人間の大戦と冥皇の安置所

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まとめ 現実から夢想、夢想から過去へ(#えるどれ) シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 4771 pv 4

以下本編

帽子男 @alkali_acid

この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失われたものを取り戻すファンタジー 略して #えるどれ 過去のまとめは見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/

2020-09-20 18:43:01
帽子男 @alkali_acid

今や各地に封じられていた怪異「遺物」の封印は次々と解け、目覚めた魑魅魍魎が人の世に溢れ出そうしていた。 守り手たるべき「財団」は衰え、精鋭たる終端の騎士団は散り散りとなり用をなさない。 だだ独り残った力ある守り手たる妖精の騎士だけが神出鬼没に飛び回り、禍を防ぎ再び眠りに就かせた。

2020-09-20 18:50:22
帽子男 @alkali_acid

しかしなお暴れ騒ぐ遺物の数や勢いは増すばかりだった。 何ものか、超常の脅威に精通するものが背後で糸を引いているのは間違いがなかった。 財団は黒幕をほぼ突き止めてはいたが、しかし見つけ、捕え、つなぎとめることはできなかった。 なぜなら相手は財団に匹敵する存在となった秘密結社の幹部。

2020-09-20 18:55:29
帽子男 @alkali_acid

「機構」の研究責任者たるケロケル・ケログム博士だったからだ。 財団と機構。双方は決して歴史の表にあらわれぬ闇の中で、遺物の管理をめぐって死闘を繰り広げながら、しかしどちらも勝利を掴めないでいた。 結社が手足として動かしていた西方列強諸国は、領土と権益を巡る角逐が激しくなり、

2020-09-20 18:58:37
帽子男 @alkali_acid

世界を二分する大戦へなだれ込もうとしていた。 焦点となる戦場は「寒し野」。黒い海の北岸に広がる穀倉地のさらに先。光の民をもって任じる西方人の縁戚たる白い膚の民が多く住みながらも古く闇の地とされてきた広大な領域であった。

2020-09-20 19:03:26
帽子男 @alkali_acid

双頭の鷲の帝国 戦斧の共和国 獅子と一角獣の連合王国 三日月の帝国 東西の大国がそれぞれの兵馬を送り、都市を占領し、鉄道を爆破しあるいは敷設した。

2020-09-20 19:05:55
帽子男 @alkali_acid

宗教や民族独立の理想に燃え志願して任務に就く士官もいたが、兵卒の多くはなぜ、なんのために凍てつく風の吹きすさぶ地で命を散らすのか解らぬままに、巨大な権力の駒として消尽されつつあった。

2020-09-20 19:07:37
帽子男 @alkali_acid

武器と訓練を与えられた男達の、栄光や帰郷への期待と興奮は、ただ不安へ、不安は焦燥へ、焦燥は恐怖へ、恐怖は絶望へ、絶望は麻痺へ、麻痺は残忍へと変わっていった。

2020-09-20 19:13:08
帽子男 @alkali_acid

都市や農村の住民にとっては、稀にみる規模の蝗の群に襲われるようなものだった。陣取り合戦のようにそれぞれの集落を占領した各国の軍隊は程度の差こそあれ横柄で粗暴であり、当然のように冷酷でもあった。 人殺しになった連中の温厚や親愛は高い値のついた商品であり、しかし贖わねばならなかった。

2020-09-20 19:15:21
帽子男 @alkali_acid

糧秣や資材や人足が差し出され、あるいは慰安役を献じねばならなかった。 古来勇ましい叙事詩で省かれてきた一切の醜悪な行いが瞬く間に日常として広がっていった。

2020-09-20 19:17:58
帽子男 @alkali_acid

現代の武勲(いさおし)たる新聞報道でも、恥部は都合よくごまかされ、大砲と長銃の勇ましい響き、要塞や都市の陥落や防衛の話題が紙面を埋めた。 かつて王のそばに侍って騎士の活躍を歌にとどめた吟遊詩人の代わりに、従軍記者は味方の輝かしい軍功と、敵方の敗退を伝えた。

2020-09-20 19:22:32
帽子男 @alkali_acid

各国の有力紙は互いの威勢のよい宣伝を打ち消すような批判も熱心に繰り広げ、弾丸だけでなく言葉でもまた争いが起きていた。 だがどの軍隊にも与しない記者もいた。王と騎士の栄光の代わりに、土の中に転がる名もなき屍の無念をとどめた吟遊詩人もまたいたように。

