人間の大戦と鏡の向こうの妖精の国2(#えるどれ)
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以下本編
この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失われたものを取り戻すファンタジー #えるどれ 過去のまとめは以下のWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/
2020-09-11 21:19:21人間の暮らす狭の大地 妖精の暮らす至福の地 二つの世界では鏡合わせのように異変が起きていた。 狭の大地の西北では大戦が起こり、 至福の地では新たな神の教えが疫(えやみ)のように広がろうとしていた。
2020-09-11 21:22:06焔の男神。 かつては妖精でありながら死後、高みへ引き上げられ、至福の地で崇拝を集める光の諸王の一柱に加わった英雄。 古参の神々に比べ荒々しい野心に満ち、さまざまな企みを巡らすこの新参の神は、とある目的をもって信者を増やし、めったに妖精も寄り付かぬ湖に、不思議な列石の輪を築かせた。
2020-09-11 21:27:14石工や大工の多くは肌も露ないでたちに宝玉を飾り付けた炎の巫女と、男巫(おかんなぎ)。いずれも尖った耳に高い鼻、細い顎に華奢な体つきをした不死の民だ。 人間や小人に比べ力仕事は得意ではないが、魔法に長け、岩も木も土も呪文の助けを借りてやすやすと動かせる。
2020-09-11 21:29:04しかし炎の男神はいかなる霊験あって、辺境の湖にかようにものものしい祭壇を築くのであろうか。 今、答えを解き明かそうとしているのは、この新参の神の秘めた本性と探らんと旅を続ける、二人の妖精騎士。 緑陰の射手ガラデナと風の司ロンドー。
2020-09-11 21:36:25ともに狭の大地に生まれ、幾多の戦乱を潜り抜け、至福の地に移り住んだ経歴を持つ男女は、かつて生まれ故郷でそうした如く早馬を駆り、草の葉が甘く香る常春の野を矢の如く過っていた。 目指すは、森と山の王スラールの宮廷である。スラールはガラデナの異母兄にしてロンドーの旧友でもある。
2020-09-11 21:41:35しかし樫とぶなの宮を目指すのは決して旧交を温めんがためではない。焔の男神の秘密を握る人物の消息を知るためだ。 「私のもとで武芸を学んでいた頃、フィンルードには仲の良い連れがいました。兄弟…いえまるで光と影のように離れぬ間柄で…確か我が兄スラール王の三男」
2020-09-11 21:45:14手綱を引いた女騎士がしばし駒を止めてそう述べると、男騎士は相槌を打つ。 「ええ。覚えています。魔法に関しては天才でした。私のもとで学問を修めていたときも、ひたすら戦いの呪文ばかり教わろうとして手を焼かせました」
2020-09-11 21:48:07「名はディダーサ。フィンルードは用心深く足跡を消していますが、ディダーサには何か話しているかもしれません…あるいは行動をともにしているやも」 「あるいは」 「兄上にディダーサについて尋ね、会えればよし。会えずともディダーサの足取りをたどればフィンルードに行き着ける見込みがあります」
2020-09-11 21:49:44緑陰の射手は説明を終え、風の司が了解(りょうげ)の印に頷くと、二つの騎影はまた風に波打つ緑の海を渡り始める。 だが男女が森と山の王の宮に行き着くことはなかった。 別の道を指し示す人物があらわれたからだ。
2020-09-11 21:52:20獅子の鬣のような黄金の蓬髪を広げ、輝く白い裸身をさらした青年だった。不死の民には珍しい恵体で、肩幅は広く、丈は人間のうち特に大きな種族に並ぶほどだ。 だがやはり耳は尖っていて、面立ちは骨の太さを感じさせはするがしかし整っている。
