世界の編成と弁証法 ヘーゲルとマルクスについて、斎藤幸平氏

まとめました。
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斎藤幸平 @koheisaito0131

今日も平子ゼミは大変勉強になったが、マルクスの弁証法の受容が二重であるという点で言いたかったことの補足。

2011-07-15 20:50:47
斎藤幸平 @koheisaito0131

一方では、いわゆる『資本論』の「否定の否定」という記述に見られるような弁証法の定義であり、これは資本主義によって否定された個人的所有関係をより高次な段階で再建することで、疎外なき自由な社会を設立するという、いわゆる歴史的な「弁証法」の記述。これは原初的統一→疎外→再統一のシェーマ

2011-07-15 20:53:52
斎藤幸平 @koheisaito0131

他方では、物象化が生産関係を貫徹し、価値が流通と生産を貫く実体且主体となったさいに成立する形態G-W-Gの資本が、みずからの価値増殖への内的衝動にしたがい、素材にたいする形態的包摂を通じて、使用価値の世界を編成していくプロセス。こちらは、端緒に運動と差異を基礎とする弁証法。

2011-07-15 20:57:29
斎藤幸平 @koheisaito0131

後者の弁証法にとって最初にあるのは統一ではなく、運動である以上、前者が想定するような原初状態はそもそも存在しないのであり、「正反合」という前者の弁証法というのは「教科書的な」ヘーゲル哲学の誤読、ないしは体系哲学者ヘーゲルの保守化として退けられることになる。

2011-07-15 21:00:30
斎藤幸平 @koheisaito0131

私も後者を採用していて、過去の解釈は、間違ったヘーゲル解釈をマルクスの弁証法に押し付けてきたが、『資本論』のマルクスの採用した弁証法とは、まさに運動と差異に内在する近代市民社会の論理を分析したヘーゲルの弁証法であるという解釈の方向性を考えていた。

2011-07-15 21:04:05
斎藤幸平 @koheisaito0131

だが、今日の該当箇所などを読むとなかなかそう単純にはいかない感じ。むしろマルクス自身、歴史を論じるときは前者を、資本主義の論理を論じる時は後者を用いているのだろう。そして、今『美学講義』を読んでいて、まさにヘーゲル自身もそうした弁証法の二重の用法を採用している気がする。

2011-07-15 21:06:36
斎藤幸平 @koheisaito0131

この二重性をどう考える。たしかに講義のヘーゲルって調和や統一性をやたら強調するんだが、弟子が編纂した講義録が体系哲学者ヘーゲルの印象を強めてるとして、最近では批判の対象になってきた。だが、マルクスが読んだのはこの版なわけだから、読まないといけない。

2011-07-15 21:10:09
斎藤幸平 @koheisaito0131

よく考えると、でもヘーゲルの『宗教哲学講義』と若きマルクスの「宗教批判」とか検討してる本とか論文全然ないわけだけど、この講義はバウアーが2版を編集してるわけだし、重要なんじゃないか。講義録のヘーゲルも当時、体系への入門として相当読まれていたはずだろうし。

2011-07-15 21:11:57
斎藤幸平 @koheisaito0131

@marukenkyu 後者の弁証法というのは、おそらくヘーゲル研究史としては、デリダのヘーゲル批判なんかを触媒として積極的に呈示されるようになったものだと思うのですが、それをマルクスがすでに把握していたと。ただ、マルクスのヘーゲル受容ってのは、難しいですね。

2011-07-16 00:46:18
斎藤幸平 @koheisaito0131

@marukenkyu アルントさんは基本的にヘーゲル弁証法というものにマルクス自身が確固たる定義のようなものを有していたわけではないという否定的な立場をとるのも、そのあたりを難しくしております笑 とりあえずしばらくはヘーゲル研究ですね。

2011-07-16 00:47:34
斎藤幸平 @koheisaito0131

@marukenkyu 今日も平子さんがちらりといっておりましたが、やはり『法の哲学』『論理学』だけでなく、『精神現象学』が重要になって来るのでしょう。今は「人倫の体系」ですが、なんとか博論までにイェナ期のヘーゲルを総括したいものです。

2011-07-16 00:49:15
斎藤幸平 @koheisaito0131

誰にもRTされてないあたりが、今日のマルクスとヘーゲルの弁証法への関係への人々の興味具合を暗示している気がする笑

2011-07-16 00:52:08
斎藤幸平 @koheisaito0131

@schizoophrenie 松本さんにそういっていただけますと、大変恐縮であります!こちらこそ、いつも勉強させていただいております。正反合はやはりヘーゲル自身も使っていませんし。マルクス関係だとエンゲルス『自然弁証法』での「否定の否定」にかんする弁証法の定式化も問題ですね。

2011-07-16 01:07:19
斎藤幸平 @koheisaito0131

「史的唯物論」も「弁証法的唯物論」も全部教科書だもんなぁ。。。マルクスは言ってない。

2011-07-16 02:04:39
斎藤幸平 @koheisaito0131

定式化している箇所があっても、その定式化でなにを言おうとしているかは、他の部分を精読することでしかわからない。そこが難しい。と、ビールを飲みながら考える。500mlで80円。という天国。

2011-07-16 02:06:18
斎藤幸平 @koheisaito0131

@mnb_chiba いつもどうもです。宗教哲学講義を年代別にまとめたものを読んだのですが、最初の草稿、その後二回の講義で、「教団」の概念や、哲学による宗教の止揚などはかなり考えが変わっていて、ヘーゲル自身体系が完成していないこと中四苦八苦していたことが伺えます。

2011-07-16 21:05:51
斎藤幸平 @koheisaito0131

@kay_shixima ジジェクの絶対知が到達できない対象ことを知っていて、それを求めたヘーゲルはヒステリーという解釈は面白いですよね。ただ、「同一性と非同一性の同一性」や「異なるものの同一性」といった表現はありますし、絶対知の概念はH哲学の解釈であそこまで軽視できないかと。

2011-07-16 21:09:11

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