女神の庭の殺人ゲーム3(#えるどれ)

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前回の話

まとめ 女神の庭の殺人ゲーム2(#えるどれ) シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 3748 pv

以下本編

帽子男 @alkali_acid

この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失ったものを取り戻すファンタジー 略して #えるどれ 今の舞台は「ヤヴァネの庭」。 緑の迷路のいや奥。 樹皮の肌を持つ媼(おうな)の群が、長き時の流れに倦み疲れ、枯れ萎び果てた園。

2020-08-28 21:20:41
帽子男 @alkali_acid

媼は在りし日には「木の園丁」と呼ばれた。 「木の牧者」と呼ばれる翁と対をなし、 花と木の女神として森を守り育てるつとめを負い、獣や人の如くに大地を闊歩し、岩を割り、水を汲み上げ、土を豊かにしてきた。 しかし今やすべてが動きを止め、みずみずしさの一切を失っている。

2020-08-28 21:23:45
帽子男 @alkali_acid

木の老女のうち、ひときわ大きな一株。 跪いた足のような根のすぐそばに、ずっと小さな存在、人間の男がうつぶせに倒れていた。 芝生に埋めた顔からは血だまりが広がっている。 「し、死んでる」 かたわらには黒衣の少年が屈んで、素早く的確な触診で脈拍、呼吸、鼓動を確かめたところだった。

2020-08-28 21:37:51
帽子男 @alkali_acid

「ど、ど、どどど、どうしよう」 「ウィスト少年(ボーイ)。安泰(イージー)…安泰デース」 離れたところから、苦笑しながら翼と毛皮の衣をまとった青年が呼び掛ける。 「死すべきさだめの人の子にはよくあることデース」 「た、助けなきゃ…」 「死んだら助からないデース」

2020-08-28 21:39:54
帽子男 @alkali_acid

「で、でもフォサルサさん」 ウィストと呼ばれた男児は、あどけなさの残る容貌を強張らせて、フォサルサと名指された丈夫(ますらお)を省みる。 「だって…」 「そもそも、その人間が命を助けてほしいと思ってるかも解らないデース」 「…え?」

2020-08-28 21:42:05
帽子男 @alkali_acid

「不死なる妖精にも、生きることに倦み、忘却の毒杯を呷るものもいマース。定命の人間はなお、みずから生を擲ち死の帳の彼方に駆け込むものもいマース」 「だ…でも…」 「それでも生命を意のままにしたいデース?ハハ。まさに万物を我がものにせんとする妖精気質デース…我が妃にふさわしいデース」

2020-08-28 21:45:03
帽子男 @alkali_acid

困惑する黒の乗り手のすぐそばへ、天馬の王はゆるやかに歩いて行き、腕を差し伸べた。 「さあ、私の身に着けた千年呪具、読心の宝玉眼の力をリルビット貸してあげマース」 「…千年呪具…」 「この宝玉眼は生者のみか、死者の心も読めマース…死んですぐなら」

2020-08-28 21:48:00
帽子男 @alkali_acid

「死者の…心…」 「イエア…この人間が何を考えているか…知りたくないデース?」 「でも…それは…」 「時間は少ないデース、肉の器に留まっていた霊気が離れてゆきマース」 「…う…」 「さあ。ウィスト少年(ボーイ)」 「う…やり…ます」

2020-08-28 21:49:27
帽子男 @alkali_acid

フォサルサはウィストを軽々と抱き上げると、ほっそりした指をとってそっと義眼のすぐ上に触れさせ、そのままうつぶせになった骸を凝視する。 「…汝(な)が魂のありようを示せ…」 下妖精語に似た響きの言葉が呪文となって溢れる。

2020-08-28 21:51:30
帽子男 @alkali_acid

白衣の青年に抱かれながら、黒衣の少年はかすかにわななき、暗霧の如き外套から虹の光を漏らし滲ませる。 フォサルサはかすかに眉を動かしたが、詠唱は止めず、そのままウィストの頭巾を剥ぐと、伸びた黒髪に指を差し入れてくしけずる。

2020-08-28 21:54:20
帽子男 @alkali_acid

喘ぎに似た吐息とともに幼げな魔人はのけぞり、妖精の腕の中で意識を失った。 しかして未熟な霊気は、連れの義眼から発する視線を通じて屍の脳裏に潜り込み、覚めざる眠りの内へ分け入った。 死者の見る最後の夢の中へ。

