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認知症介護指導者ネットワーク全体研修2011/7/15 震災関連

東日本大震災による被害状況と認知症の方の支援および大規模災害時の対策について 仙台センターの指導者の所属する施設で大きな被害を受けた老健施設・特養ホーム・グループホームの現場からの報告。また、団体派遣でボランティアとして被災地に入って避難所を回った理学療法士の報告。
復興 老健施設 震災 認知症介護 グループホーム 特養ホーム
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大熊正喜 @ookumamasa
認知症介護指導者ネットワーク全体研修at仙台2011/7/15 始まります。録画してDVDで後日配給していただけけるので、大熊はTSUDAってみます。 認知症介護指導者12期生4名集結。311の直後は亡くなったかと思った大船渡の渡辺陽子さんと再会しました。
大熊正喜 @ookumamasa
仙台センターの指導者のネットワーク  同期12期生 今年2月のフォローアップ研修 そして今回の世話人会・・・・ ★認知症介護指導者としてそれぞれの介護現場に軸足を置きながら今回の震災を経験してどんな事を学びそれをどう消化し、認知症介護の不変性のある「知識」としてどう伝えるか?課題
大熊正喜 @ookumamasa
ちネットシンポジウム●認知症介護指導者が所属する施設で大きな被害を受けた所。岩手・宮城・福島における被害状況や★震災が与えた認知症の方の生活への影響と支援の状況について報告を聴く。大規模災害時の対策や支援についても・・・避難所での認知症ケア・グループホーム併設の仮設住宅構想なども
大熊正喜 @ookumamasa
ちネットシンポ■佐々木代表のあいさつ。110名以上の参加。会場が狭く、別室でビデオ中継。311で被災した施設からの報告ということで注目。災害の中でどう認知症の人たちを支えているか。2万人以上の犠牲者。施設も50か所以上が損壊、職員も利用者も何百名も死亡。様々な種類の施設からの報告
大熊正喜 @ookumamasa
ちネットシンポ■陸前高田市 松原苑 尾崎さんの報告から■たんたんと被害の状況を報告します。おもに松原苑の入所部門。法人全体で2名の死者、家屋の被害も・・・尾崎さん個人としての被害は妻の車がながされた程度です。津波の被害は生きるか死ぬか、その時どこにいて何をしていたか、運不運
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑発生時 入所185通所50 CL入院19 透析11 職員駆け付けた者含めて88名。地域の避難所として高田病院の避難所として訓練をしていた。建物被害、窓とホール天井が崩落。高台にあるので津波被害は免れた。床は水浸し、水道管破裂。ホールの利用者少なくけがは大したことなかった
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■ステーションは物が散乱。階段にはコンクリはがれおち、かけら散乱。直後対応・安否確認と避難誘導。建物の被害確認。フロアーの中での安全な所へ。第二避難、余震に備えて建物の外へ施設前の芝生の庭へ、マットレス寝具搬送、260数名をEV使わず手で運ぶ。尾崎さんはケアマネ研修で受講中
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■尾崎さん施設に戻り利用者誘導から。津波が来るだろうと言う判断はあったが、なっているのは聞こえなかった。地域から逃げてくる避難者に話を聴く。頭まで波をかぶったが助かった友人から話を聴く。夜、雪がちらつく。外の芝生ではしのげない。カーテンちぎっても無理。1階のデイルームへ
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■途方に暮れた事務長の写真。余震は怖い、建物崩れないか?職員家に戻れない、家族の安否も不明。その状況で2泊。自衛隊がきてトラックで気仙苑へ。たくましい自衛隊、6台のトラックマットをひいて避難。振り分けして避難。避難した人たちの再受入へ
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■建物の検査をして3/28にCL 3/31に透析4/22-25-5/18に各避難施設から松原苑に戻る。現在190名定員で200名以上受入。在宅サービスは家の被害がありのびない。利用者の様子★おびえていた!! 職員の状況を見て・・その後15名亡くなる。すべて看取りの段階で入所
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■職員のストレスは?加藤センター長に聞かれて、他の職員に聞くと、生きていく分には支障ないが、友人との待ち合わせ場所や飲み屋がない、息抜きの場がない・・・と聞いた。施設次長として、利用者の未収金が課題になる。本人の年金だけでは支払えない。8月いっぱいまで減免あり。
