電撃文庫のカリスマ編集者・三木一馬氏の仕事術 「なるべく大きく、なかなか叶わない夢を持っておくと良いかもしれません」

昔、『YAIBA』という漫画がありました。ものすごい名作なわけですが、そのワンシーンで、主人公のヤイバ君が、目標を見失い落ち込んでいたケロ吉(カッパ)に伝えた名言があります。『あのなーケロ吉、夢ってのはなかなか叶わないから夢ってんだよ』と。
2011-07-23 22:52:18
自分の中ではこの言葉がとても気に入ってまして、夢……というか目標は、決して叶わないくらいのところに据え置いたほうが、一杯頑張れるよ!という個人的な「目標立て」のお話です。
2011-07-23 22:52:25
僕が編集者になった時からの目標であった、ある凄腕編集者さんがいます。他社(もちろん大手出版社)の先輩なのですが、知識、閃き、空間掌握術、すべてにおいて叶わない、と思わせるほどの行動と結果を示していた人で、僕の目標でもあった人です。
2011-07-23 22:52:39
それがとある時に、「客観的な評価」でその編集者さんを乗り越えた瞬間がありました。決して叶わない夢が実現したのです。そのとき、自分はどう思ったか。狂喜乱舞した……わけではなく、喜ぶどころか周りが見えなくなって、足が震えて立てなくなって、精神的な燃えカス状態になりました。
2011-07-23 22:52:51
いわゆる「ガス欠」ってやつです。達成した瞬間に、魂を抜かれてしまったのです。しかし、世の中は、そんな個人的な事情なんてどうでもいいわけで、市場は普通にまわっていきます。
2011-07-23 22:53:04
燃えカスになったとしても、当然「じゃあここで終わり!」とリタイヤなんてできるわけもなく、まだまだ先はあって、これからも頑張って電撃文庫を盛り上げていかねばなりません。当たり前なのですが…それくらい夢だったのです。
2011-07-23 22:53:11
思うこととしては、いつ自分はその人を「乗り越えた」んだろう。自分は頑張っているつもりだけど、ゲームでいうところのクラスチェンジを果たした!みたいな革新的な成長をした記憶はまったくありません。せめて「よーしこれくらいのレベルなら!」と気持ちを整理して挑みたかった…!
2011-07-23 22:53:59
準備してないとマジで心臓に悪いです。あれは。ただ、(僕みたいな矮小なケースは置いておいても)それっぽいことは世界各地で起こっているのでは、とも感じました。
2011-07-23 22:54:10
ものすごく話は壮大になって飛びまくるのですが、たとえば、18世紀のイギリスにいた技師や工場の機械工たちは、当時の人は誰も、「俺たち、いま産業革命やってるぜ~! へいへい!」と思って仕事をしていません。
2011-07-23 22:55:22
ピカソだって「俺、いま『青の時代』の絵を描いてるぜ~!」と思ってキャンパスに向かっていません。すべて後世に、識者たちが勝手に付けたネーミングなだけで、当事者はそのときただがむしゃらに頑張っていて、「後から考えるとあのときが『きっかけ』なんだな」とぼんやり思い起こすのだと思います。
2011-07-23 22:56:54
つまり「いまここで凄いことやってるぜ! おらおら!」みたいに考えず、普段通り夢を目指して邁進していたら、気づけばその夢を追い抜いてて、「あ、あれ? 俺いまなんでこんなとこに!?!」ということが、「達成」なのではないかと思うのです。
2011-07-23 22:57:15
そんな僕が言えることは(偉そう…)、作家さんを目指す皆さんは、デビューすることを夢にしないでください。イラストレーターさんなら、小説の挿絵、ゲームの原画、商業の依頼が来ることを夢にしないでください。
2011-07-23 22:57:56
これから、もっと手強い市場という世界で頑張っていかねばなりません。デビューはスポーツゲームのリザルト画面に表示された評価や結果ではなく、フルマラソンのスタートピストルの号令です。
2011-07-23 22:58:02
そして、すでにデビューしている作家さんは、今までの自分、そしてこれからの自分もやることは同じでいつもの通りに小説を書いていたのに、突然想像の域を超えた「客観的評価」を受けることがあります。それは予期できず、本当に面食らってしまうはずです。
2011-07-23 22:58:11
そんなとき、ビックリして足踏みしてしまわないように、なるべく大きく、なかなか叶わない夢を持っておくと良いかもしれません。というわけで、みんなでなかなか叶わない夢を持って、頑張りましょう!
2011-07-23 22:58:15