#ありもしないはなし 20.4.30~20.9.18

#ありもしないはなし のハッシュタグで書いた怪談をまとめたもの。
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まとめ ありもしないはなし 20.10.5~21.3.13 #ありもしないはなし のハッシュタグで書いた怪談をまとめたもの。 1585 pv

坂鴨禾火 @with_NEGI

沼地を潰して出来た住宅地に公園があって、いくつか生えている木の一つだけに猫除けのペットボトルが木を取り囲むようにおいてある。猫は気にもとめないで通り過ぎていく。どうやら公園の向いに昔からある、一軒家の住人が置いているらしい。 #ありもしないはなし

2020-04-30 20:10:09
坂鴨禾火 @with_NEGI

ぐるりと並んだペットボトルの一本だけ濁っていたのを眺めていたら、その家から老婆が出て来て水を抜いたのを見たから判った。水を入れて戻ってきた老婆に、ペットボトルは猫除けに効果はないと伝えたところ、これは猫除けのためではないとのこと。

2020-04-30 20:14:24
坂鴨禾火 @with_NEGI

曰く悪気が水に凝集して溶けるという。昔は沼だったから勝手に溶けていたが、今はそうではないので水を置いているとの由。だからあの宅地では魚は飼えないのだそうだ。飼ってもすぐに死んでしまう。昔あった沼にも、魚は一つもいなかったという。

2020-04-30 20:21:45

半作

坂鴨禾火 @with_NEGI

湯の山の少し手前に半作という集落があり、鬼の隠れ里であるという話である。地名の由来は、この鬼というのが踵から地面に向かって角が生えるから、草履を前半分しか作らないためであるという。 #ありもしないはなし

2020-05-04 13:08:01

安全地帯

坂鴨禾火 @with_NEGI

駅前の安全地帯で身寄りの無い婆さんが死んでいたことがある。丁度今くらいの時期で、誰が手入れをするのかは知らないが橙色や白い花の中で、ネルの着古しの小花柄が埋まっていた。車通りは消して少なくない。足の悪い婆だったそうであるがら誰も道を渡るところを見ていない。 #ありもしないはなし

2020-05-04 15:10:22
坂鴨禾火 @with_NEGI

葬式を上げる親族もいないだろうし、せめて花の中で死にたかったのだろうなと誰かが言って余計な詮索はそれきりになった。

2020-05-04 15:11:30

神隠しを呼び戻す/ご用意いたしましたア

坂鴨禾火 @with_NEGI

黄昏に家の外に出て居る者はよく神隠しにあうことは他の郡と同じであるが、不図その者と同じ黄昏の中に行き会うことがある。今居森坂では行方知らずとなったとき、鍋鉦を叩いて探しに行った以外の者が行き会ったときは、呼んだり、つかんだりせずただ見送れという。 #ありもしないはなし

2020-05-10 21:16:38
坂鴨禾火 @with_NEGI

引き留めると一度は里に戻るが、むごい死に方をするからという。これを知っていながら人を呼び戻した男がいた。呼び戻されたのは西が原に住む女で、今考えると夜逃げだったのだろう。それを無理やり捕まえてきてくどくどとそれらしい説教を垂れていた。

2020-05-10 21:24:03
坂鴨禾火 @with_NEGI

その夜からである。男の声か女の声かは判らないが、か細い声で、ご用意いたしましたア、と声が戸外から聞こえる。気味が悪いので息をひそめて、ヤレ行った頃かと思ってからしばらくして、また聞こえる。戸の外を見ても明るい月夜があるばかりである。誰の影もない。

2020-05-10 21:35:09
坂鴨禾火 @with_NEGI

そんなことがあちこちで起こる。化け物の多い土地柄なのではじめのうちは誰も気にせず息をひそめていたが、うっかり夜尿をする子供が外へ出てしまった。明るくなってから母親が半狂乱であたりを探し回って、子供は結局死体で見つかった。

2020-05-10 21:40:36
坂鴨禾火 @with_NEGI

あの声のせいだと思い詰めた母親が、夜、家には入らず、外の物陰でじっと身を潜めて表を伺っていると、真夜中を過ぎたあたりですっと人影が立った。あの呼び戻された女が、死んだときの姿のまま、じっと家の中を見つめるのがわかった。そうして一つ息を吸うと、ご用意いたしましたアと言う。

2020-05-10 21:46:53
坂鴨禾火 @with_NEGI

眠ったように家の中で息をひそめていた気配が猶更凍り付く。母親はかっと血が上って、持っていた鎌で切りかかったが女は影のように消えてしまった。その夜は別の人間が死んだ。母親も、別の日に外へ出て死んだ。

2020-05-10 21:52:13
坂鴨禾火 @with_NEGI

やがて昼間でも出るようになる。家の中からも呼ぶようになる。坊主が経を読んで駄目で、拝みに頼っても駄目だった。呼び戻した男が周囲の人間に戸の外へ連れ出され、古社の鳥居の元に縛り付けて夜を過ごしたが、それでも女は出る。そのたびに死人が出る。

2020-05-10 22:00:40
坂鴨禾火 @with_NEGI

あるとき森坂から来た巫女が寄坐にこの女を憑かせて語らしむことには、この邑落から人を一人山に送れという。周囲の人間は重なる死者と祈祷の無意味に疲弊しきっていたが、それでも一人選ばれて山へ送り出された。送られることになった娘は錦装束と僅から食糧と、真新しい山刀を与えられた。

2020-05-10 22:11:18
坂鴨禾火 @with_NEGI

さてそれからというもの、女はぱったりと姿を消した。娘も戻ってこなかった。残された人間がぽつぽつと前の暮らしを始めた頃、一人の女が村に現れた。丁度五月の田畠の忙しい頃で、田舎には珍しい錦装束でも誰も目に止める人はいなかった。女はまっすぐ男の家に向かう。

2020-05-10 22:16:06
坂鴨禾火 @with_NEGI

男は家から出たところだった。家から出ては戻るのを、その日は朝から繰り返していた。なんだか妙な心持がするのだと独り言のように言ったのを隣の人間が聞いている。道の向こうから女が来る。おや、お前はいつぞや追い出された娘じゃないかと男が言った。女はにこと笑って男を刺す。

2020-05-10 22:23:49
坂鴨禾火 @with_NEGI

刺して刺して刺す。みるみるうちに血が染みて、男が動かなくなってしまっても刺す。衣服がずた切れになり、男が肉塊になってしまっても刺す。刺して刺して刺して刺してだいぶ肉が剥落しかかったところをようやく村の人間が後ろから殴って止めた。正気付いて、また刺して刺そうとするのを何度も止める。

2020-05-10 22:28:57
坂鴨禾火 @with_NEGI

なにせ縛ったところで縄を引きちぎって刺しに行くのである。昏倒させるほか手はなく、そのうち死んでしまった。戻ってきた娘はにこと笑った顔のまま、口を利くことはなかったそうだ。もう何十年か前の話である。

2020-05-10 22:32:32
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