プレリュード・オブ・カリュドーン 2/7

ネオサイタマ電脳IRC空間 http://ninjaheads.hatenablog.jp/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【プレリュード・オブ・カリュドーン】2 / 7

2021-01-11 21:00:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

深夜。カジノ出島に立ち並ぶ高級ホテルは、ネオサイタマの歓楽街よりもなお煌びやかに、誘蛾灯めいた豪華さでネオン光量を競い合う。そうしたホテルとホテルの間に横たわる寂しい暗黒領域から、一台の黄金ネオン・リムジンが現れ、ゴールドラッシュ・ピラミッドホテルの近くで停車した。 1

2021-01-11 21:03:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「フザッケンナ!」悪態をつきながら降りてきたのは、アサノサン・パワーズ社の重役の娘、デンチだ。「バ、バカ!」交際相手の上級サラリマンが、車の奥から女々しい罵声を返した。「バカハドッチダー!」彼女は負けずに言い返し、暗黒の彼方に車が見えなくなるまで高くキツネ・サインを掲げた。 2

2021-01-11 21:06:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

交際相手は、元交際相手に変わった。デンチはしばし、その場で息を整えた。踵を返し、たった一人でホテルに向かって歩き始めた。怒りが収まると、すべてが虚しくなってきた。親があてがってくるカチグミ・サラリマンは、どれもつまらない男ばかりだった。彼女はもっと危険で刺激的な恋を求めていた。 3

2021-01-11 21:09:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

前方、タクシーロータリーの中心には、巨大なスノードーム状のガラス張りオブジェがあった。そのオブジェの内側では、高級服をまとったオイランドロイド・マネキンたちが気怠げなポーズを取り、雪の代わりに大量の万札が舞い踊っている。刺激的な現代アート作品と最新ファッションのコラボレートだ。 4

2021-01-11 21:12:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

しかしそれを見ても、今のデンチの心は虚無そのものであった。肌寒い。デンチはマフラーを巻き直し、不機嫌そうに踵を踏み鳴らして歩いた。深夜にホテルの外に一人でいるのは、あまり安全とは言えない。デンチは次第に早足になった。その時……何かが彼女の鼻腔をくすぐった。潮の匂いだ。 5

2021-01-11 21:15:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それはすぐに、麝香めいて甘く危険なアシッド臭に変わった。……この匂いはどこから? 立ち止まり、周囲を見渡した彼女は、奇妙なものを発見した。スノードーム・オブジェの前に体格のいい女が座り込み、IRC端末を操作して、首を横に振っていた。なぜこんな女がホテルの敷地内にいるのか? 6

2021-01-11 21:18:00
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女の上着は使い込まれたボロボロの黒いジュー・ウェアで、背中にはバックパックを背負っていた。それだけでも十分場違いだ。だが特に奇妙なのは……今しがた海から上がってきたとでも言わんばかりに、その全身がズブ濡れなのだ。なぜこんな女がホテルの敷地内にいるのか? 7

2021-01-11 21:21:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

浮浪者か肉体労働者が、ガードの監視を逃れて迷い込んだのか?いずれにせよ、距離をとらなくては危ない。だが……デンチにはそれができなかった。抗い難い魅力があった。よく見ると、ジュー・ウェアから覗く腕や胸板は野生動物のように逞しく、顔立ちは異国の王族めいて精悍でエキゾチックであった。 8

2021-01-11 21:24:00
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女がデンチに気づき、そちらを見た。デンチが息を飲み、女の蛇めいた瞳を見つめ返した時……恐るべきジツがはたらいた。全身のブレーカーが落ちたような感覚だった。デンチは何が起こったのかもわからず、その場でがくりと膝をついた。 9

2021-01-11 21:27:00
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再び立ち上がった時、デンチの体は、もう自分の意思では動かなくなっていた。電脳薬物をキメたように、胸と前頭葉がチリチリと火照っていた。デンチは操り人形めいて、その女のもとへと引き寄せられていった。10

2021-01-11 21:30:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

意識ははっきりとしていた。彼女は少しも嫌な気分ではなかった。近づくたび、恐怖はスリルに変わっていった。麝香めいた匂いが一層強くなった。女のすぐ前まで来ると、デンチは無表情なサイバーサングラスを放り捨て、期待に満ちた目でその女を見た。 11

