19世紀小説となろう小説

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小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

水上勉がデビュー後しばらく推理小説を書いてから離れるが、後に「自分の書きたいものは推理ものではない」というようなことを述べていた。新人作家がその時点での人気ジャンルでもまれて、人気を獲得してから自分の書きたいものに移行するというのは19世紀文学でも観測できる。たとえば(続

2021-03-25 22:07:01
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

承前)19世紀後半は『モンテ・クリスト伯』の大ヒットもあって、復讐小説が一大人気ジャンルとなっていた。ボアゴベはデビュー作『囚人大佐』第二作『大復讐』と、最初の数作は全部復讐ものばかり書いていて、その後人気を得て、探偵小説と歴史伝奇小説へとジャンルを広げている。(続

2021-03-25 22:07:16
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

承前)ボアゴベの先輩作家のガボリオの場合、デビューしてしばらくはバルザック流の家庭小説とか人情小説を手がけて、人気が確立してからルコックものの探偵小説を始めているので、入口ではボアゴベと違っている。ガボリオは純文学方面から小説に入り、ボアゴベは大衆文学から探偵小説に入っている。

2021-03-25 22:07:38
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

乱歩『幽霊塔』の原作となる『灰色の女』(1898年)も、濡れ衣によって死刑判決を受けた女性が脱獄して整形手術で顔を変えて戻ってくる話なので基本的に復讐譚の一つ。作者ウィリアムスンが、独身時代に別名で書いていた小説は未読だが概要情報からしてやはり復讐ものを書いていると思われる。

2021-03-25 22:20:08
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

いま「異世界もの」がそれだけで一ジャンルを形成しているかのような様相を呈していて、これが19世紀後半の大衆文壇をみると、復讐小説がたくさんあり、あと悪女小説がたくさんあって、恋愛・冒険・探偵ものと並んで一ジャンルをなしている観がある。

2021-03-25 22:21:46
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

このように、19世紀後半に作家を志すものは、その当時の人気ジャンルとして復讐小説を入り口に選んでいる場合は多い。

2021-03-25 22:24:53
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

19世紀文壇をもちだしたのは、今の流行しているなろう系小説が、19世紀のやたら長い連載小説と類似しているところがあって、21世紀小説は20世紀を飛び越して19世紀型に先祖返りしたような感じをもつところがあるから。例えばガボリオは、毎日休まず原稿用紙10枚弱分の連載を書き続けたが

2021-03-25 22:42:53
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

人気作家ガボリオが一頁原稿を書くごとにそばに仕える新聞社のボーイがその原稿を印刷所に運んでいった。このやりかただと、ガボリオは前の原稿を修正することはできない。半年ほど連載される長編はとんでもない長さになる(千数百枚とか二千枚超え)。

2021-03-25 22:45:15
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

探偵小説であれば、謎解きのプロットをもっているからさほどでもないが、行き当たりばったりの展開が続く伝奇ものを読んでいると、そのダラダラとした続き具合が、21世紀にはやっている小説群とある種似た感じがするところがある。

2021-03-25 22:46:41
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

こういう話は、文芸評論のタネにはなると思うが、こういう話を書きそうな人って私以外にあまりいないかもしれない。19世紀の大衆文学を原書で読んでいる研究者は少しいるけれど、いまのラノベやなろう系とはたいてい接続しないから。

2021-03-25 22:54:38
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

いま読まれる19世紀の小説というと、評価の確立した文豪──トルストイやドストエフスキー、ユゴー、スタンダール、ディケンズらの作品にほぼ限られるので、同時期にたくさん刊行されていた貸本小説の作品群はほとんど省みられない。

2021-03-26 00:14:45
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

しかしそのあたりを掘り返すと、いまのラノベやなろう系との類似性が色々浮かび上がるものがあると思う。新聞小説に連載している大衆人気作家が、読者の人気や評価を気にして、どんどん筋を変えていったりする現象は、純文学の文豪の作品ではまずみられないが、大衆作品には結構ある。

2021-03-26 00:16:23
小森健太朗@相撲ミステリの人 @komorikentarou

ただ、考えてみれば、ドストエフスキー『悪霊』も連載開始後間もなく生じたネチャーエフ事件(秘密結社による国家叛逆計画)が起きて、連載にそれを取り込んでストーリーが大きくねじ曲がる。出だしではステパン氏を主人公とする物語だと予告されているのに、ステパン氏はすっかり後景に退いてしまう。

2021-03-26 00:24:32