ユーラシア大陸を横断して古代日本にまで伝来したアルメニア・アゼルバイジャンの「幻のコムギの民」の農耕と八千年の歴史

古代・中世の日本で、当たり前のように存在していた「銅」「小麦」「古墳時代から源平合戦までの鎧」などは、先ほど停戦合意したとされるアルメニア・アゼルバイジャンの「八千年前から五千年前までの先史文化」が、遠いルーツだったと明らかになりました(鎧のルーツは三千年近く前)。ユーラシア大陸の東西に広がったこの地域の農耕・牧畜文化について、2010年代の最新の考古学・DNA研究を中心に紹介します。古代ヨーロッパ・古代中国にも伝来していたものです。
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

ただ、あの論文、先行研究の紹介はしてるけど、紀元前の部分については作者の自分の意見みたいなものが、希薄なように感じたので、「小札鎧」のアッシリア起源説が完璧なものかどうかは分かりませんが、他の文化の流れからして、有望ではありますね。

2020-10-07 04:39:12
雨音村雲@藤浪永理嘉 @amane_murakumo

@fushunia エジプト新王国時代ぐらいには小札鎧の原型ができてるので、ツタンカーメン王やアッシュールバニパル王あたりはもう付けてたかもしれませんね pic.twitter.com/fu8mjrLIcG

2020-10-07 04:46:41
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

@amane_murakumo 昨日ツイートした論文によりますと、小札鎧には「分類」がありまして、エジプトが最古のものと、アッシリアが最古のものでは、形状が違うようでした。

2020-10-07 04:47:54
巫俊(ふしゅん) @fushunia

内藤湖南だったと思うけど、戦時中に戦意高揚のための「日本を中心とした世界史」を書けと言われて、「それはできませんが、世界の文化が日本に集まったということは書けます」と言って、そっちを書いたらしい。

2020-10-10 15:24:01
巫俊(ふしゅん) @fushunia

内藤湖南の時代も、冷戦の時代も、古代オリエントのウルクの「銅」の文化が、どういう過程で、どこを通って日本列島まで伝来して、弥生青銅器に変化したのか、分からなかったんだけど、2010年代から、ついに考古学的にその一端が明らかになってる。

2020-10-10 15:28:33
巫俊(ふしゅん) @fushunia

「中国最古」の竪琴が出土してた、という情報をキャッチした。新疆ウイグル自治区の「新疆洋海墓地」からの出土。リンク先は中国語だけど、写真があります。 roll.sohu.com/20111026/n3234…

2020-09-29 04:27:16
巫俊(ふしゅん) @fushunia

大麦、小麦を混ぜた食物も出土したそうです。3000年前だとありました。

2020-09-29 04:28:46
巫俊(ふしゅん) @fushunia

日本語のニュースはこちら。 「トルファンの洋海墓地、ブドウなど多くの「中国最古」が出土」 spc.jst.go.jp/news/190602/to…

2020-09-29 04:29:57
巫俊(ふしゅん) @fushunia

竪琴(たてごと)は、正倉院にも現物がありますが、唐の次の宋代になると、中華世界の外からやって来た中華の秩序を乱した楽器として、殷の紂王などが好んだ「亡国の音楽」だと、批判される存在でした。この記事にも、竪琴は西域からの渡来だとされてて、最古の出土例だとのことです。 twitter.com/fushunia/statu…

2020-09-29 04:37:18
巫俊(ふしゅん) @fushunia

日本の正倉院には、唐代の楽器が残されてますが、唐は鮮卑などの北方系集団と漢人が融合した国家でしたので、西域から入ってくる「胡楽」に寛容だったという特徴があります。そのため、正倉院にはその時代の西方由来の楽器が残されていたのでした。

2020-09-29 04:39:41
巫俊(ふしゅん) @fushunia

年代がはっきりしないと思ったら、2800年前より以降の遺跡だと説明してる中国語のサイトもありました。いずれにせよ周代ではあります。

2020-09-29 04:43:34
巫俊(ふしゅん) @fushunia

唐代には、ソグド人などが西方の文化をもたらしたので、胡漢の文化の活発な交流があった訳ですが、宋代の『楽書』にもあるように、殷末にもそうした「良くない交流」があったと説明されてきました。ただ、それははっきりした根拠を欠くものでしたが、周代の新疆の遺跡から、具体的な遺物が出たようです

