小松和彦 著『呪いと日本人』レビュー連ツイまとめ

とても興味深く拝読しました。 めっちゃ面白いんですが、伸びてないのは連ツイだからですかね。流れ去るに任せるのが惜しくてまとめました。 「呪いと日本人」面白そうなので楽天でポチっちゃった。
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+M laboratory @freakscafe

小松和彦『呪いと日本人』(角川ソフィア文庫) 人を呪うという心性は、そもそも一方向的なものだ。呪う側は呪っていることをその呪う相手とは共有しない。だから呪われる側もまた疑心暗鬼が膨らむ。 呪いとは「断絶した社会的関係」から生まれる必然的な現象であると言えよう。 pic.twitter.com/jjCcLEhpJo

2021-04-05 12:09:36
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+M laboratory @freakscafe

ー親はできの悪い子どもを呪い、子どもはそうした自分を呪われた出自だと思い、産み落とした親を呪う。出世競争から転がり落ちたサラリーマンはライバルを呪い、呪われた側は自分の意のままにならない部下を呪う。(21) 不満を持ちつつ、そのことを話し合えないでいる。その断絶が双方を「呪縛」する。

2021-04-05 12:14:28
+M laboratory @freakscafe

そもそも社会関係とは、互いに互いの「心」を「推論しあう」ところに成立する。コミュニケーションは対称的なものではなく、最初から推論を媒介にした非対称的な性質を持っている。どんなに身近な、「気心の知れた相手」であっても、その「腹の内」を充分に知ることはできない。

2021-04-05 12:20:11
+M laboratory @freakscafe

呪いが、人が人と完全には通じ合えないというディスコミュニケ―ションから生まれるのだとすれば、社会の発生とともに「呪い」は生まれ、社会が続く限り「呪い」もまた続いていくだろう。 ここで「呪い」とは、人のうちに生まれる怨恨の心のことだ。

2021-04-05 12:24:25
+M laboratory @freakscafe

古代王朝から現代に至るまで、権力者から民衆に至るまで、人間関係のあるところ、呪いがその動因として作動している。歴史は呪いによって動いてきたと言っても過言ではない。 著者はその普遍的な呪いという現象を、呪いの心性と呪いのパフォーマンスに分割して論じていく。

2021-04-05 12:27:13
+M laboratory @freakscafe

呪いの心性とは、人間の心理のなかに普遍的に見出される人を呪う心、そして、その裏返しである人から呪われることを恐れる心である。 呪いのパフォーマンスとは、その呪いを成就すべく、また呪いを祓うべく行われる呪術の体系、実践のことだ。

2021-04-05 12:30:16
+M laboratory @freakscafe

奈良王朝から平安王朝にかけての天皇家の歴史は、権力闘争のコアのところで呪いのパフォーマンスが作動した時代であった。 度重なる呪詛事件、これらの事件の特徴は、関係者が「呪殺された」ということではなく、某が某を「呪殺しようとしていた」という謀略罪として摘発されたことにある。 pic.twitter.com/WPGwuwdyQP

2021-04-05 12:41:46
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+M laboratory @freakscafe

前ツイートに添付した系図を見てみれば分るが、まず天智天皇系統に連なる皇族と天武天皇系統のそれとのあいだの皇位をめぐる緊張関係があって、そこに呪いのスペシャリストとしての呪禁師(じゅんごんじ)が動員される。

2021-04-05 12:45:12
+M laboratory @freakscafe

ーたとえば、ある人物が井上内親王が天皇を呪詛していると密告したとする。だが、いくら呪いを信じている天皇や貴族といえども、申し立てを鵜呑みをにしたわけではない。謀略の可能性もある。密告の内容が正しいかどうかを判断する必要があるのだ。↓

2021-04-05 12:48:50
+M laboratory @freakscafe

そこで呪いのスペシャリストが動員され、占いなどによって呪詛の有無を「証明」したのである。(83) そもそも「占い」というのは、普通の人には知りえない「裏」の世界の様子を特別な方法で知ることを意味する。呪いのスペシャリストは、この特別な方法を体得した「神人」「妖人」だった。

2021-04-05 12:51:51
+M laboratory @freakscafe

奈良王朝の時代に活躍した呪いのスペシャリストは、呪禁師と呼ばれた中国伝来の呪法の使い手で、彼らの主要な技法は、人形を用いる「厭魅(えんみ)」と動物の霊魂を操る「蟲毒(こどく)」であった。呪禁師の呪いの技法は宮中から民間へと流布し、奈良時代には貴賤上下を問わず、呪いに狂奔していた。

