2011年7月29日

映画『コクリコ坂から』感想

あまりにもぐだぐだ呟いてしまったので、内容的にアレですが一応備忘録としてまとめました。 (……なんだ、のっけから『コクリコ坂より』って。そんな映画は無い!orz)
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観た直後のざっとした感想

相楽 @sagara1

『コクリコ坂より』観て来た。いい映画だと思う。えーと、第二の『耳をすませば』? 素直に作品観た場合の気持ちよさと、背景について『アニメルカVol.3』掲載の「背景から考える 聖地・郊外・インタラクション(前編)」の耳すま論考と似た意味(?)で捉えた場合の偽史的な意味でも。

2011-07-23 23:20:27
相楽 @sagara1

「いい映画」だなというのは例えば徹底した「上下」の動きの意識と、左右、特に「流れに抗して左から右へ向かう」動きが興味深かったとかなんとか。/題名通り坂だらけの街(1963年の横浜が舞台)で。「カルチェラタン」と名付けた部室群の集合体のボロ建物も縦に貫通された構造という舞台の上で。

2011-07-23 23:20:58
相楽 @sagara1

少女(海)が毎朝旗を上に掲げていて。で、学校で(建物の)上から少女がいる下に向かって少年が降って来て出会う。うん、今のジブリ映画では空から降ってくるのは少女でなくて少年みたいですよ?で、飛び降りて着水して衝撃吸収した少年を、少女は一度手を繋いで引っ張り上げるんだけど。

2011-07-23 23:21:42
相楽 @sagara1

自分は相手を見て緊張や心配しているのに相手が周りを眺めてにやにやしてるのを見て、むっとして突き放したりする。強いよ、少女。ちなみにその出会いは後の少女いわく、旗を揚げていたら父親の代わりにその少年が来てくれたんだと思う、とのこと。

2011-07-23 23:22:33
相楽 @sagara1

で。坂を乗り物でぐんぐんスピード出して下るときは二人(序盤の自転車二人乗り、終盤のおっちゃんの車に飛び乗ってハシケへ向かう道行)。よいしょよいしょと買い物抱えて歩いたり、自転車押して登るのは一人。帰り道のお供に別れ際に少年が少女にコロッケくれたりする。

2011-07-23 23:23:03
相楽 @sagara1

「流れに抗して左から右へ向かう」は例えば。「聞くのが辛い過去を育ての父に聞く」とか。「出生の秘密を知った少年から拒まれた少女がそれでも少年に向き合おうとする歩み」とか。「「まず聞いてくれないだろう」という実業家へ予約抜きで直訴にいく道程」だとか。

2011-07-23 23:23:19
相楽 @sagara1

「二人が二人に想いを向けあっていくことのあまりの困難」が影を落として左⇒右。でも今実際に二人で歩いて心を通わせ合う軽やかさは右⇒左。忙しなく切り替わった末、少女がはっきりと運命に負けない想いを告げるに至る流れはとても面白かった。

2011-07-23 23:23:32
相楽 @sagara1

そして、時間軸の面の「上下」も。親子の情愛。先輩が後輩に向ける親愛に満ちた(やや満ち過ぎた?)まなざし。実の親の親友が友の忘れ形見に向ける想い社会で活躍する実業家とこれから社会に出ていく学生たちの認め合い。どれも(矢印が反対方向にも)礼節と敬意に満ちていて。

2011-07-23 23:23:43
相楽 @sagara1

「横」に見ても、主人公・海を通じて街の人々は海たち、学生たちと互いに好意を向けあい実に親密学生同士の仲も対立も一線を超えず時に強調し、男女の役割分担もまったく抑圧的でなく、むしろ男子共は女子に押されっぱなし。左官の娘とガタイのいい哲学部のあんちゃんとのやりとりが象徴的。仲良し。

2011-07-23 23:24:00
相楽 @sagara1

過去の遺産に対しても、学問に対しても学生たちの視線は実に謙虚だ。古きを温めるに、汚れきったカルチェラタンの清掃を以てする新聞は無闇に煽情的に攻撃に走らず、着実な歩みを伝え堅実に支持を伸ばす。

2011-07-23 23:24:10
相楽 @sagara1

学生たちは部活の「研究」でも身の程を弁えた上で熱意に溢れている。「太陽の寿命はあまりに長く我々の人生は余りに短く何も進んでいないも同様」「ディオゲネスの樽の故事に倣いたい」云々。

2011-07-23 23:24:17
相楽 @sagara1

ホント、上も下も左も右も、敬意と誠意と熱意と着実・堅実な歩みに満ちていた。ああ「この映画は」≒「1963年横浜は」実に美しく健やかだなぁ、と。ようするに画面に映された者が全てで「1963年横浜」といった時間・場所的なモデルが提示されてなければ、それはもうそれで良かったとも思える。