大熊正喜 @ookumamasa
松原苑■まだまだがれきの山。この町どうなるのと思ってしまうが、日々やるべきことをやっていくしかない。復興計画はあるが・・・・  おわり
大熊正喜 @ookumamasa
ちネットシンポ■次の報告は 気仙沼市 グループホーム村伝 管理者 熊谷さん■会社の中で村伝系列の三つの施設が被災。気仙沼市内で被災したGHは7箇所。三か所の村伝GH 三か所一回冠水、しかし、犠牲者ゼロ。職員は3名が家屋全壊。避難所から出勤。村伝は気仙沼市役所近く。鹿折地区は火災
大熊正喜 @ookumamasa
気仙沼 村伝■重油流出で海の上を火が渡っていった。火災は想定していなかった。三階四階に避難しても船にやられた。道路が開通した写真。焼け跡状況。GHには黒いヘドロや海藻が上がってきた。天井まで波が来ていすが天井にぶら下がっている写真。当日、熊谷さんは鹿折地区にいた。携帯で避難指示。
大熊正喜 @ookumamasa
村伝■混乱する利用者を先に自動車で避難。歩行困難な方を抱えて自家用車で避難。県道渋滞、思い切って海側のルートを選ぶ。湾内の水が引いていることを見て避難ルートを変更。20分後に管理者自宅に避難完了、その10分後に津波。利用者は座り込んで動かなかった。食料と防寒対策。石油ストーブ使用
大熊正喜 @ookumamasa
村伝■五時すぎ空が真っ赤になって黒煙。鹿折地区は火の海。安否確認できないまま、ストーブの火をじっと見つめて一夜過ごす。BPSDはなかった。中学校の体育館は粉塵と寒さで管理者宅のプレハブへ戻る。2日目、3日目・・・限界。3日目に山側の林道をつたって気仙沼市内の関連施設へ合流。
大熊正喜 @ookumamasa
村伝■一人の部屋に二人三人寝ていると精神症状。外へ出ていく。仕方なく精神科へ入院して利用者が減っていった。ボランティアに手伝ってもらって掃除をした。復興に向けた一歩。振り返り●燃料、食料、嚥下食、新しい下着、緊急時の連絡手段、書きのこし板。トップダウンで動ける信頼関係
大熊正喜 @ookumamasa
村伝■避難訓練を実施していたことが役立った。22年12月の地震の時実際避難していたことも。最後に、虹が逆に出た写真・・・指導者ネットワークのつながりが力になった。熊谷さん死亡説流れたが・・・今後もどうぞよろしく。おわり
大熊正喜 @ookumamasa
ちネットシンポ3人目の報告■福島県伊達市 石塚さん■沿岸部 南相馬市の被害、倒壊した福島学院大学。第一原発の津波と水素爆発。伊達市は原発から北西部。飯舘村のとなり。施設はあつかし荘・梁川ホーム・食堂・機能訓練室へぎゅうぎゅう詰めで避難。5日後に電話復旧。大きな倒壊崩落はなかったが
大熊正喜 @ookumamasa
伊達市 石塚さん■避難区域から受入。3つの特養ホームで計5名。緊急入所した方のケース記録。家族がバラバラ。各地に分散して暮らしている。環境放射線値 川俣ホームでは 0.2マイクロシーベルト 中庭や屋上排水溝は高め。1.2-1.4 職員の状況 連絡なし別な所へ避難した人も
大熊正喜 @ookumamasa
伊達市 石塚さん■ホットスポットに家のある職員、別の所へ避難してそこから通勤。職員の不安。子供、胎児の内部被ばく。奥さんと子供はすでに避難、単身で残って勤務している人も。家業で畜産・酪農の人も影響。「福島」に対する差別観 ストレスが介護へ影響していないか心配。
大熊正喜 @ookumamasa
伊達市 石塚さん■BPSDの発生きじょと同じものが職員にも。自分を取り戻せるか? 職員は普段は原発の話はしない。何か体調に不具合が出るとそこに意識が集中。ボランティア「名もなき整体旅団」 奈良・長崎・岸和田から 職員にも体育館の避難所の方に。被爆地長崎の人、阪神震災の経験者も
大熊正喜 @ookumamasa
伊達市 石塚さん■認知症介護の中の尊厳の問題。利用者にとっても自分自身にとっても、考えさせられた経験。 おわり
大熊正喜 @ookumamasa
ちネット シンポ 4人目■札幌の菊地さん ボランティアとして被災地に入った。写真を撮った1000枚くらい。記録に残すと言うのもテーマ。北海道では無関心に近い人も。日本理学療法士会の災害ボランティア。宮城県の大崎町 介護研修センター拠点に石巻市の遊楽館に1日、気仙沼市に5日入った
大熊正喜 @ookumamasa
札幌の菊地さん■遊楽館にはたくさんのボランティア団体が入っていた入れ替わりになるので毎朝ミーティング。申し送り。派遣団体のユニフォームきて動く。仕切りのない体育館のような空間。段ボール製の簡易ベッド「暖」これはいける。ペッと周りが自分の空間。寄せ書きあり。TV朝日の報道5/30
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