2021-04-05 12:57:01
+M laboratory @freakscafe

言わば、彼らは、呪いを成就する「武器」を持ってしまったのである。呪われる前に呪えーそれが当時の人々の行動原理となる。そこには恐怖を裏返しにしたある種の快感もあったのではないか、と著者は推測する。なにしろ、呪うというパフォーマンスは、呪いの心を開放するカタストロフに繋がる。

2021-04-05 13:01:26
+M laboratory @freakscafe

奈良末期から、天皇や貴族は、恨みを残して死んだ敵の祟りを極度に恐れることになった。こうした「死者の呪い」という観念を日本の社会が受け入れたとき、日本の歴史が大きく転換する。 平安時代には、死者の怨念が生者に祟り(災厄)をもたらすことでその恨みを晴らすという怨霊の信仰が流行する。

2021-04-05 13:10:51
+M laboratory @freakscafe

もともと祟りとは神仏が示現すること、つまり霊験をあらわすことを意味する言葉で、必ずしもマイナスのイメージだけの言葉ではなかった。それが次第にマイナスの面が強調され、平安時代になって、死者の霊が生前の恨みを晴らすためにこの世に災厄をもたらすと変質していく。

2021-04-05 13:14:14
+M laboratory @freakscafe

9世紀の中頃になると、この怨霊思想が、さらに発展して第三者を巻き込んでいく。 すなわち、民衆のあいだに、疫病が流行したり、天変地異が頻発して多くの人間が死んだりすると、それは政争に敗れて非業の死を遂げた者の祟りによるものだとする「御霊(ごりょう)信仰」が生まれてくる。

2021-04-05 13:18:41
+M laboratory @freakscafe

こうなってくると、もはや、呪われる側の恐怖が暴走しているとしか言いようがない。 そこでは呪いの問題は、「呪う技法」ということではなく、「呪われている状態を祓う技法」が中心テーマになってくる。

2021-04-05 13:21:49
+M laboratory @freakscafe

ところで、御霊信仰の最大級のスターが菅原道真だ。政治的ライバルの藤原時平によって九州大宰府に左遷されてしまい、そこで非業の死を遂げた文人政治家である。彼は死に際して「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」という恨み、怨念のこもった辞世の歌を歌う。

2021-04-05 13:25:13
+M laboratory @freakscafe

ほどなくして、うち続く洪水や疫病の流行は道真の祟りである、という噂が京の巷に流れた。それと期を同じくして宮廷でも異変が起こる。時平とその皇太子の相次ぐ死、天皇が起居する清涼殿への雷が直撃、醍醐天皇が崩御する。 この「偶然の」経緯がじつに興味深い。

2021-04-05 13:28:06
+M laboratory @freakscafe

けっきょく、道真は天満自在天神として祀り上げられることになる。現在の北野天満宮である。御霊を神として祀り上げることで、災い転じて福となさんという心性が働いたのである。ただし、それは道真の死後50年後のことだ。言わば彼は50年分の災厄の「原因」として祀り上げられたということになる。

2021-04-05 13:31:09
+M laboratory @freakscafe

さて、呪いの発生源は、すべて人の心である。敗者の呪う心と勝者の呪われるのを恐れる心の表裏一体が、呪いという事象の母胎である。 だから、呪いというテクノロジーの最もプリミティブな形態は「呪詛」、つまり呪いの言葉を口にすることである。

2021-04-05 13:35:34
+M laboratory @freakscafe

この言霊信仰は、現在に至るまでその命脈を保っている。例えば私たちは受験生の前では「すべる」、病院では「死ぬ」、結婚式では「切る」という言葉をタブーとしている。これは言葉のパワーが現実化することを恐れている心性から発している。

2021-04-05 13:37:28
+M laboratory @freakscafe

考えてみれば、そもそも言葉には、意味を伝達するという機能のほかに、他者を呪縛するという側面がある。 例えばネットで誹謗中傷されたからといって、べつに現実の生活に影響が及ぶことはほとんどないだろう。それでも気持ちが沈んでしまうのは、言葉の呪的な側面に縛られているからである。

2021-04-05 13:40:31
+M laboratory @freakscafe

こうしたプリミティブな呪詛を土台として、そこにさまざまな宗教的体系、テクノロジーが絡んで高次化していく。 まとめると、奈良時代の呪禁師、平安時代にピークを迎えた陰陽道、古代末期から中世に絶大な勢力を誇った密教と修験道、この三つが日本の歴史に大きな力として作動する呪術である。

2021-04-05 13:45:56
+M laboratory @freakscafe

その呪法も、象徴的な儀式性をもっていてとても興味深いのだが、ここでは端折る。 問題は、御霊信仰以降、呪いは、むしろ、呪う側よりも呪われる側の祓いの問題として歴史を大きく動かしてきたということである。

2021-04-05 13:49:14