瘤を大きく開き、尾のような根をゆっくりうねらせ、打ち振り、どことなくだらけきった猫のようである。
2020-08-15 21:49:39兎男が憮然としていると頭上から羽搏きが聞こえ、翼参(よくじん)と呼ばれる空飛ぶ小さな人参が、亀参の卓を過り様、熟れた棗を幾つか落としていく。 色づいた果実は木皿に当たり一度跳ね返ってから収まる。 妖精は白磁の指を伸ばして摘み、紅い唇を開くと、真珠の歯で齧る。
2020-08-15 21:58:51「とてもおいしい。クレノニジ。味見をしませんか?」 眼鏡の婦人が勧めるが、黒兎は遠慮したようすで長耳を伏せる。 見守る男は気色ばんだ。 「いったい何をしているのだ!お前は先には、人参を皆火で焼くと脅したではないか!」 「特に何も」 「いいや!」
2020-08-15 22:02:48着ぐるみ中年はいきりたった。 「人参を!飼い馴らしている!等しく聖(ひじり)なる神参を崇めるべきものどもを!異土から渡ってきた妖怪変化が誘惑して」 「めっそうもありません」 「…"魔法"だな!例の超自然の力を使って」 「少し落ち着かれては」
2020-08-15 22:05:17白い乙女が、黒い獣を撫でつつ応じると、兎男は深呼吸し、次いで咳払いして口調を改めた。 「妖精よ…神参のもとへ案内する…だからこれ以上、人参達におかしな真似をするな」 「感謝に堪えません。財団はあなたの貢献に報いるでしょう」 「俺はもう財団の職員ではない。参界(じんかい)の使者」
2020-08-15 22:09:41着ぐるみ中年と常若の娘、それに長耳の小獣は連れ立って山参を降りた。 「霊峰の周辺は不死(ふし)の樹海と呼ばれ、定命のものが踏み入れば還らぬという伝説がある」 「お気遣いなく、私は定命のものではありません」
2020-08-15 22:12:14土地では檜(ひのき)と呼ぶという香りのよい樹々が茂る一帯を抜けると、唐突に岩の露頭が目立つようになり、独特な香りとともに蒸気が霧のようにたなびき始める。 婦人は短い呪文を唱えて眼鏡の曇りをとると、兎を招き寄せてまた抱き上げ、顔のあたりまで寄せて頬ずりをしてから胸元に収める。
2020-08-15 22:17:46「濡らさないようにしますね」 囁いてから先へ進む。 やがて蒸気はいっそう濃くなり、あたりに突き出た巌には白い結晶がこびりつき始め、間を湯がせせらぎとなって流れる。
2020-08-15 22:21:44下方から沸き出る湯のために絶えまなく泡のはぜる水面には、痩せ衰えた、しかしいかなる人間より巨きな体躯が浮かんでいた。 厳密には茎と根というべきか。 神参。恐らく世界で最も年老いた野菜は、明らかに死の淵にあった。枯れかけていた。不死山の麓にあって。
2020-08-15 22:26:06「はじめまして。ダリューテと申します。財団のものです。拝謁の栄誉をたまわりましたこと心より感謝申し上げます」 秘書は礼儀正しく挨拶した。ただし黒兎を抱いたまま。
2020-08-15 22:27:55