2020-08-28 21:56:33
帽子男 @alkali_acid

命の最後の残り火が消え失せる一瞬、人間は夢を見ることがある。通常の何倍も何十倍も何百倍もの速さで。 嵐のように過ぎ去ってゆく思考の渦を追って、黒の乗り手もまた駆け、馳せ、翔ぶと、意識の働きを急がせた。

2020-08-28 21:58:43
帽子男 @alkali_acid

すると、初め形も色もただ流れゆくばかりだった心の奔流は、次第に幻燈のように一つの景色を映し出す。 子供を抱えた父親。 どちらも死すべきさだめの人間。 森の中を歩いている。ヤヴァネの庭だ。

2020-08-28 22:00:56
帽子男 @alkali_acid

「おとうさん。おりたい」 子供は訴える。父親は返事をしない。外套を翻し、帽子を目深にかぶったままひたすら歩いていく。 緑の迷路を抜け、木の媼の群が黙して蟠る園へ達する。

2020-08-28 22:02:39
帽子男 @alkali_acid

ひときわ大きな老女の足元まで辿り着くと、特大の食卓か祭壇のような切り株とも、すり減った倒木の根ともつかない場所へ、登り、やがて親は子を平らな面に横たえる。 「おとうさん。いたい」 「静かに」

2020-08-28 22:05:57
帽子男 @alkali_acid

初めて父親は声を出すと、腰に吊るしていた鞘から、波打つ刃を持つ短剣を引き抜き、頭上を仰いだ。 皺だらけのまま虚ろな眼窩で大地を凝視する木の園丁のかんばせを。 「大いなる女達よ!古き神々のなかだちよ!光の諸王のうち最も慈悲深きヤヴァネの召使よ!」

2020-08-28 22:08:39
帽子男 @alkali_acid

男は叫んだ。答えるように風が吹きすぎ、帽子を跳ね飛ばすと、やつつれた相貌をあらわにする。隻眼らしく、見えない方に眼帯をかけているが、おもてには風鷲の紋章が縫い込んである。 「今ここに!最良の供物を捧げる!尊き西の島の末裔たる子を!その肉の器と霊気を受け取り給え!しかして…」

2020-08-28 22:11:39
帽子男 @alkali_acid

「父たる我が身に西の島の不老不死を与え給え!」 天にはいつのまにか叢雲が起こり、遠雷が轟いていた。 「おお…風鷲が鳴いている…鳴いている…」 「おとうさん…」 「静かに…静かに…神々は佳き生贄を好まれる…」

2020-08-28 22:14:04
帽子男 @alkali_acid

眼帯の男は厳めしく頷くと、幼児を抑えつけ、短剣をふりかぶった。 子供は弱々しくもがき、親の短い叱責におとなしくなった。雫が一つ広い額に当たる。 雨粒。 いや血だった。 息子におおいかぶさった父は、口から血をこぼしていた。 「ああ…神々よ…お待ちを…今すぐ…今すぐ…」

2020-08-28 22:17:11
帽子男 @alkali_acid

咳き込みながら、男は再び波打つ刃を構えた。幼児は涙ぐんだ。 「こわい」 「お前の肉の器と霊の気は神々が嘉し、この父の永遠の命となる」 「こわい…」 「すぐだ…息子よ…すぐ…」

2020-08-28 22:19:15
帽子男 @alkali_acid

天空ではすでに世を去ったはずの古き神々の一柱が怒り吠え狂うかのようだった。 雨を含んだ風がどっと横殴りに吹き付け、濡れた枯れ葉を叩きつけ、眼帯の男を阻むようす。 だが病身の狂人はいっそう意志を固め、刃を握る腕をさらに高く掲げた。男児は瞼をきつく閉ざした。 刹那、稲光が満ちた。

2020-08-28 22:21:55
帽子男 @alkali_acid

霹靂は、刃を握ったままの父を打ち据え、肉の焦げる匂いをとともに崩れ落ちさせた。 「おとうさん…おとうさん…おとうさん?」 子供はわけの解らぬまま親の名を呼び続け、やがてしくしくと泣き出した。

2020-08-28 22:23:14
帽子男 @alkali_acid

小さな体は次第に雨に冷えてゆき、声も弱まっていく。 嵐が止む気配はなかった。 けれどもやがて、木の園丁が動き始めた。掌のかたちをした枝が二枚、ゆっくりと屋根を作って男児を守った。

2020-08-28 22:24:28
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