Togetter/min.tを安心してお使い頂くためのガイドラインを公開しました。
2020年11月30日

< #西城秀樹 > #歌謡曲 と #ロック を融合させたレジェンド

NAVERまとめにアップしてあったものを移行しました。2018年6月作成(一部加筆修正)。
4
weekly_SPA @weekly_SPA

西城秀樹は洋楽ロックもメタルもアニソンも歌った! 日本歌謡界の地平を開いた功績をたどる nikkan-spa.jp/1477673

2018-05-19 16:26:03

"若い世代から見れば、単に昔有名だった元アイドル歌手という認識ではないだろうか。

 ではなぜ本連載でヒデキを取り上げるのか。それは、氏がアイドルという枠におさまらず、日本の歌謡曲に洋楽ロックを取り入れた先駆者であり、歌謡メタルの源流に位置するロック歌手だからだ"

リンク スクイズ(Squize) 【緊急寄稿】いま西城秀樹に伝えたいささやかな事柄【追悼】 昭和の伝説的アイドル、西城秀樹が亡くなった。63歳という早すぎる死を惜しむ声は高く、彼の輝かしいステージでの姿… 2

"西城秀樹が取り上げカバーしたことで、お茶の間のど真ん中に当時のロックファンの間で盛り上がりを見せていた「ヘヴィメタル」が持ちこまれたのだ。

この”事件”はWikipediaに書かれている通り、洋楽すら聞いた事が無い歌謡曲ファンに「ヘヴィメタル」を紹介し、多くのヘヴィメタルファンを目覚めさせた。その一人が正に、筆者自身でもある。

21世紀の現在、BABYMETALが「アイドルとメタルの融合」のパイオニアの様な顔をしているが、西城秀樹が既に35年も前にやっていたという事を記しておきたい。

最後に、ロックの格好良さを教えてくれた西城秀樹に「ありがとう。」と心から伝えたい。"

リンク TAP the POP 追悼・西城秀樹──ヒデキのロックなハートに火をつけた名ギタリスト 1955年4月、広島県広島市に生まれた西城秀樹(本名:木本龍雄)。音楽好きの父親や兄の影響もあって小さい頃から洋楽を慣れ親しみ、ジャズスクールでドラムも学んでいたという彼は、地元では名の知れた「ロック少年」だった。小学5年生で時に兄と一緒にバンドを結成、ドラマーとして参加するだけでなくコーラスも担当し、その頃から歌唱力でも一目置かれていたという。 ちなみに地元のロック喫茶や米軍岩国基地のライブハウスなどに出演していた頃、同じ広島在住だった9歳年上の吉田拓郎とも接点があった。 「(地元広島のバンド在籍時に) 3 users 2948

"秀樹はヘタなロックよりロックしていて、いやロック以上だなって。エンターテイナーとして素晴らしかった。"

## ロック色の強い歌唱の功績

追悼西城秀樹さん 輝く歌謡ロックの遺産
『ロック色の強い歌唱の功績を吉田俊宏編集委員が解説する。』日経電子版映像

"ハスキーで強い声帯 高音のシャウトが特長
英ロック歌手ロッド・スチュワートに似たタイプのボーカリスト
西城さんはJロックの最初の手本となった一人

70年代。米英でロックが盛んだったが、お茶の間にはあまり伝わってこなかった。西城さんは歌謡曲を通じてお茶の間にロックを伝えた重要なプレーヤー。歌謡曲のフィールドで意識的にかっこいいロックを表現した。"

リンク 毎日新聞 寄稿:歌謡ロック開拓、一大市場に 西城秀樹さんを悼む=富澤一誠(音楽評論家) - 毎日新聞 西城秀樹が「情熱の嵐」「激しい恋」「傷だらけのローラ」などでブレークするまで“歌謡曲”は自作自演が主体のフォークやロックに比べると音楽性が低いと揶揄(やゆ)されていた。なぜなら、プロの作詞作曲家が作った曲をただ歌っているだけで、フォーク、ロックアーティストのように自分のメッセージがないと思われてい 295

