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要塞のありさまはすべてがいびつだった。どれほどうかつな軍であろうと、兵が十人あまりも倒されれば気取り、そこかしこに響く警鐘を鳴らし、隊伍を組んで曲者を追い詰めるものだ。 だがそうしようとする兆しすらない。 ただ点々と持ち場についた兵が言葉も発さず、形ばかりの務めを果たしている。
2020-12-13 20:10:28まるで人形芝居で英雄が活躍するまで、隅でじっとおとなしくしている悪漢の傀儡のようだった。 あるいは屠られるために配された生贄。
2020-12-13 20:12:39だがみずみずしさはない、歩き戦う屍のようになった犠牲だ。 鳥籠の騎士は、鼠か虫か、多少は活きのよい、食いでのありそうな獲物を探して要塞を徘徊した。水もほしかった。もはや虚ろな兵士達との遭遇は面倒で不運な事故のようなものでしかなかった。
2020-12-13 20:15:54髑髏の角燈を外套で隠しつつ、少しでも生きもののいそうな場所を求めて地下深くへ迷い込んだ。 しだいに辺りは湿り気を増し、高い壁はところどころ濡れて苔むすようになった。ついむしって咀嚼してみたがあまり食べるのに向いてはいないようだった。
2020-12-13 20:19:52やがて扉が硬く閉ざされた一画にゆきあたった。 通路を木板で遮って、人間の丈に合わせて作られた当たり前の検問ではなく、要塞の回廊の高い天井に合わせて据え付けられた青銅の大戸がぴたりと閉まっている。 「グワ…グワ…」 騎士は、棍棒を振り上げた戦士と翼ある怪物の浮彫を見上げた。
2020-12-13 20:26:39「ア゙ー」 出入りするすべはないと考え、引き下がろうとする。 だが不意に左右の壁へ青い光の筋が走り、頭上に紺碧の小さな太陽のような灯が灯る。扉は内側から軋みを立てて開いた。
2020-12-13 20:29:08耳をつんざくような金音(かねおと)をさせて、拍車をつけた足甲が床を踏みつけ、火花を散らす。 馬上鎧をまとい、馬上槍を脇にたばさんだ全身甲冑の騎士がひとり、しかし軍馬にはまたがらず進みだしてくる。かわりに兜は面頬も含め馬の首そっくりで、額からはねじれ角が一本まっすぐ伸びている。
2020-12-13 20:32:39背丈は鳥籠の騎士より頭二つは高い。 馬首型の兜の大きく開いた鼻腔から蒸気が噴き上がると、青い稲光とともに霧のような靄が甲冑の腰から後ろに伸び、半透明な馬の後ろ半身をかたちづくる。
2020-12-13 20:35:17馬首の騎士はそのまま半透明な後ろ足で棹立ちになると、さらに金属の鼻腔から蒸気を噴き出し、馬上槍をしかと脇に支え持って吶喊してきた。 あまりの速さにかわすのは無理と判断した鳥籠の騎士は、背負っていた檻をつかんで前に回し、盾がわりにして受け止めた。
2020-12-13 20:37:25だが重さと勢いはすさまじく、そのまま五間ばかりも弾き飛ばされ、ごろごろと転がるはめになった。 馬首の騎士はまっすぐ驀進したあと不意に半透明な後ろ半身を消し去り、拍車から火花を散らせると、今度は二本脚でゆっくり近づいてくる。
2020-12-13 20:38:55そうしてまた鼻腔から蒸気を噴くと、そのまま馬上槍をまるで剣でもあるかのように片手で高く掲げ、横凪ぎに払った。 穂先の描いた弧に沿って、半透明な馬の群があらわれ、波頭のように押し寄せてくる。鳥籠の騎士はまた檻を盾にして耐えたが、格子からしびれが全身に伝わって動けなくなる。
2020-12-13 20:42:28獲物を釘付けにしたと見て取った馬首の騎士は側面に回り込むと、また透き通った後ろ脚を生やし、棹立ちになって馬上槍を脇にたばさむと、吶喊の姿勢に移った。
