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幻想狩人と外道研究者の一党が人知れず姿を消した翌日。大陸の中央にある都では一人の若い貴族がとんでもないことを言い出した。 曰く、自分は不死を手に入れた、と。
2020-11-18 20:31:14それはなんの変哲もない肉のように見えた。 が、貴族はこれを食べることで人は不死を得ることができるのだと人々に説く。 誰もが首を傾げた。聡明で人当たりのいい男が口にするには、あまりに幼稚な冗談だと。
2020-11-18 20:34:07そう思っていたのも、目の前で肉を食べた傭兵二人が斬り合いを始め、その果てに互いを刺し貫いて絶命した時までの話。 壁に乱れ飛び床を染め上げるような夥しい流血と壮絶な死闘の終わりに、斃れたはずの二人がなんでもないような顔で起き上がって消え去った傷を検分し始めるのを見せられれば、
2020-11-18 20:37:27集った知人である若い貴族たちも納得せざるを得ない。さらにその内の一人が差し出された肉を一切れ飲み込み、そのまま刃物で首を切り裂き血を噴いて斃れながらもあっさり起き上がり、傷のない首を信じられないという顔でさすると、他の仲間もこぞって肉を口にした。
2020-11-18 20:40:13話と肉はどんどん広がっていく。一週間も経つ頃にはガームレスは王の前へ跪いていた。 彼は庶民にも肉を配った。病気や怪我を抱える人間を優先して、不死の肉を利用したあくどい商売は雇った傭兵を使い徹底的に駆除しながら肉を配り続ける。 肉を食べたものは怪我どころか病まで克服し、
2020-11-18 20:45:20涙を流しながら男に礼を言っていく。 男もまた身内のことのように喜び時に涙すら流しながら、「これからはみな幸せに生きよう」と民に諭す。 王前でも同じように、肉を勧めた。 不思議なことに肉はどこからか尽きることがないかのように出てくる。 王は普通に「え?生肉食うの?」という反応の末、
2020-11-18 20:48:16料理人に目の前で焼かせた上で口にした。 一通り舌鼓を打った後、衛兵から剣を取り上げ集った重臣が止める間も無く自らの頸を刎ねてみせた。 結果は、無事だった。 身体がひとりでに動き、その手でしっかと頭を掴み切ったばかりの首に押しつけるとたちまち元通り。
2020-11-18 20:51:55これには勧めたガームレス本人も驚いたが、しかし。 他ならぬ王が不死を認めた。 重臣もそれに倣って渋々肉を食すと、持病や加齢による腰痛、心労による不勃までもが治ったのだから疑いようがない。 国を挙げての大騒ぎとなった。
2020-11-18 21:24:47すぐさま不死の肉が国中に配られ始めた。大陸の端、北の雪山地帯や西の森林地帯、南方海や東の荒野にまでガームレスの手のものが肉と慈悲をもたらす。 あらゆる人が不死の喜びに満たされていく。
2020-11-18 21:48:16…その陰で。 より多くの祝福を得んとする傭兵によって、狩られた幻想生物たちがいたが。 そんなことを、これから隆盛を極める永遠を手に入れた民が知る由はない。
2020-11-19 07:18:05東の荒野にて。 肌の白い少女は磔刑にかけられた。 「聞け、荒野の民よ!」 磔にされ、手足に杭を打ち込まれた人外はまるで人の子のように泣き叫ぶ。 その前で都から来た聖教の神父が声を張り上げ集ったわずかな民衆に説教を行なっていた。
2020-11-19 07:23:25「このものは、かつて貴殿らを食糧たらしめんと画策し、我が父祖に同じく磔にされた霧の民、その生き残りである!」 「助けて!助けておばあちゃん!」 「…このように人に取り入り、再び人の血を涸らそうとする悪鬼を!私はここに調伏しましょう!」 「痛いの!おばあちゃん!おばあちゃああん!」
2020-11-19 07:27:37「かつてと同じように、天よりもたらされる日の光によって!霧のように消えるがいい!愚かなる怪物よ!」 「おばあちゃああああん!わぁぁぁぁぁ…!」 その後も響く悲鳴の中、大仰な身振り手振りと巧みな煽動でもって神父は民を束ね、石を投げさせ、罵らせ、
