大三元

結構有名だったとか
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カルヴァドス @cornelius0321

もう10年ほど前だろうか、四条烏丸のジュンク堂書店の北側に、「大三元」という名前の広東料理の店を見つけた。外観はレトロな洋館で、正面には観音開きの扉があるのだが、レースのカーテンが引かれているので、店内の様子はわからない。店の外にもメニューらしきものは見当たらない。

2011-03-10 20:37:53
カルヴァドス @cornelius0321

こんな時、どうするか。「値段もわからないような店には怖くて入らない。ましてや京都だ。うっかり入るととんでもなく高級な店かもしれない」「不思議で面白そうな店だから入ってしまえ」私はたいてい後者を選ぶ。

2011-03-10 20:37:42
カルヴァドス @cornelius0321

意を決して店内に入ると、中は一層レトロだ。床は古い理髪店や銭湯や赤線宿で使われているようなタイルが、艶かしい模様を描いている。座席は、これまた昔の客車のような木製の長椅子で、ビロードの生地が妖しく光っている。

2011-03-10 20:37:32
カルヴァドス @cornelius0321

テーブルの上にあるメニューはというと、なんのことはない。いたってシンプルで、チャーハンではなく「焼き飯」、ラーメンではなく「汁そば」と呼ぶのがふさわしいような定番の一品が書いてある。価格も手ごろだ。後者を選んで正解だった。

2011-03-10 20:37:23
カルヴァドス @cornelius0321

味付けもあっさりと上品で、質の悪い中華にありがちなくどさや脂濃さがない。横浜や神戸にあるような、華僑の人が戦前から営んでいる店だった。私が知らないだけで、京都にもこんな店があったのだ。

2011-03-10 20:37:14
カルヴァドス @cornelius0321

それ以来、私はこの店に足繁く通うようになり、時には友人と訪れたことも会った。店には女将さんとおぼしき女性がいるのだが、客だからといって媚を売ることもなく、それでいて無愛想でもない。この「適度な距離感を保つ接客」が私はたまらなく好きだが、こういう接客ができる人は本当に少ない。

2011-03-10 20:37:06
カルヴァドス @cornelius0321

ところがしばらくすると、店は「当分の間休業します」とだけ書かれた札を掲げて、扉を堅く閉ざしてしまった。

2011-03-10 20:36:57
カルヴァドス @cornelius0321

「当分の間」は本当に「当分の間」だった。そして店は再開することなく廃業してしまった。5年位前に前を通りかかったら、店があった場所は完全に更地になっていた。

2011-03-10 20:36:49
カルヴァドス @cornelius0321

病気や事故で手足を失ってしまった人は、「失ってしまった指先がしびれる」とか「なくなった足の裏が痒い」という感覚が残るという。「幻肢」というのだそうだ。

2011-03-10 20:36:40
カルヴァドス @cornelius0321

私にとっての「大三元」も幻肢である。更地になった土地を見ても、私の中には、あの日、あの時、この場所で食べた味の記憶が、いつまでも残っている。

2011-03-10 20:36:29