2020-09-20 19:26:38
帽子男 @alkali_acid

筆名「ヒョロヤナギ」の名で寄稿する学生上がりの女記者もまたその一人だった。 煌びやかな紙面の向こうで起こっている実情を知りたいと願う人々のために、ほかの記者が決して取材しない対象に接近し、収奪と蹂躙の現実を書き送った。

2020-09-20 19:29:40
帽子男 @alkali_acid

「母の誕生祝いため、大好きな木の実を集めようと朝早く家を出た少女は、物資徴発にやってきた三人組の兵士に強姦され殺害された。月の帝の軍の話ではない。誇り高き戦斧の市民軍が犯した罪だ。名前を上げることもできる」 ヒョロヤナギはそう書いた。

2020-09-20 19:37:42
帽子男 @alkali_acid

「事件から十日経っても土地のものは誰も上官に訴えようとはしない。以前に隣の村でそうした名主がどんな目にあったのかを覚えているからだ。戦地の窮乏が正直な市民を狼に変えたのか?そうではない」

2020-09-20 19:39:45
帽子男 @alkali_acid

女記者の筆致は時に容赦なく、時に簡潔でそっけなく、寄稿する新聞の色調に合わせて整えてあり、場合によっては別の筆名も使い分けたが、底に流れるものははっきりしていた。 労働者の党、赤襤褸党の機関紙に載った言葉に集約されている。

2020-09-20 19:41:54
帽子男 @alkali_acid

「血に飢えた資本家に奉仕する国家が、労働者の命を代(しろ)にして札遊びの卓を囲んでいる。力あるものの都合で小さきものは狼と羊に変えられ、一方が他方を襲うのだ」

2020-09-20 19:44:03
帽子男 @alkali_acid

ヒョロヤナギのような記者を煙たく感じ、軍警を動かして片付けようとするものもないではなかったが、学生時代から名うての赤襤褸党員として活動してきた女は、追跡をかわして活動を続けていた。 寒し野においては組織も貧弱な党の支援だけで果たせることではなかったが、記者には別の助けがあった。

2020-09-20 19:47:17
帽子男 @alkali_acid

「あんたの記事は、どっかの皇子様の馬車に爆弾を投げるよりやばいらしいな」 浅黒い膚の青年がへらへらと笑いながら告げると、痩せた女は煙草をくゆらせて肩を竦めた。 「学生新聞と書いてることは同じ」 「人の首だの手足だのばらばらになる戦場でやるのもかい?」 「慣れる」

2020-09-20 19:51:08
帽子男 @alkali_acid

応じてからヒョロヤナギは煙を吐き出した。 「いや。慣れない。特に子供のは」 「ちょっと前まで学問の都に通ってたお嬢様がやるこっちゃないな」 「ああ。医療の府でクツズミの腑分けを見物させてもらったのは役に立ったよ」 「百年前の話みたいに懐かしいね。クツズミ先生は?」

2020-09-20 19:56:26
帽子男 @alkali_acid

「…志願して東方人居留区の一つに入った。医師が足りないからな」 「うへ…あそこは今でかい牢獄だろ」 「ああ。だがどんな牢獄にも同志はいる。元気だよ。三か月前に聞いた話ではな」 「そりゃよかった」

2020-09-20 19:59:07
帽子男 @alkali_acid

ヒョロヤナギが煙草を指のあたりまで吸いきったところで、相手はもう一本渡す。 「さて、お次は何を取材するんだい」 「君だ。同志ケムルクサ」 「おいおい。戦場でさすらいの民が何をしてるかなんて、西方諸国の市民の皆さんの興味を引かないだろ?」 「私の興味は引く。赤襤褸党もな」

2020-09-20 20:03:39
帽子男 @alkali_acid

女記者であり赤襤褸党の若き幹部でもある人物は、さすらいの民であり、戦場をすり抜けるすばしっこい野良犬のような人物を覗き込んだ。 「まさか君が、私の反戦宣伝活動を助けるためにこの寒し野を飛び回っていた訳ではないだろう」 「記者として聞いてるのかね?」 「ああ。そうしよう」

2020-09-20 20:07:29
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