2021-01-11 21:33:00
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「あなた、どこから来たの?」「……アユタヤ」女はそう答えた。ミステリアスな声とアクセントだった。「アユタヤ? タイ王国……だっけ?」「今、着いたばかり」「まさか、泳いで来たとか」「……どうしてそう思う?」 12

2021-01-11 21:36:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ここには飛行場も港もないし……。あなた、濡れてるし、潮の匂いがする」デンチは冗談めかして小さく笑った。「潮の匂いか」ジュー・ウェアの女はIRC端末を仕舞い、すっくと立ち上がった。 13

2021-01-11 21:39:00
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デンチは息を呑んだ。背は遥かに高く、逞しい。肌は浅黒く、髪は短い巻毛だった。そして濡れた黒いジュー・ウェアの胸元には、神秘的な『DOKU NO KIBA』の文字が刺繍され、腰にはブラック・ベルトが巻かれていた。カラテ高段者なのだ。「エッ、まさか、本当に泳いで」 14

2021-01-11 21:42:00
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女の逞しい手が、デンチの長い黒髪に触れた。それを優しくすくい上げ、匂いを嗅いだ。「お前は、いい匂いがするな」女の声は多重エコーがかかったように、デンチの頭の中で心地よく響き渡った。「私、今……体温何度あるのかな……」デンチは恍惚とした表情で呟き、マイコめいてその女に身を預けた。15

2021-01-11 21:45:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

視界がマンゲキョめいてぐるぐると回転していた。女はデンチを受け止め、目を深く覗き込んで魅了した。二人はそのまま並んで堂々と歩き、ホテルに入った。散弾銃を背負った屈強なスモトリ・バウンサーが、デンチのIRC端末から宿泊コードとデジハンコを読み取った。そして些か不審に思い、問うた。 16

2021-01-11 21:48:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「失礼ですが、こちらの方は……」「私の恋人よ。あなたの年収はいくらなの?」デンチは平時の厳しい声で言った。「シ、シツレイ致しました……!」バウンサーはその場でドゲザし、道を開けた。 17

2021-01-11 21:51:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「SHHHH……」ジュー・ウェアの女は蛇の吐息めいた音を立てながら、デンチとともに黄金回転ドアをくぐり、ホテル内へと入った。ホテルのWi-Fiが接続され、女のIRC端末が震えた。デンチは息を荒げて女の体に寄りかかり、その体から発散されるアシッドの香りを貪るように吸い、既に何度か達していた。 18

2021-01-11 21:54:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ジュー・ウェアの女はデンチを抱き寄せたまま、吹き抜けのエスカレーターに乗り、IRC端末のメッセージを見た。それは偉大なるアイアンコブラ総帥からのIRCであった。『無事ネオサイタマへ泳ぎ着いたのだな』『ハイ、総帥』女は片手で素早くIRCを返した。『造作もないことでした』 19

2021-01-11 21:57:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

『見事だメイヘムよ。すでに勝利は我らコブラ教団のものといって過言ではあるまい。だがニンジャスレイヤーは、タイクーンを滅ぼしたと噂される強敵。油断するでないぞ』……然り。この女こそはメイヘム。タイのアユタヤ大密林よりネオサイタマに送り込まれし、コブラニンジャの勇士であった! 20

2021-01-11 22:00:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

『お任せください、アイアンコブラ=サン。必ずやニンジャスレイヤーを狩り殺し、コブラ教団の名を世界に知らしめます』『遥かに良い。機が熟すまで、目立った動きは控えよ。ネオサイタマに紛れ、教団員を増やし、毒を蓄えるのだ』『承知いたしました』21

2021-01-11 22:03:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

メイヘムは携帯IRC端末を閉じ、ホテル内を見渡した。中二階に高級ショッピングモールが併設され、オイランドロイド・マネキンが着ていた服が売られているのがわかった。「ネオサイタマに馴染む服が欲しい」メイヘムが言った。 22

2021-01-11 22:06:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「オーケー、任せて、任せて……」デンチはがくがくと震えながら、アシッドじみた幸福笑顔で頷いた。彼女の視界はサイケデリックな極彩色に染まっていた。 23

2021-01-11 22:09:00