至福の地の異変と妖精族の動揺(#えるどれ)

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前回の話

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以下本編

帽子男 @alkali_acid

この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失われたものを取り戻すファンタジー #えるどれ 過去のエピソードは見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/

2020-10-06 20:59:03
帽子男 @alkali_acid

エルフ、すなわち不死なる妖精族が暮らす至福の地。 花は咲き果は実り、雨は優しく日はのどかな常春の楽園。 二つの木の光に照らされた十の王国には、争いも苦しみもない。 そのような営みがとこしえに続くはずだった。

2020-10-06 21:01:48
帽子男 @alkali_acid

しかし至福の地を治める善き神々、光の諸王の鉄壁の守りをすり抜け、今恐るべき魔の手が森や野や泉のそばに栄える都や邑を襲っていた。 輝く湖。水なき面からあらわれる眩い触手が、妖精の丈夫や乙女、童児をさらってゆく。いずことも知れぬ異界へと。

2020-10-06 21:03:46
帽子男 @alkali_acid

十の王国のうち、上妖精と呼ばれる光の諸王の加護篤き民が暮らす三王国には、枝角の兜をかぶり弓を携えて馬を駆る狩の男神と、裸身と徒手にて巌も砕く笑う戦神が降り立ち、奇怪な敵を防いだ。 昼には風の男神の鷲が空を舞い、夜には星の女神の宿曜が天に煌めき、厳しい見張りを努めた。

2020-10-06 21:08:39
帽子男 @alkali_acid

下妖精の七王国では、光の諸王のうち最も若き焔の男神が知恵を働かせ、叡智の焔より生まれ出る呪具をもって守備を整えた。 しかしなお輝く湖は次々とあらわれ、神々の哨戒のわずかな綻びを突いて、男女に子供を攫ってゆくのだ。 平和に慣れてきた妖精の間に不安の陰りが差し、諸侯は色めきたった。

2020-10-06 21:12:25
帽子男 @alkali_acid

上妖精の多くはひたすら光の諸王にすがったが、三氏族のうち最も果敢な地妖精は神々に頼るのみをよしとせず、永らく封じて来た兵馬の技を再び整え、得体のしれぬ脅威に相対さんとした。

2020-10-06 21:15:28
帽子男 @alkali_acid

しかしただ一氏族をもってあたるに困難でもあった。 同じ上妖精である空妖精と海妖精の腰が重いのを見ると、往古の昔に闇の軍勢との戦で轡を並べた下妖精に使者を送った。 下妖精はもともと至福の地とは異なる、荒々しき狭の大地に育ち、禍と向き合うのに慣れていたから、すぐに呼応した。

2020-10-06 21:17:27
帽子男 @alkali_acid

今や下妖精の後見たる焔の男神もまた、もともと地妖精の上王が死後、聖なる山の高みに昇り、神々の間に座を与えられた人物であったから、会盟には寄与するところ大きかった。 風雲急を告げる時勢にあって、焔の神殿の声望は急速に高まりつつあった。今や忘却の館のいや奥にある異教じみた石の社には、

2020-10-06 21:19:52
帽子男 @alkali_acid

諸侯の名代が足繁く出入りするようになり、聖域の慰安をかき乱すまでになった。 とはいえ、焔の男神は、もはや生身ならず。祭壇に揺らめく霊気の火影に過ぎない。自ら軍勢を率いて攫われた民を奪還することはできない。

2020-10-06 21:22:03
帽子男 @alkali_acid

悠久の時のかなたに置いてきたはずの怒りと悲しみに昂る上下の妖精族には再び統主を必要としていた。 一つの上妖精の王国と七つの下妖精の王国の騎士をまとめる、王の中の王、妖精上王を。

2020-10-06 21:23:53
帽子男 @alkali_acid

妖精の石、ミドリイシの異名を持つ乙女、アルウェーヌは西の果てのさらなるいや果て、未踏の辺境から帰還した。 純白の一角獣雪明(ユキアカリ)にまたがって。 風と雲の精霊が設えた青空の道を駆けて、まっしぐらに。

2020-10-06 21:26:29
帽子男 @alkali_acid

肩には重そうな図体をした灰色の大烏が止まり、不機嫌そうに何かを啄んでいたが、やがて吐き出した。金銀と宝石でできた昆虫の細工ものだ。さきまで生きていたかのように足が痙攣している。 「気に入らないねえ」 「穴に住む民の皆が心配かい?ハイゴロモ」 「離れ島のことはまだ大丈夫さ」