2020-11-19 07:32:37肌を切り刻み、胸に杭を打った。 人心を乱し憐憫を呼び起こす少女の形をした怪物を言葉で、暴力で徹底的に嬲ることで流血のない地味な渇刑を最後まで彩ってみせたその神父は、目論見通り都で高位の祝福を受け、好きなだけ女を手にして幸せに暮らしたという。
2020-11-19 07:38:26南の港町へ至る途上では小癪にも大瓶へ隠れ海へ逃れようとした怪物が討たれた。 雇い主の命令を受け検問を行なっていた傭兵がある荷馬車を検めた時に見つけたのだ。 「な、なんだこいつは!肌が透けて…!?」 「あ、あわわー…」 「おい商人!どういうことだ!」
2020-11-19 07:50:57「し、知りません!私はただ、都からの荷を運んでいただけなのです!」 「ちっ…おい、手を貸せ。この怪物を生け捕りにすればより高い祝福が受けられるんだ」 「しゅ、祝福…?わかりました…私の荷ではありませんし…うわ、気味が悪い…」 肌の透けた少女とたっぷりの水が入った大瓶をなんとか
2020-11-19 07:54:36商人と傭兵と四人がかりで傭兵が連れていた馬車まで運ぶ途中のことだ。 誰かが手を滑らせた。 支えきれずに次々手が滑り、地へ叩きつけられた大瓶は粉々に割れると、中身も転がり出てしまう。 それが平地なら拾い上げて適当な壺にでも詰めて都へ帰ればよかったのだが、運の悪いことに
2020-11-19 07:58:02転がった先には深い谷が口を開けていたのだ。 止める間も無く、透けた肌を傷だらけにした怪物は地の裂け目に飲まれていった。 落ちた先は大岩をも海まで転がしその角を丸める大陸有数の激流。当然、水でできた柔な肉体はあっさりと砕かれ、千々になり、やがて溶け、海へと混ざるだろう。
2020-11-19 08:05:08生け捕りに失敗した傭兵たちは深く落胆したが、しょげて帰った都で雇い主から歓待され多くの祝福を受けたことで荒んだ生活から足を洗い、与えられた永い余生は穏やかな日々を送ったという。
2020-11-19 08:10:10また、北の山奥でも大捕物は行われた。これもまた生け捕りには至らなかったが、道中の逃走劇で何人も脱落者を出す最も激しい狩りとなった。 肌の暗い人の姿を偽り、それを看破された後蜥蜴の本性を顕した怪物の鱗は剣も矢も通さない。おまけに逃げ込んだ先の雪山地帯は年中吹雪く危険な場所。
2020-11-19 08:14:56それでも勇気ある傭兵たちが怪物を追い山へ分け入った。なんとか辿り着いたのは雪山にそぐわぬ活火山。突然の温度の変化はまるで壁のように氷雪の世界と灼熱の領域をとを隔てたが、しかしそれでも男たちが歩みを進めた結果、ついに火口で人に似た形をしながら肌に鱗を纏わせた蜥蜴を追い詰めるに至る。
2020-11-19 08:18:27だがそれでも逃げ続け、あらゆる攻撃を弾き続ける怪物を捕らえる手立てはなかった。 だから、決着は偶然だったのだ。 朦朧としながら射た矢が偶然に火口付近を駆けていた蜥蜴の足元の石を跳ね飛ばし、それが頭へ当たったことで蜥蜴は一瞬意識を失い。 ふらついた脚が、彼女を火口へと導いた。
2020-11-19 08:22:47疲弊した傭兵たちはそれでもなんとか足を動かし、十分に気を付けながら火口を覗き込んだが蜥蜴はとっくに溶けた後。この世のものとは思えぬほどに煮え滾る溶岩は例外を作ることなく小石と同じようにかつての住人を呑み込んだ。 残された傭兵はと言うと、山のふもとの温泉街で傷を癒すうち、
2020-11-19 08:26:43他の三匹と違い、人を惑わす妖精の行方だけは定かではなかった。追手の隠し持つ魔法使いという手札を見透かしたかのように情報を撹乱し姿を消したのだ。 ただ、こんな話もある。 まんまと逃げられ腹を立てた魔法使いが妖精の根城と思しき西の深き森を魔法で焼くと、小さな影が
2020-11-19 08:44:34