食べると不死身になれる、って伝説がついてるレアなファンタジー生物を探す男の話。4

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江口フクロウ@眠み @knowledge002

ジンロウの帰還から一ヶ月が経った頃、貴族ガームレスはもう一度研究所を訪れた。 「…彼がもたらした霧の民非実在の報告から、もう一月か」 「ああ。…あいつならいないぞ。色々用事を任せたから帰るのは夕方だ」 「残念だ。個人的にも挨拶をしておきたかったんだが」

2020-11-18 12:15:44
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「まあ、それは後でいいだろう。にしても…」 男は再び通された寝室を貴人らしからぬ無遠慮な、子供じみた仕草で見回した。 かつて壁一面を埋めていた膨大な資料はそこにはなく、元の白い壁だけがある。ここだけではない。 都の片隅、幻想の研究所はひっそりと閉鎖の準備を進めていた。

2020-11-18 13:04:00
江口フクロウ@眠み @knowledge002

部屋の外では助手として研究者が勝手に雇い入れた車椅子の少女と肌の白い少女がゆらゆらきびきびと掃除に励む。もう一人、暗い肌の少女は買い物に出ている。誰も如何にもな「訳あり」らしいが、ガームレスは鷹揚に許した。 「…不思議だな。入った時から思っていたが、なんだか狭くなっていないか?」

2020-11-18 13:11:18
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「ああ、伝承仮称『ダン・シャーリーあるいはコン・マーリーの法則』だな。不要なものを減らすとそのぶん部屋が広くなる。元がどれだけ多くて、残ったものがどれだけ多くても、だ」 「君は魔法が使えるのかい?」 「魔法ではないな。起源は多分ただの掃除のコツだろ。それがどこかでまかり違って…」

2020-11-18 13:17:07
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「一冊の力ある本になった。皮肉か偶然か、がれきやごみに埋められて封印されてたのを拾ったのさ」 「なるほど…君たちの根城には私が見せてもらった以上の伝承が集められているらしい」 「羨ましがられても困るぞ。危険なもんもある。伝承仮称、ってのは要するに出どころがわからないってことだ」

2020-11-18 13:25:09
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「どれだけ突き詰めても全容の知れない曖昧なものが存在する、という話だったね。興味深い…」 「後悔するぜ。正体が判明しなかったという事実が逆転して生まれた、誰も彼もを殺人に駆り立てる災い、伝承仮称『斬裂寂鬼』とかな。土産話ならいくらでもしてやるが、一つとしてくれてやるもんはない」

2020-11-18 13:34:48
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「そのようなものを誰も望みはしないさ。どの口が、と思うかもしれないがねだりに来たわけではないよ」 「…じゃ、なんで今さらここへ来た?とっくに契約は切れた。俺たちは永劫ここを去り、あんたは今後伝承には関わらない。そういう話だったろ」

2020-11-18 15:04:41
江口フクロウ@眠み @knowledge002

イルラは心底うんざりしたように肩を竦める。演技だ。 位置関係はかつてと同じ。椅子を勧められないためずっと入り口横の壁に背を預けている馬鹿正直な男と部屋の中に唯一残ったものであるベッドに堂々腰掛ける不遜な女。扉の外では少女たちが聞き耳を立てている。 嫌な時間が過ぎた。

2020-11-18 17:14:57
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…ああ、わかったよ。言い出しづらいが、本題に入らせてくれ」 苦笑しながら諸手を挙げる。女の放つあまりに不機嫌な視線に観念したようだった。 「私の望みはね、厄災でも権益でもない。平和だよ。…君たちに、協力してほしいと思っている」 「…?契約の続行ってことか?なんで今さら…」

2020-11-18 18:06:34
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「正直なところ、何度も悩んだのだ。でも、どうしてもこれが天命だと思えて仕方ない」 「随分な口説き文句だが、気のせいか?嫌な予感しかしないぞ」 「ああ。だから悩んだ…私は君たち自身にも好感を持っているから。でも、だが、ああ!」 男は突然天を仰ぎ両手を広げ感極まったように叫ぶ。

2020-11-18 18:10:08
江口フクロウ@眠み @knowledge002

芝居がかった、熱に浮かされたような演説。 「天が私の背を押した!庶子として生まれ、父に捨てられ投げやりになった母に育てられながらしかし教会へ通い続けた私の信仰を天は既に試された!父と、嫡子たる兄の突然の死!突然転がり込んだ貴族の地位!私は、私は!」 乾いた音が小さな部屋に響く。

2020-11-18 18:17:50
江口フクロウ@眠み @knowledge002

男は次の句を継ぐことなく受けた衝撃のまま壁に背をぶつけ、跳ね返って前のめりに倒れた。 女は深く息を吸い、吐く。 手に握るのは、今し方男を討ち果たした凶器。 「…実在伝承『銃』。悪いな。魔法も廃れた時代にか弱い女が生きるのは大変なんだ」

2020-11-18 18:28:28
江口フクロウ@眠み @knowledge002

なるべく余裕を装ったが一撃で命を奪うほどの暴力装置を使うのは初めてだ。顔には笑みを浮かべようとするが冷や汗が止まらない。 だが仕方ない、嫌な予感はよく当たる。 よく、当たるのだ。

