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中川保雄『放射線被曝の歴史』(1991年)について-島薗進氏 @Shimazono による紹介【増補版8】

8月6日 【増補版8】『放射線被曝の歴史』目次を追加しました。 8月6日 【増補版7】リストを追加し、一部を組み替え、修正しました。 8月5日 【増補版6】「児玉龍彦氏の衆院厚労委での発言について、その他」の項を追加。目次を付しました。 8月3日 【増補版5】リストを追加しました。 8月2日 【増補版4】「復刊情報など」と「「要約・抜粋」をわけました。 続きを読む
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 同様のtogetterがいくつかありますが、田島直樹氏 @ni0615 の以下のサイトでは、togetterによらず、タイトルの重複や日付を外し、小項目タイトルを挿入し、より洗練された形に整理をしています。ここよりも読みやすいし、他の興味深い資料もあり、お薦めです。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/3127.html
 また、次のブログでは、表紙の写真と文章、目次(画像)、中川慶子さんの「あとがきにかえて」の一部が引用されています。
http://boukyaku.asablo.jp/blog/2011/07/30/5993855

 目 次

序  ブログとツイッターの双方で紹介します

1. 『放射線被曝の歴史』抜粋

2. 復刊情報、図書館収納情報など

補  児玉龍彦氏の衆院厚労委での発言について、その他

付  『放射線被曝の歴史』目次

 
 

   序  ブログとツイッターの双方で紹介します
 

島薗進 @Shimazono
中川保雄『放射線被曝の歴史』の「放射線被害の歴史から未来への教訓を――序にかえて」と「おわりに」から一部、抜粋しました。復刊されるまで重要論点の抜粋紹介の継続が必要かも。87-88年にアメリカ滞在時に得られた資料が多く活用されており、この度の原発災害を見越したかと思われる程。
島薗進 @Shimazono
ほぼそういうこと。それでもICRP基準を厳格に受け止めれば今ほどの無策にはならない。日本の学者は被爆者を見捨ててきた過去を見直したくない。@y_itoh 今後懸念されている内部被曝の日本の防護基準は、歴史的に米軍調査寄りの原発推進派ICRPに従っているため甘すぎると言う事ですね。
島薗進 @Shimazono
中川保雄『放射線被曝の歴史』1991の紹介を続けてみます。いずれブログにまとめますが、それより早く復刊してほしいです。ICRPの放射能防護基準の歴史的背景をどう理解するか。それが分かると、なぜ多くの「専門家」が理解困難な放射能安全論を説くのか理解しやすくなるはず。
島薗進 @Shimazono
ぜひ教えて下さい。@namaika また、中川保雄さんのご研究については『科学史研究』に掲載されている論文なども参考になります。またご連絡させてください。
島薗進 @Shimazono
健康被害問題で重要な中川保雄『放射線被曝の歴史』(1991年、今秋再刊予定)。ブログとツイッターの双方で紹介中。ブログは第11章前半部http://t.co/ZPPu6u0 新期追加しました。ツイッターは以下でまとめて下さってあります。 http://t.co/fZVEqgT
島薗進 @Shimazono
中川保雄『放射線被曝の歴史』(1991年、今秋再刊)。ブログとツイッターの双方で紹介中。ブログは第11章(1)(2)(3)の3回分載。(3)では後半で、この本が福島原発災害に苦しむ現代の私たちに何を教えてくれるか、要点のみまとめてみました。http://t.co/ZPPu6u0 
島薗進 @Shimazono
中川保雄『放射線被曝の歴史』。ブログhttp://t.co/ZPPu6u0 とツイッターで紹介してきましたが 、本日8/6までで基本的な内容を示したのでここまで。7~10章の紹介は省略。中川説すべてを肯定するかどうかは別として、重要な問題提起に満ちた渾身の力作であることは確か。
島薗進 @Shimazono
中川保雄『放射線被曝の歴史』(1991年、今秋再刊)。残る諸章の題のみ紹介。7章「核実験反対運動の高まりとリスク-ベネフィット論」、8章「反原発運動の高まりと経済性優先のリスク論の“進化”」、9章「広島・長崎の原爆線量見直しの秘密」、10章「チェルノブイリ事故とICRP勧告」

