今田のマイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

やたらと辛いピーナッツを食べた。よく見るとピーナッツには細かい粉がついていて、聞けばその粉の原料もピーナッツだと言う。ふうん。わたしはいま座っているイスもピーナッツの破片を固めて出来ているのではと思う。それにしてはずいぶん頑丈だ。もう７年も使っている。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

その通りには150メートルほどのあいだに12軒のドーナツ屋があった。もちろんドーナツ通りと呼ばれるようになった。道行く者はまるで等間隔に配されたドーナツの穴と穴をすり抜けていくような錯覚を覚えた。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

スーパーの帰り道でダンプカーにはねられ地面に倒れた。目の前にさっき買った焼き肉のタレが落ち、原材料の書かれたラベルをこちらに向けて止まる。果汁ピューレ。醤油。砂糖。１文字１文字が愛おしい。これはぼくが人生で読む最後の「小説」なのだ。アミノ酸液。にんにく…… #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

住んでいる街のピーナッツをほとんど食べてしまったおれは、街から出ていくことにした。おれさえいなくなれば、また街のみんなもピーナッツを食べられるだろう。おれは足元にピーナッツの殻を落としながら、街の外へと歩いた。殻をたどればまたこの街に戻ってこられる。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

バイト先のお皿１０枚を床に落として割ってしまった。土下座後、破片をかき集めて持ち帰り、接着剤で復元を試みる。１０枚のお皿はなぜか巨大なお皿１枚になった。「しょうがねえなあ」店長は巨大なお皿に山のようなチャーハンを盛り付け、「うちの名物メニューにすっから」と言った。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

「般若心経2021」の考案を命ぜられたぼくたちは、毎日修行後に集まって討論を重ねた。さすがにありがたい経典の言葉であり、ぼくたちには太刀打ちできない強度がある。やっとのことでひねり出したそれを書きます。般若心経考案命毎日修行後集討論重経典言葉太刀打強度出書。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

寿司に名前をつけて食べると旨い。おれは高松を食べ、大友を食べ、川田を食べ、そこで酒を口に含む。旨い。小野田の誘惑をかわし、一旦、西を食べて味をリセットする。腹の中はちょっとした同窓会だ。おれは関谷を注文しようとしてやめる。やっぱりこいつの名前は、柳瀬にしよう。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

上から落ちてくる５色のカピバラをタテ・ヨコ・ナナメいずれか５頭揃えると消える。それがカピバラパズルのルールだが、カピバラは落ちてくる直前まで入っていた温泉の余韻でとても気持ちよさそうな表情を浮かべていて、１頭たりとも消したくはない。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

しらす界に奇病が蔓延し、しらす丼に入っているしらすが平均６匹になった。その１年後には４匹、さらに１年後にはついに１匹以下になった。１匹以下。つまり１匹のしらすで２杯のしらす丼を作らなければならないのだ。それでもきみはしらす丼を注文するというのか。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

無人島生活３７日目。きょうもまた、夕焼けを灯りにカニの甲羅に日記を刻み、海に放つ。わたしはこの行為を「出版」と呼んでいる。朝起きると丸裸の美女がわたしを見下ろしていた。美女は「いつも読んでます、サインください」と言った。わたしは砂浜にサインをした。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

犬の散歩中、夜空にオリオン座を見つけた。吐いた息が冬の外気で白くなり、まるで狩人オリオンが筋斗雲に乗っているように見える。足もとで犬が小さく吠える。おれはこの犬があまり好きではないが、いま死んだら犬ごと星座になるなと思う。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

妻が死んで７年。いまでもおれは泣いてしまう。その日、料理レシピのサイトで「７年後のパスタ」というものを見つけた。午前中のうちに材料を揃え、夜、改めてレシピを確認すると「１．泣き止む」とある。それができなくて夕食が作り出せない。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

羊飼いの少年は￥100を受け取ると売買証明書にサインしてその場を去った。残された羊100頭がわたしを見て「さあ、どうする？」と問う。わたしは￥100で羊100頭を買ったことをいまさら後悔する。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

電車の中、わたしは読みかけの文庫本からしおりを引き抜く。だが、しおりの下部から伸びたクラゲの触手のようなものが文庫本のあらゆるページの間にまとわりついている。力づくでそれらを振り払うも、触手は向かいの席のサラリーマンの文庫本にも伸びていく。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

たとえば「担々々々々麺」という注文が来たら４杯の坦々麺を出す。そんな店でわたしは働いている。「々」の数だけ坦々麺を出すのがこの店のただひとつのルールだ。そんなある日、ひとりの客が「々々々々々々々々々」と言った。え？　とわたしは聞き返す。 #マイクロノベル

今田健太郎（ラジオポトフ／トリコロールケーキ） @1mada

雰囲気のいいバー。２年後にわたしの夫となる田辺くんは「なんか苦手なんですよ」とミックスナッツのアーモンドだけを皿に残していた。「どうして？　こんなに美味しいのに」とわたしはそれを頬張る。カリッと音がする。その瞬間、田辺くんと結婚するんだろうな、とわたしは思った。 #マイクロノベル