2020-11-18 18:31:12
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…随分、勘がいい。げほ」 男は、ゆっくりと起き上がった。 額に空いた穴から血と共に弾丸が転がり出る。 押し出されるように、と言うか、押し出されているのは錯覚ではないのだろう。 錯覚でないなら悪い冗談だと女は思った。

2020-11-18 18:42:14
江口フクロウ@眠み @knowledge002

ネンジャは買い物を終えて上機嫌で帰路を往く。 正直、いきなり人の中で暮らすというのは本人的にもかなり向こう見ずな決心であったし万事上手くいったわけでもないが、内気な性格に反して不思議と後悔はなかった。 溢れるような人々の活気。文字を教わってなんとか読めるようになった無数の物語。

2020-11-18 19:11:47
江口フクロウ@眠み @knowledge002

街頭で、たまに潜り込んだ劇場で聴く音楽。瑞々しく、故郷の黒い石ほどではないが美味しい食べ物。 全てが眩く映った。全てが自分を満たしてくれた。 ただ、そんな都会暮らしももうすぐ終わり。幻想探究の契約が切れたのだ。 ジンロウとイルラは秘密の根城へ引き上げるため連日忙しそうにしている。

2020-11-18 19:15:07
江口フクロウ@眠み @knowledge002

もちろん自分たちも手伝っている。掃除をし、資料をまとめ、運送を行う商人へ預け、必要なものを買いに出て。 最初は蜥蜴特有の発熱体質から他者や器物との接触には過ぎるほど気を付けていたが、最近はそのあたりの加減も上手くなっていた。今では踊るように人混みを抜ける。

2020-11-18 19:19:47
江口フクロウ@眠み @knowledge002

それもこれも頭の上の小さな友人のおかげだ。 「荷物、落とすんじゃないわよー」 「はい!」 姿をごまかす幻や身体全体に熱を防ぐ風の壁を巡らしながら欠伸までしている凄腕の魔法使いたるルフを、ネンジャは密かに尊敬している。自分も魔法を使えるようになりたい、というのが今の彼女の夢だった。

2020-11-18 19:24:08
江口フクロウ@眠み @knowledge002

夢も希望も抱き放題。図書館で会った親切な司書、市場で会った豪快な店主、内向的な菓子職人やいつも挨拶をしてくれる警邏、頼りになる友人たち、そして何より自分を連れ出してくれた後見人。 幸せだった。一人火山で石をかじっていた時代など、忘れてしまいそうなくらいに。

2020-11-18 19:35:08
江口フクロウ@眠み @knowledge002

大通りから裏通りへ、裏通りから裏の裏通りへするすると抜けていけば「家」はもうすぐそこ。掃除担当の二人が出迎えてくれて、研究者が褒めてくれる。そして仕事を手伝いながら彼の帰りを待つのだ。 帰ったらまた話をせがもう。秘密の根城がどんなところなのか、聞かせてもらわなくては。

2020-11-18 19:59:12
江口フクロウ@眠み @knowledge002

この都ほど娯楽はないのだろうが、みんながいる場所ならきっと楽しく暮らしていける。本は今の家よりたくさんあるらしい、近くに美味しい石があるだろうか、近所の人とか「…ネンジャ!」 「はいっ!?」 随分深い妄想に浸っていたようだ。突然のルフの声に驚き荷物を落としてしまう。

2020-11-18 20:03:46
江口フクロウ@眠み @knowledge002

散らばったものを拾おうとするとそれより早くルフが「あれ!」と彼方を指差した。 帰ろうとしていた家の方角から、顔を青くした女が走ってくる。 「ネンジャ!逃げろぉ!」 イルラが叫んでから一拍置いてルフがもう一度「ネンジャ!」と名を呼ぶと、やっと踵を返しよろよろと、なんとか走り始める。

2020-11-18 20:07:38
江口フクロウ@眠み @knowledge002

その間にイルラは追い付き、後方からは誰かの怒号が聞こえる。身体がこわばってとても振り向けはしなかったが確認したらしいルフが舌打ちをしたのを見るに、これはどうにも、まずい。 「イルラ!何が起きてるの!?」 「ジンロウがヘマをした!くそ、あの坊ちゃん想像以上に頭がトんでやがる!」

2020-11-18 20:10:25
江口フクロウ@眠み @knowledge002

あの坊ちゃん、一度だけ会った二人の雇い主だというあの男の人だろうか? 横を走るイルラの姿がぱっと変わり驚いたがルフが魔法の幻を掛けたらしかった。 「いいかネンジャ!お前はこのままルフと一緒に逃げろ!こいつがついてれば大丈夫だから!」

2020-11-18 20:12:48
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「アタシたちはね。アンタはどうするつもり?」 「ジンロウのバカを連れ出す!はぁっ…くそ、ほんとに手がかかるなぁあいつは!」 「それこそ無茶でしょうに!…あの二人は?」 「別の道へ、逃した!」

2020-11-18 20:16:15