 
   1. 『放射線被曝の歴史』 抜粋
 

島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』1「秘密で覆われていることが、核・原子力問題の本質的な特徴ではある。しかし、公表されている資料と情報もまた膨大…それらの入手可能な資料から、隠されているものを丹念に拾い、それらを結びつけることによって、本質的に重要な事柄を見出すのがここでのやり方p10
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』2「加害した側のアメリカ軍によって調査された事柄を被害者の側に立つべき日本の研究者たちも大筋において受け入れているという事情はなんとしても説明しがたいことではないか…なぜそのようなことがまかり通ってきたのか。それを明らかにするのもこの書の目的の1つ」p11
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』3「アメリカ軍による原爆被害の隠ぺいや過小評価に、日本の代表的研究者たちも同意を与え続けてきた…。その結果、多くの被爆者たちが、その急性死や急性障害を放射線のせいではないとされたり、ガンや白血病などの晩発的な影響についての評価を歪められてきた…」p11
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』4「最近になってICRPなど被爆問題のエスタブリッシュメントは、放射線のリスクの過小評価を否定し続けることがもはや不可能tみて、これまでの主調の手直しを1つまた1つとやり始めた。放射線影響研究所が、広島・長崎の原爆被爆者のデータに基づいて」p235
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』5「放射線影響研究所が…ガン・白血病死のリスクの見直しをおこなったのもそのような手直しの1つである。問題は、その手直しがICRPなどによる過小評価された放射線リスクの大幅な見直しや、国際的な被曝防護基準の抜本的な改正へと進みうるかどうかである」p.235
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』6「ICRPの被曝防護思想、経済性原理にたつALARAの考え方への批判はいまだ不十分である。ICRP批判は、まずそのリスク評価や被曝基準に対する生物・医学的な、科学上の評価が基礎になる。…世界的には上のように言えるが、日本の国内での…」p235-6
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』7「日本の国内でのこの問題の議論は、ICRPそのものやその勧告の社会的性格についての評価と批判から始められる必要がある。なぜなら、放射線被曝防護問題に関する書物が多数発行されているが、それらはことごとくICRPと同じ立場、同じ思想から」p236
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』8「それらはことごとくICRPと同じ立場、同じ思想から書かれているからである。また、放射線被曝を一般的には危険と認めはするが、ICRPが果たしてきた歴史的・社会的役割をみようとしない科学者も多くいる。…ICRPなど原発推進派は、人の健康上の」p236-7
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』9「ICRPなど原発推進派は、人の健康上の判断からは、被曝を少なくすることを認めざるをえないが、それでは原子力産業の活動が不可能になるために、原子力利用の社会・経済的利益を考慮せよと迫って、線量限度内の被曝を強要する被曝防護基準を作り上げてきた」p237
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』10「第2次世界大戦が始まるまでは、放射線に曝される機会の大部分が医療などごく限られた分野であった。「アメリカX線およびラジウム防護諮問委員会」は主として医療におけるX線とラジウムを使用する…従事者を、放射線被曝による職業病からまもることを任務」p15-6
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』11。アメリカX線およびラジウム防護諮問委員会に対応する国際組織が国際X線およびラジウム防護委員会(IXPRC、1928年)。ガン多発や遺伝的影響への懸念を受けて線量の引き下げを科学的に進めていた。それにかわってNCRP,ICRPの時代へ(2章)。
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』12。全米放射線防護委員会(NCRP、1946年)はマンハッタン計画を引き継ぐアメリカ原子力委員会の影響下で構成。続いて形成される国際放射線防護委員会(ICRP)も次第にその路線に従う。作業者の安全のための組織から、核開発遂行のための組織へと転換。
島薗進 @Shimazono
中川『放射線被曝の歴史』13.NCRP.ICRPは放射線被害が生じない線量限度を設定してしまうと核開発が困難になるので、リスク受忍論を形作っていった。1950年の「許容線量」概念がそれをよく示す。「許容線量とは…原子力・放射線施設の存在と運転の必要を軍事的・政治的および経済的」
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コメント

御堂岡啓昭 @Ani2525 2011年8月27日
明石書店から10月に増補版が復刊します。中川保雄さんの名著。医師や科学者の皆さんにお勧め。 http://www.akashi.co.jp/news/n2733.html
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