2020-09-29 04:52:54
巫俊(ふしゅん) @fushunia

ブドウのつるや、大麦・小麦を混ぜた食品、青銅器に鉄器、竪琴に毛織物、狼と山羊が描かれた木の桶など、遺物も豊富なようです。

2020-09-29 04:57:04
巫俊(ふしゅん) @fushunia

アンソニーは、『馬・車輪・言語』の中で、草原地帯への「銅」の伝播はカフカス経由だとしてて、ウルクの「銅」の文化と北方草原世界の「馬」が、カフカスの山の中で出会ったとしてる。

2020-10-07 04:41:16
巫俊(ふしゅん) @fushunia

グルジアのカフカス山脈を越えて、大草原に出て行った印欧語族は、5500年前に東西世界に急拡大して、バルト海沿岸からモンゴルまでに広がってまして、中国の文明にも大きな影響を与えてます。ウルクの銅文化(青銅より前の段階)が、印欧語族を介して、新石器時代の中国にまで伝来した。

2020-10-08 13:39:44
巫俊(ふしゅん) @fushunia

森安孝夫先生の『シルクロード世界史』風に言えば、古代オリエントから日本までの文化の流れを把握しないことには、「真の世界史」なんか、理解できないってことですね。 twitter.com/fushunia/statu…

2020-10-07 04:53:16
巫俊(ふしゅん) @fushunia

しかし、昨日の「小札鎧」(こざねよろい)の件と言い、文明がカフカス経由で草原地帯から東方世界の中国・日本にやってきたのは、本当だったんなぁ。ようやく、実感湧いてきた。

2020-10-07 04:37:47
巫俊(ふしゅん) @fushunia

だって、私たちの目の前にあるもの、例えばリンゴだったら、同じリンゴが古代中国と近代ヨーロッパから日本に伝来した訳だけど、リンゴはカフカス北麓起源の果樹なので、同じものが「陸」と「海」で、2回以上、日本列島周辺に伝来してきてるんですね。

2020-10-07 04:55:48
巫俊(ふしゅん) @fushunia

日本語「リンゴ」は、中国の漢語の「林檎」が日本語になったものですが、江戸時代の日本のリンゴ(品種)は、現在の近代欧州系のリンゴとは違い、小さくて酸っぱかったとされてます。カフカスから草原、中国経由で日本に伝わった後、近代になって欧州のリンゴが日本に入ってきた。

2020-10-07 04:58:51
巫俊(ふしゅん) @fushunia

古代のアルメニア(地域)が存在して無かったら、私たちは、今、別の味の「パン」とか「うどん」を食べてるはずで、下手すると、品種や味が違う何かの弾みで、全然違うものを食べてたはずなんですから、「遠い世界」のように見えて、とても近くないですか?

2020-09-28 21:47:18
巫俊(ふしゅん) @fushunia

まとめ記事のコメント欄で頂いた感想で、「扱うネタが幅広いな」とありましたが、巫俊の原体験は、白川静の「文字講話」を聞きに行った時、西周時代に西方から伝来した麦「嘉禾」の話が出てきて、「そんな時代のシルクロード、本に載ってない!」と思ったのが始まりでした。高校生くらいの頃でした。

2020-09-29 01:10:24
巫俊(ふしゅん) @fushunia

当時、シルクロード関係の本を熱心に読んでたと思うんだけど、西周時代以前のシルクロードは、ほとんど紹介されることが無くて、現在でもたいして変わらない状況が続いてます。だけど、調べていくと、青銅器時代の印欧語族が中国西北部に進出してたこととか、新疆でその当時の小麦が出土したりしてて

2020-09-29 01:23:41
巫俊(ふしゅん) @fushunia

新疆では、3000年前に「ナン」を焼いて食べてた窯まで出土してるので、具体的な交流が分かってるんですよね。その延長で、起源をたぐるように調べてくと、「印欧語族の成り立ち」と「小麦の栽培種の成立」の論文を読むことになる訳で、そのどちらにもアルメニアが関わってた訳でした。

2020-09-29 01:27:02
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