2020-10-06 21:28:42
帽子男 @alkali_acid

ミドリイシはすらりと背の高い、男装の騎士だった。人間の血が入っているために肌は赤みがかっている。髪はごく短く刈って、いでたちは野伏のもの。腰には狭の大地で愛剣「西の焔」を帯びている。 「気に入らないのは、まず、このおもちゃを送ってよこしたあんたのご先祖だよ」 「炎の男神か…」

2020-10-06 21:31:33
帽子男 @alkali_acid

烏はしゃがれた喉から流ちょうな下妖精語を紡ぎながら、たいぎそうに羽を繕う。乙女は黙って一角獣の鬣を撫でると、蒼穹から草原に降り立ち、並足で進ませる。 「もう一つ気に入らないのは、あんたがこれから行く場所のことさ」 「ハイゴロモだってあそこで学んだんだろ」 「そうさ。いいとこだ」

2020-10-06 21:34:06
帽子男 @alkali_acid

忘却の館のそばにある悲嘆の館を、烏を連れた旅人は目指していた。 「だが、あんたがあそこでやってることは気に入らない」 「どちらにせよ…これが最後」 「あんたには忘却の館の方がふさわしい。あそこで重荷を一部だけ除くことだってできる」 ハイゴロモの言葉に、ミドリイシは首を振った。

2020-10-06 21:38:28
帽子男 @alkali_acid

「僕は忘却の館にはゆかない」 「悲嘆の館と忘却の館は二つで一つ。片方の扉を叩けば、もう片方にも入るものさね」 「ハイゴロモは?」 「狭の大地での行いすべてを覚えておくのが、あたしのつとめさ」 「それなら、僕もだ」 「あんたは違う」 「いいんだ」

2020-10-06 21:41:06
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌは悲嘆の館の、蔓のからまる門の前で雪明を降り、野原に放った。一角獣は乙女が要とすればまた戻ってくる。 灰衣は褪せた翼を羽搏かせ、天に舞うと、じろりと周囲を睥睨した。 「覗き屋に聞き屋に嗅ぎ屋は…ふん…いないね。いくらあの青二才でもここで悪さをする度胸はないか」

2020-10-06 21:44:09
帽子男 @alkali_acid

「先にゆくよ」 「邪魔はしないさ。忠告はしたよ」 「ああ」 半妖精の乙女は庭を抜け、森の木のように柱の林立する場所へ踏み込んだ。天井はない。しかし館なのだ。 白木に似て非なる無数の太幹の奥に混沌の霧に包まれた影がたたずんでいる。 "よく来ました。我が姉妹よ" 「嘆の女神よ。御前に」

2020-10-06 21:48:17
帽子男 @alkali_acid

"あなたに贈り物があります" 女神は、素焼きの盃に湛えた水とも酒ともつかない飲み物を差し出す。 「これは?」 "忘却です。我が兄の館から持ってきたのです" 「…僕に飲めと」 "あなたを癒えぬ苦しみから解き放つでしょう"

2020-10-06 21:50:51
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌはうやうやしく戴き、しかし飲まずに中身ごとどこかへしまった。 「…どうか。もう一つの祝福をいただけませんか」 "やはり、望むのですね。悲嘆をまた" 「僕にはそちらが合います」 "あなたの傷を深くするだけだとしても" 「はい。これで最後…最後にもう一度だけ」

2020-10-06 21:54:20
帽子男 @alkali_acid

嘆の女神はおぼろな指を伸ばして半妖精の乙女の額に触れた。 凛々しいかんばせは、平らかなままに、ただ切れ長の双眸から涙を流す。 二筋。 ミドリイシは悲しみを胸いっぱいに満たした。そうして深くもぐった。奥へ奥へ、痛みの芯へ。

2020-10-06 21:56:35
帽子男 @alkali_acid

悲嘆は忘却の真逆。記憶を克明に描き出す営為。 閉ざした瞼の裏に浮かぶのは、天の最もまばゆい星にも並ぶほど麗しい上妖精の貴婦人。滾々と眠るその身を愛しげに抱く、暗い膚に尖り耳の男。六本指の博徒。

2020-10-06 22:00:07
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌは近づく。苦しみの源へ。 宿敵。狭の大地の覇権を賭けて争った。 一方は光の軍勢、一方は闇の軍勢の総大将として。 「ドレアム…」 名を呼ぶ。だが魔人は振り返らない。見ているのは腕に抱く乙女だけだ。

2020-10-06 22:02:32
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