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こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
鉄道と地政学……確かに切っても切り離せない。テクノロジーが地理的限界をブレイクスルーする。
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
鉄道が地政学レベルで影響を与えた例って(1)アメリカ大陸横断鉄道 (2)シベリア鉄道 (3)モルトケさん・大 以外にあったかな?
moltoke◆Rumia1p @moltoke_Rumia1p
@MyoyoShinnyo  (・д・) 地政学かどーかはさておき、半島への戦前日本の鉄道投資を大量に行ったのは日露戦争の結果にかなり影響だしてるので、一応含まれるのかなぁとも。鉄道交通網の充実が戦力の移動速度を速め有利になるって普仏戦争の戦訓でしたし。
@kouzanshi
@moltoke_Rumia1p @MyoyoShinnyo 兵站・輸送力で、日本軍は第二次大戦を負けましたしね・・・鉄道が使えない地域への輸送を全く考えていませんでしたから
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
@moltoke_Rumia1p 満州や朝鮮半島の鉄道権益は日露の争点になったし、少なくともまったく無関係ではないですね
moltoke◆Rumia1p @moltoke_Rumia1p
@MyoyoShinnyo  (=д=) 鉄道的な側面からすると、シベリア鉄道から満州にいくルートと朝鮮半島から満州にいくルートは、後者の方が充実してたような。ちょうど、フランスがプロイセン側国境にいくルートがプロイセンからフランスにいくルートに劣っていたように。
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
相手を間違わなければ兵站に関しては間に合ったかもしれない RT @kouzanshi: @moltoke_Rumia1p @MyoyoShinnyo 兵站・輸送力で、日本軍は第二次大戦を負けましたしね・・・鉄道が使えない地域への輸送を全く考えていませんでしたから
@kouzanshi
@MyoyoShinnyo @moltoke_Rumia1p 中国軍相手なら、間に合ったかもしれませんが輸送能力は貧弱で、徴発して食い物を調達していましたがね・・・
moltoke◆Rumia1p @moltoke_Rumia1p
(つдと) やっぱり多正面同時戦争なんて国力の限界を超えていたんだろうなぁとも。単一正面で戦えるようにするって外交や政治の側面ですけど・・・・。 QT @MyoyoShinnyo 相手を間違わなければ兵站に関しては間に合ったかもしれない RT @kouzanshi
moltoke◆Rumia1p @moltoke_Rumia1p
しかし、そのアメリカで戦後鉄道網の解体と、自動車社会に変更されていったのを聞くと、安定的な安い石油の輸入があればこそだったんだろうなぁとも思わないでもなかったり。石油が上がったことで鉄道が再評価されてきたりしましたし。QT @kouzanshi @MyoyoShinnyo
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
食い物に関しても陸軍はちゃらんぽらんに考えていたわけではなく、対露の防衛戦争を企図して「凍りにくい糧食」とか開発してる。ただ、計画していたとおりの北方の戦争ではなく、南方で戦わされたのだけれど。
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
「ヌホン陸軍はちゅうごくで兵站をまったく考えずに現地で略奪して食い物をまかなった。」という先入観だけだと必ずしもそうではない事例もポコポコ出てくるんで、やっぱり勉強って大切よね
@kouzanshi
@moltoke_Rumia1p @MyoyoShinnyo 他の人と話のですが、国に国鉄を救う気が有ったのなら、ピギーバック(貨車にトラックを丸ごと載せる事)・新幹線貨物・海上コンテナ(20・30ft)の拠点間輸送設備を整えて、鉄道貨物復興を図って経営再建を支えたかもと・・・
moltoke◆Rumia1p @moltoke_Rumia1p
@MyoyoShinnyo  (つдと) ナチスは経済回復に成功したんだーという先入観の情報と、実際にはメフォ社債等、負債積み増しでの時間稼ぎ(開戦踏み倒し疑惑)と、前政権までの政策が効果を及ぼしたのと、政権が仮にも安定したので効果が出やすくなったって事実の間には巨大な溝が;
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
うちのお爺ちゃんは北海道の第七師団に入っていたが、友達に酒屋がいたのでそこから酒をゲットして古参兵に貢ぎ、おかげでまったくシゴかれず、毎日酒盛りばっかりしてたそうだ。北限の守りの精鋭と呼ばれた師団でもそんなもんっすよ
こなたま(CV:渡辺久美子) @MyoyoShinnyo
ていうかね、人類史上、「本国から外国の前線まで食料武器弾薬すべてを輸送してまかなう」っていうのを実現できたのは、現代のアメリカ軍だけですから。
山猫男爵 @baron_yamaneko
@MyoyoShinnyo 輜重輸卒は現地採用の人足じゃなくて、本国で徴兵された場合の配属先の一つでれっきとした軍人ですよ。輜重二等卒(後の輜重二等兵)より下の最下級兵士ではありますが。
MURAJI @murajidash
でも昭和19と20年の支那派遣軍の惨状があんまりにもあんまりです RT @MyoyoShinnyo: 「ヌホン陸軍はちゅうごくで兵站をまったく考えずに現地で略奪して食い物をまかなった。」という先入観だけだと必ずしもそうではない事例もポコポコ出てくるんで、やっぱり勉強って大切よね
山猫男爵 @baron_yamaneko
@MyoyoShinnyo 輜重兵の下で現場作業にあたる軍人が、輜重輸卒です。在営期間が短かったり、かなり特殊な取り扱いですが。例えば明治25年徴兵の第1師団への配属例では、輜重兵60人、輜重輸卒360人。
山猫男爵 @baron_yamaneko
西南戦争ころは、軍人ではない軍属の臨時雇い「軍夫」を現場作業に使ったんですが、日清戦争のときに正規軍人として輜重輸卒の制度を創設しました。普通の兵隊で徴兵されると在営3年間のところ、輜重輸卒の在営は2か月の短期。
山猫男爵 @baron_yamaneko
「歴史と人物 増刊 証言・太平洋戦争」の「輜重兵かく戦えり」という座談会の記事が短いがわりと面白い。輜重兵科の将校7人+加登川幸太郎(この人は歩兵)がよもやま語り。インパール作戦時の第33師団の輜重兵連隊長も出席。
山猫男爵 @baron_yamaneko
実戦兵站の具体論は少ないが、職業軍人として輜重兵科になることがどういうものか、当事者の感覚に触れて良い。陸士10期までは輜重将校は転科者だけ、陸士17期に志願者が出て話題云々。出席者の中でも、教官に嫌われて輜重兵科に回されたと嘆く人も、郷里の隣人が輜重兵中将で見習って志願した人も
山猫男爵 @baron_yamaneko
輜重兵科では陸大に入れない(明治までの話)、入っても劣等生扱い、中央のポストが無い、大将になれない(実例が無い)と、出世の道が明らかに閉ざされてる感はあったと。ただ、将官進級率はさほど悪くないそうで、全兵科平均13.5%に対して、輜重兵科11.5%と。でも、やっぱり平均より低い。
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コメント

鮎麻呂 @aymro 2011年8月1日
管理職の輜重兵は最下等に至るまで全員が騎乗訓練を受けていたんでしょうか(トラックはあっても回ってこず運搬は牛馬に頼っていて、その隊列を監督するには必要なはず)。騎兵カコイイ!! @br117 さんの「戦時輸送と輜重兵小話」http://togetter.com/li/168745
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