2020-09-11 21:54:33衣服はまとわず、ただ片方の胸の先に橙の宝玉のついた飾り輪を貫かせている。双眸は澄み切って青い。 雄躯の男は、丁度平原を抜ける草生した道の真ん中にぽつんと立っていた。両騎士を待ち受けるように。 そうして高く腕を掲げて挨拶をした。 「ごきげんよう。アキハヤテにミドリユミ」
2020-09-11 21:58:05聞くものの胸をすっとさわやかにするような生粋の上妖精語だった。下妖精語の訛りが一切なく、音楽のように韻律を備えている。 見覚えのない相手だったが、誰だろうと至福の地にあってはすぐに礼を返すのが倣いである。 ガラデナ、ロンドーは相次いで鞍を降り、馬をなだめてから近づいた。
2020-09-11 22:05:34「ごきげんよう。見知らぬ方」 緑陰の射手が呼び掛けると、裸身の青年は屈託なく応じた。 「僕は"シノノメ"。焔の神殿の使い」 「焔の神殿は巫女だけが勤めると聞きましたが」 「今は違う。僕のような男巫もいる」
2020-09-11 22:07:35風の司も挨拶をしてから穏やかに長躯の男を眺めやる。 「どうぞよろしく。この地で空妖精にお会いできるのは嬉しい驚きです」 「ああ。そうだろう。僕等の氏族はめったに聖なる山や精霊の園を離れないから…だが君にも空妖精の面影をかすかに見いだせる。アキハヤテよ」
2020-09-11 22:19:33「仰る通り我が先祖には、あなたがた黄金(こがね)の民がおりました」 アキハヤテの異名を持つ男騎士がそう答えると、シノノメは微笑んで、今度はミドリユミの異名を持つ女騎士を振り向いた。 「しかして君に我が故郷でしばしば遭う、気高き長上たる民にも似た威厳を感じる。ミドリユミよ」
2020-09-11 22:26:23「我が血筋はただ森と地に根づくもの。ところで」 緑陰の射手は歯切れよく言葉を続ける。 「無礼をお許しいただければお尋ねしたいのですが、なぜ上妖精の空、地、海の三氏族にあって、とりわけ我等下妖精と交わるのが稀な空の妖精であるあなたが、この地においでになったのです」
2020-09-11 22:29:09「焔の神殿の名を聞き及んでのことだった」 シノノメはにこやかに答える。伸ばした掌にどこからともなく飛んできた天道虫が一匹止まる。空妖精はそっともう一枚の掌を重ねて包み込む。 「空妖精の多くは、光の諸王のうちでも古い神々を讃え、新たな神にはめったに心惹かれない。けれども僕は…」
2020-09-11 22:32:15裸身の青年はさらい笑みを深めた。優しく害のないおっとり、といっていい表情だった。 「笑う戦神に仕える力士だった。体術を磨き、神々に奉納する…そしてこの至福の地にあってはめったにないが…偶像と祭殿を築く邪教を打ち砕くつとめも負っていた」
2020-09-11 22:34:59「笑う戦神の力士の剛勇については我等下妖精の間にも伝わっております」 風の司が答えると、力士は首を振った。 「いいや。僕等の誇る勇武など、焔の男神の偉大さに比べれば何程でもない。それだというのに」
2020-09-11 22:37:45シノノメは恥ずかしげに瞼を伏せた。 「祭殿と偶像が至福の地に築かれたという噂に、思い上がって独りあの方のもとを訪れたのだ。この拳と足とで柱を倒し、屋根を穿ち、床を蹴り壊すつもりだった。あれほど麗しく豊かな宮居を…何と野蛮だったことか」
2020-09-11 22:40:18「では…もう笑う戦神には仕えていらっしゃらないのですね」 「焔の男神の紅蓮の帯に祝福を受けた時から、僕はあの方の使いとなった。いやそれは大言だな。金の木と銀の木が七度明るくまた暗くなるまで、悟りは得られず、僕はもがき暴れ続けた。だが今はもう違う」
2020-09-11 22:42:27シノノメは恍惚と記憶に浸ったあと、瞬きしてまた柔らかく笑った。 「焔の男神は、神殿を離れることができない。ほかの光の諸王の如く風に乗り星に宿り、どこまでも出かけてゆくことはできない方なのだ。だから僕のような使いがいる」
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