そんな歌謡曲にロック色の強い要素を取り入れ、歌謡曲とロックを融合させたニュージャンルともいうべき“歌謡ロック”を確立したパイオニアが西城秀樹なのである。しかも、その歌謡ロックを一大マーケットにしてビッグビジネスにしたのも西城で、これは彼の大きな功績と言っていい。

西城秀樹が「情熱の嵐」「激しい恋」「傷だらけのローラ」などでブレークするまで“歌謡曲”は自作自演が主体のフォークやロックに比べると音楽性が低いと揶揄(やゆ)されていた。

## ヒット曲『傷だらけのローラ』の原点は、プログレッシブロックのあの名曲

リンク 週刊女性PRIME 西城秀樹さんの『傷だらけのローラ』は、大好きなイギリスロックが原点だった | 週刊女性PRIME 西城秀樹さんが63歳の若さで亡くなった。日本で初めて野球場でコンサートを開き、大好きだったイギリスのロックバンドの曲をカバーし、それが自身のあのヒット曲の歌い方につながったという。最後までロック・ボーカリストだった西城秀樹さん。合掌ーー 3

日本で初めて野球場でコンサートを開き、大好きだったイギリスのロックバンドの曲をカバーし、それが自身のあのヒット曲の歌い方につながったという。最後までロック・ボーカリストだった西城秀樹さん。

ホッタタカシ @t_hotta

西城秀樹が1979年にライブで歌ったキング・クリムゾン「エピタフ」。3分50秒から雷鳴と大雨になる伝説の演奏。 youtube.com/watch?v=8Nk6jz…

2018-05-17 19:16:59
拡大

凄まじい歌唱力とこの雷鳴。神が降りたとしか思えません。

本家に勝るとも劣らない凄みがある。70年代にユーチューブが存在していてロバート・フリップがこの映像を観ていたとしたらグレッグ・レイク、ジョン・ウェットンに次ぐクリムゾンのヴォーカリストへのオファーがあったかもしれないとすら想像してしまう。

haharuru♪ @rururu_mama

この #クイーン の映画封切りに合わせて発売されたクイーン特集誌に、音楽評論家が「#西城秀樹 のコンサートで初めてクイーンの曲を知って、それがクイーンを好きになるきっかけだった」と書かれている。音楽界、そしてロック界に偉大な足跡を残したヒデキ、という事を亡くなってからヒシヒシと感じる twitter.com/BohemianMovieJ…

2018-11-09 13:10:37

Twitterでも話題に。訃報後にファンになってしまった、という呟きも。

さわやかな瞳を忘れない @hideki_sawayaka

色々な秀樹さんファンでない方々のツイートを拝見しての結論。 「西城秀樹は最強だ!」格好良過ぎたから容姿に注目が集まっていたが、どのジャンルの曲も彼が歌えば全て #西城秀樹 になる。アイドルの顔をしたロッカーでありアーティスト。「西城秀樹」という唯一無二のブランド。 #zanmai #Queen

2018-11-11 22:02:41
まとめ #西城秀樹 が唄う、伝説の「 #エピタフ 」―Hideki Saijo - Epitaph 土砂降りのスタジアムコンサート、絶唱する秀樹の「エピタフ」。その間奏に、雷鳴が鳴り響く。神がかっている、痺れる、秀樹といえばこのエピタフ、というツイートが今尚流れています。訃報後にファンになってしまった、という悲痛な呟きも。 25925 pv 134 1 user 40
WithoutYou @tsuki58

⚡️「“#NHKFM #zanmai で聴いた #西城秀樹#Queen カバーがうますぎて" ざわつく人、続出。」 twitter.com/i/events/10616… #ロックの日

2020-06-09 12:03:02
残りを読む(122)

コメント

あおぞら。 @anohino_aozora 2020年12月1日
#NAVERまとめ にアップしていたものを移行しました。(2018年6月作成、一部加筆修正)
0