2011-07-23 23:24:38
相楽 @sagara1

ただ、例えば『耳をすませば』の舞台となり映画の中で実に美しく健やかに好感のもてるものとして描かれた「聖蹟桜ヶ丘」が。どうやら実際はニュータウン計画のしかもかなり失敗例っぽいもので、諸々開発の歪みや醜さが目立つものであるという話があったりするように。

2011-07-23 23:24:53
相楽 @sagara1

「1963年」の高校生なり、その親など彼らを取り巻く社会なり、その二者間の関係の実態なりと「映画で描かれた美しさ」とはどれくらいズレがあったりなかったりするのだろう?という話について諸々考えさせられてはしまう。

2011-07-23 23:25:09
相楽 @sagara1

例えば「端的に言って、その頃の高校生たちって傾向として両親と仲良かったのかな?例えば(5年後だけど)どこぞの大学で「止めてくれるなおっかさん背中の銀杏が泣いている」とかいうのに下手に憧れた末、無駄に無軌道に暴走する話多くなかった?」とか。

2011-07-23 23:25:17
相楽 @sagara1

「いわゆる「意識の高い」学生が追い詰められた時、概ねきちんと礼儀が保たれただろうか?」とか。「保たれず刹那的・独善的な暴力行為に走った場合街の生活者の皆さまとの関係はどうだったろうか?」とか。

2011-07-23 23:25:27
相楽 @sagara1

「ボロい環境をバリケードなどでますます壊して破壊的な反抗に走らず、掃除して環境整備して、昔の資料もしっかり保存。研究は地道に着実に……が主流だったら本当に良かったのにね!!」とか。

2011-07-23 23:25:48
相楽 @sagara1

「権力者と交渉する場合、映画みたいにきちんと礼儀正しく振る舞った?団交という名の吊るし上げとか大好きじゃなかった?」とか。あと「仲間内でもむしろ風間俊が演説で笑い飛ばした「多数決の暴力」とか大好きじゃなかった?」とか。

2011-07-23 23:27:21
相楽 @sagara1

「「意識が高い」運動に女子が参加した場合、飯炊き女やダメな感じの欲望の対象とか、そこまでいかなくても「まず対等に扱われない」とか無かった?」とか。「都会育ちと田舎育ち。学校横断の活動の場合は偏差値だとか。そういうあらゆる事情が差別の対象になっていったりしなかった?」とか。

2011-07-23 23:27:40
相楽 @sagara1

以上の疑問例はあまりに偏見まみれのステロタイプではあるけれど。でも「ああも美しい1963年」って、とにかく胡散臭い。「ギャップがあるなんてものじゃないな」とは思うところ。勿論、僕だって生まれる前の話なので、大変いい加減な感覚からの難癖に過ぎなくはあるけれども。

2011-07-23 23:28:20
相楽 @sagara1

適当に思いついた感想をぶちまけるととりあえずこんな感じ。ああ、それと「ジブリ映画としてはあまり食べ物が美味しそうじゃなかったかも?」とか(目玉焼きとか)。「序盤のなんかコマ落ちでギクシャクしていたような人の動きは視点を50年近くタイムスリップさせるための仕掛けだろうか」とか。

2011-07-23 23:30:49
相楽 @sagara1

スタッフロールにずらりと並んだ名前の中に「川上量生」としれっと入ってたのを見かけてなんだか楽しかったとかいう、本当にどうでもいい話もあるにはあった。

2011-07-23 23:32:17

いろいろとやりとり。その1

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コメント

hamp@横浜山中 @32hamp 2011年7月29日
コクリコについて「今、公開するなら常識の翻訳が必要なのに、為されていない箇所が多々ある」という感想を持っていた。古い少女漫画の予定調和的な部分など現代に即しないところは、原作の文脈を換えずに改編できたのじゃ無いかと。
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hamp@横浜山中 @32hamp 2011年7月29日
で、ココのまとめを読んで気付いたんだけど、要は「60年代初頭を描くこと」と「主人公の恋愛ドラマを描くこと」のバランスがとれていないことが根本的な問題だったのだなぁと気付いた。
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hamp@横浜山中 @32hamp 2011年7月29日
バランスというか、「どっちも描きたい、どうしよう?」とぐずぐず迷ったまま映画が出来ちゃった、みたいなことなのかなぁ。かといって歌舞伎や浄瑠璃みたいに「100%その時代の感覚」なものでも無かった。モダナイズして現代の人が違和感なく見れるようにと言う意図もまた見えた。もにょる原因はこの辺りだったのか。
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