石田友と夏目陽と陸条の創作余談

小説論。個々に関係ある場合もありますし、ない場合もあります。
文学
1732view 0コメント
このまとめをお気に入りにして応援しよう!
0
石田友 @you_Ishida
『ドルジェル伯の舞踏会』を半分ほど読んで『肉体の悪魔』のが面白いなって思う。何故だか考える。『舞姫』『ライ麦畑でつかまえて』との関連で後者を好いているのかも。前者は導入に手間取っているように見える。どこまでも書くことに戸惑っているように思う。他と連関しない部分があるように感じる。
石田友 @you_Ishida
後半視点が定まりはじめると読みやすいと感じるようになった。これは僕の読み方がいけないのだと思い始めた。小説をどのように読むか。それは、もちろん書いたりする時、そして批評なんかやる時も重要だろうね。どのように読むかということは、そのまま誰が読むか、主観の問題に繋がる。百人百様。
石田友 @you_Ishida
僕は感情移入するタイプだと思う。俯瞰ができない。『デヴィット・コパーフィールド』式のくだんないことが嫌いなんだろう。それが一つの物語だったりなんだりしてくれれば、僕はそれを受け取れるだろうけど。んで、飛躍しちまうと、心の動きを丹念に書くことはそのくだんないことの様に思えるんだ。
石田友 @you_Ishida
物語っていうよりもっとずっと無機質なものに見えてくる。宝石みたいな。そういうのがいいのはわかるけど。語り手が全能みたいに見えて僕は怖い。誰かがその時思ったことが行動に移っていく、っていう将棋みたいなのはわかるけど、僕は同時に、その人は絶対にそれ以外のことも考えていると思うんだよ。
なつめ @natsume_yoh
私は構造とか主題から小説を立ち上げることは出来なくて、それよりなら構造も主題も関係ない描写からなら小説を質あげられるかもねくらいの認識。でも、周りにあんまりこういう書き方の人がいない。
なつめ @natsume_yoh
構造とか主題とかってそんなに大事なのかと思うんだけどどうなんだろう? それって安易に理解しやすいところに飛びついているだけなんじゃないかと思うことがしばしば
石田友 @you_Ishida
でもそれは説明できないし、語り手が触れてもいけないことだと思う。そういうのを目指すのもまたいいけどさ、分析みたいに。でも僕は物語側に立つ人間なんだよね、きっと。感情ってのは説明できない。決め付けは良くない。でもAがBしたのはCだからっていうのは、物語の力を無視していると思う。
なつめ @natsume_yoh
評論家と小説家が相容れないのはたぶんここらへん。逆に言えば、小説家で評論家って人はすごく頭の使い分けができているなあと思う。
なつめ @natsume_yoh
.@joe_kuga とラジオしてなんか収穫あったかなと考えると、小説内でのリアリティを追求しようとすると、現実から見ればフィクションのようになってしまうというあたりの話なのかな。
なつめ @natsume_yoh
だから、個人的に一番ホットな話題っていうのは、現実の通りに書けば、小説内では違和感ばりばりの文章で書けそうだよねってことなのかな。
@joe_kuga
@natsume_yoh 丸谷才一の言う市民小説とやらが、現実の通り書けばフィクションになってしまう、という状況を表している――という話を、佐藤亜紀の講義で聴いた気がする。うろ覚えなので、確定はできないけど。
石田友 @you_Ishida
目の前に完全完璧好みにぴったりの人間が現れた。何故そういうのが好みかというと、ってのを全部説明できますか? できるなら、それは感情じゃなくて論理に根ざしているもので、急所を突かれたら崩壊しちゃうでしょ?
石田友 @you_Ishida
いかにしてその好みが形成されたのか、を過去に立ち返って説明するんでもいいよ。でも絶対に説明できない点が出てくると思うんだ。それが研究対象ってのも面白いけどね。僕は何故鏡に映った自分を他人と思わないのか。そんぐらいまでもどって、そこを説明できんなら、小説ってよまなくてもいいよね。
石田友 @you_Ishida
だって必要ないもの。でも僕には必要なんだ。それがわからんからな。でも、例えば好みって過去に遡ってある程度のとこから語り始めていけば、自ずとわかると思うんだよね。例えばだな、目の前に好きな人がいる、ってのと、目の前に好きになった人がいるの違いってやつかね?
@joe_kuga
あとついでとばかりに述べておくならば、私の @natsume_yoh とのラジオでの収穫、という奴は基本的に具体的な実作に行く着くところです。私は抽象的に話しがちなのですが、夏目は具体的なことを言うので、その辺が参考になりました。見落としがちなところを補完した、という感じです。
なつめ @natsume_yoh
誤解がありそうな表現だったかもしれない。現実を書くと虚構の上では違和感があるということで、現実を書くと虚構っぽくなるわけではない。
石田友 @you_Ishida
なんか本筋から随分それたか感じがするし、前文であまりにも興ざめたんで寝ます。後日kugaみたいにはてだ?でまとめっす。あと反省。ここはこうしたほうがいいって世界の一部であるテクストに対して大変失礼だよね。すみません。
なつめ @natsume_yoh
イメージとしては現実世界があってそれはすごく混沌的な感じ。対して虚構世界(要は小説)はものすごく秩序立てられているイメージ。もしも、虚構世界に現実世界をそのまま持っていったら、虚構世界のなかではなんだか変な感じ、だから虚構世界内で嘘っぽさが出てくるよねって感じ。
なつめ @natsume_yoh
私たちはそれを小説を読んでいるときの違和感と呼んでいるわけで。例えば文章において唐突な場面が一文内で挿入されたり、主語が多用されたり。それらはもしかしすれば意図的に行われたかもしれないし、無意識かもしれないし、たぶん無意識の方が多い。
@joe_kuga
確かラジオの中での一応の結論という奴は、私は対象の上でのブレ(ちょっと意味を大きく取りましたが)を志向する、夏目は叙述の上でのブレを志向する、というものだったはずですね。夏目は現実をそのまま書くことで、虚構の上でフィクションとしての違和感を生じさせようとする、みたいな文脈。
@joe_kuga
どうしてそのベクトルの違うものが一応落ち着いたのか、といえば、両者とも「他者」(「語れなさ」)を描かんとしている、という風に私がまとめたからでした。私は対象の語れなさを、夏目は現実を言葉に移したときの語れなさを、といった具合に。
なつめ @natsume_yoh
要約すると私は忠実な保坂和志フォロワーなんですよ
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする