【よろこびの歌】福間健二 #k2fact273
どうしても、ナミちゃんの嘘をあばけない。ふしぎな泉から抜いた手、涙の効果、動きにくい体をいっそう硬くして。気がつくと治療家らしい人にぼくは頭を押さえられ、なにか注入された。若さ。別世界からの若さだ。ささやかれ、その声をよろこべないまま、夏から秋へ。(よろこびの歌1)#k2fact273
2020-10-16 10:16:12大丈夫ですか。そのてのひらの、生まれたばかりのいのち。神秘性、少しはあってもいい。夕暮れの浜辺までの、なれる自由に見向きもしない集団とのリハビリテーション。ナミちゃんたち、魚のように全身で動く。十種類以上の雲のあいだを、それぞれちがう夢を取り返して。(よろこびの歌2)#k2fact273
2020-10-17 08:13:34考えたとおりにできることは稀だ。歯を食いしばりながらも、見る人に笑いかける役。できなくても、生きる。層をなす香りのなかを蛇行して。給付金、寄付された何十足もの靴、窪み。組み合わせるのが無理なものは、反描写的に救う。急な寒さ。静かな体から夜を発散して。(よろこびの歌3)#k2fact273
2020-10-18 10:42:29大きな家族。兄弟。目的別に区分けした場所の呼び名。聞いた人がうれしそうにするのを見たいが、そうしてくれた人はまだいない。思い出の写真を壁に貼り、頭のなかのピアノでブルースを作った。指を動かして。壁には、忘れかけていた未解決の事件の新聞記事の切り抜きも。(よろこびの歌4)#k2fact273
2020-10-19 16:06:35呼ばれていない。速度を奪われた自分。むしろ生まれる前からの傷が多摩川の土手を歩いて人に会う。久しぶりのナミちゃん。行きついた結論をひっくりかえして、いままでとはちがう身の上話。蒸発したかった。チキンライスが好き。オムライスじゃなくて。目が充血している。(よろこびの歌5)#k2fact273
2020-10-20 13:26:52そんなもの、失くすだろうか。ズボンとなにか臓器のようなもの。取りに帰ると閉まった建物の前に置き去りにされた人たち。困っているが、そこが地図に描いた樹の下の「大家族」。行ってしまった人たちの方が居所不明になるかもしれないのだ。車が来ます。どいてください。(よろこびの歌6)#k2fact273
2020-10-21 10:39:16あるいは「兄弟」。老いないはずの脳に書き込んだ小さな詩が見つからない。どうすればいいのか。雰囲気が変わるだけでちがう声を出しているが、行きたい場所からは遠ざかる。ドアを叩く。替えのあるもの、ないもの。人は、ない。いつかわかる。きみを呼んでいる人がいる。(よろこびの歌7)#k2fact273
2020-10-22 11:10:01移動する者たちの夜に、三日月、火星、金星。ありがたい、雑味なし。看護師だったジーナ・ワイルドの思い出に、そしてあらゆる地下世界からの通信にも飽きた。汚れる、その前に親切そうなおしりに負けている英雄、運命、田園。これからだ。恐竜のようにのしのし進むのは。(よろこびの歌8)#k2fact273
2020-10-23 10:32:11ナミちゃんはやさしい。病んで静かな人に、そして飲んでうるさくしゃべる人にも。川むこうの、煙を吐くアジア。その壊れた楽器でなにか奏でようとする人に、それから死んでさびしい交差点に立つ人にも。数か月ぶりの新聞。きょうの運勢から。魚座、柔軟な思考ができる日。(よろこびの歌9)#k2fact273
2020-10-24 09:41:05青空。心配させない雲。通過、するだけじゃない風。名前だけかもしれない楽園からの通信。少し古いが、明るい午前中に読む。この最初の「兄弟」は引きとめ方に奥行きがある。深夜の長靴の列など、すれちがう立場でも。これ、全部洗うんですか。洗わなくてどうするんだ。(よろこびの歌10)#k2fact273
2020-10-25 10:29:01