2020-12-13 20:44:31鳥籠の騎士は歯噛みしたが、まだ痺れは手足から抜け切らない。 馬首の騎士は狙いを定め、とどめを刺すために透明な後ろ足の蹄で石床を掻いた。 だが刹那、要塞全体が激しく鳴動し、二人の騎士の注意を逸らした。
2020-12-13 20:47:53見張り塔の高みで聞いたあの紅蓮の翼が発する咆哮が、石と瀝青で造られた幾層もの建築を貫いて響き渡ったのだ。 「フォイエアアテム」 馬首の騎士が初めて人間の言葉を発した。いや少なくとも鳥籠の騎士に意味を解せる音の連なりを。
2020-12-13 20:57:10もう一度要塞そのものが鳴動し、馬首の騎士は、細かな欠片を散らす天井を仰いだまま静止した。 しかし鳥籠の騎士は我に返り、敵に向かって逆に走り寄りながら、鎖につながる檻を振り回し、叩きつけた。
2020-12-13 20:59:19馬首の騎士の甲冑と、鳥籠の双方に青い刻印が浮かび、火花を散らす。 よろめき、馬上槍を構え直そうとする敵の側面へ、今度は鳥籠の騎士が回りこみ、今度は鎖の根本を掴んで棍棒がわりに叩きつけた。 馬首の騎士はまたよろめく。
2020-12-13 21:02:22鳥籠の騎士は見抜いた。この相手もまた、結局のところは東郭にいるほかの兵と変わらぬ、一定の定まった挙措しかとれぬよう呪われた傀儡の如きものだと。 繰り出す一撃一撃がどれだけ恐ろしくとも、本性は未熟な従者が稽古に用いる案山子と変わらないのだ。
2020-12-13 21:05:34「グワ!」 鳥籠の騎士は柄にもなく胸に沸き起こった憐れみをしわがれた鳴き声にのせて吐き出した。 せつな、馬首の騎士はだしぬけに石突きで床を打つ。全方向に半透明な馬の群が駆け出す。
2020-12-13 21:07:27だがもはや同じ技は通じない。男は鳥籠を横倒しに前方に放って、踏み台に跳躍すると、透明な馬の波頭を飛び越え、宙で短剣を抜きざま、馬首の騎士の槍を持つ腕の横からとびかかり、肩の鎧の隙間に刃を刺し通す。
2020-12-13 21:11:04馬首の騎士は剛力で、敏捷な鳥籠の騎士を振り払った。 槍を持たぬ方の手で甲冑の間に滑り込んだ短剣を引き抜いいて投げ捨てると、何事もなかったかのように武器を構え直す。
2020-12-13 21:14:14しかし鳥籠の騎士は転がり、獲物である鎖つきの檻にたどり着いていた。つかみ取ると、また死角へと駆けながら、鉄球のごとく青い刻印の浮かぶ格子をぶつける。
2020-12-13 21:15:23馬首の騎士はもはやよろめかず、透明な後ろ足を生やして踏ん張ったが、しかしつど、何かが淡いゆらめきとなって鳥籠の中に吸われていく。
2020-12-13 21:16:16馬首の騎士は拍車に火花を散らし、金属の鼻腔から蒸気を噴き、三度、透き通った後ろ脚を生やして吶喊し、二度、透き通った馬の波頭を呼び出してけしかけた。 だが鎖つきの鳥籠は容赦なく襲い掛かり、甲冑ごしに長身を打ち据え、何かを削ぎ落し、吸い取っていった。 ついに馬首の騎士は膝をついた。
2020-12-13 21:19:14だめおしの一撃を加えようと鎖を振り回した鳥籠の騎士は、何かを察して、檻を盾にした。 とたん、最後の力をふりしぼった馬首の騎士は、恐るべき速さで馬上槍を投げ槍であるかのように擲った。透明な蹄のある四肢を生やした長柄の武器はそのまま主なくして吶喊し、鳥籠にぶつかって弾き飛ばした。
2020-12-13 21:23:11鳥籠の騎士は、しかし格子の盾のおかげで辛うじて串刺しを免れた。 馬首の騎士はすべてに敗れたのを悟ると、がっくりとうなだれ、甲冑のそこかしこに青い刻印を輝かせ、燃え上がらせると灰となって消え失せた。
2020-12-13 21:25:01