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某日のオンラインの酒席で、SNSにたむろする現代人の「飲む、打つ、買う」は「ヘイト、ガチャ、イキリ」ではという説が出たので、ここに記録しておく(考案者は私一人ではない)。それぞれ「醜悪さの共有を通じた内輪の盛り上がり、賭けによる刹那的快楽、男性性の誇示」で対応している見立てである。
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1ヶ月ほど前だったか、どなたかが、現代の「飲む・打つ・買う」は「イキる・●●・●●」と書かれていて、うまいことをおっしゃる!と思ったのに残り2つを忘れてしまいました どなたかご記憶ありませんか、、
2020-08-08 11:16:01先月のツイートがまたRTされはじめた機会に追記すると、その後、VTuber通の某氏より、「飲む、打つ、買う」の「買う」は「スパチャ」にして「ヘイト、ガチャ、スパチャ」とすべきではないか、との意見をいただいた。一般性とインパクトに欠ける恨みはありつつ、確かにその方が綺麗に対応するとは思う。リンク
「スパチャ」って初めて知ったけど、旅芸人に銭投げるみたいな芸能のえらくプリミティヴなところに戻ってる気がするな。 twitter.com/hhasegawa/stat…
2020-08-09 06:50:59いまRTしたような、ネットでの攻撃が荒らしから「イキリ」になったという指摘、昔の「飲む・打つ・買う」が今のネット時代には「ヘイト・ガチャ・イキリ」になったのではないか、という話と通底するところがありそう。
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いまRTしたような、ネットでの攻撃が荒らしから「イキリ」になったという指摘、昔の「飲む・打つ・買う」が今のネット時代には「ヘイト・ガチャ・イキリ」になったのではないか、という話と通底するところがありそう。 twitter.com/hhasegawa/stat…
2021-05-01 14:10:59もっともその後、「ヘイト・ガチャ・イキリ」は「ヘイト・ガチャ・スパチャ」にアップグレードされました。元ネタとの対応や語呂は確かにこちらの方がいいですね。では「イキリ」はどうなったかというと、ヘイト・ガチャ・スパチャのどれも、「イキリ」表現とみなせるのです。
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もっともその後、「ヘイト・ガチャ・イキリ」は「ヘイト・ガチャ・スパチャ」にアップグレードされました。元ネタとの対応や語呂は確かにこちらの方がいいですね。では「イキリ」はどうなったかというと、ヘイト・ガチャ・スパチャのどれも、「イキリ」表現とみなせるのです。 twitter.com/hhasegawa/stat…
2021-05-01 14:17:11ホモソーシャルな仲間とつるんで誰かをこき下ろしマウンティングするのも、後先を考えない「男らしさ」を見せびらかすのも、見るからに分かりやすい男性性の誇示も、どれも「イキリ」の異なった表現型とみることができますね。
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ホモソーシャルな仲間とつるんで誰かをこき下ろしマウンティングするのも、後先を考えない「男らしさ」を見せびらかすのも、見るからに分かりやすい男性性の誇示も、どれも「イキリ」の異なった表現型とみることができますね。
2021-05-01 14:19:02母親として「成功体験(←我が子3人を東大理3に合格させた)」🤣を吹聴するのも「イキリ」では🤔 twitter.com/bokukoui/statu…
2021-05-01 14:43:36いまさら「紀州のドン・ファン」の事件を把握したのだが、金で獲得した女を愛人として囲うのではなく「結婚」形式にこだわるのが最近の若手(?)インセルに近い気もする。まあ、「キモくて金がないオッサン」は「キモくて金だけあるオッサン」と違って殺されないのだから、境遇に感謝すべきであろう。
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『ムツェンスク郡のマクベス夫人』が存在する以上は『紀州のドン・ジョヴァンニ』があってもおかしくはないので、有為のオペラ作曲家におかれては、是非ともかかるワイドショーネタを作品制作に生かしていただきたいと願ってやまない。本人も地獄行きなのを承知でそのように自称していたのであろうし。
看護師の五輪派遣は困ります のタグが盛り上がるなか、医療資源を食い潰して同胞に塗炭の苦しみを味あわせようともおのれの記録と名誉を追求しようというアスリート根性は実に見事であり、「勇気を与える」だのの能書きよりはよほど感動的である。日本人一般に欠けているのはこの精神ではあるまいか。
脱税作家のデビュー作のような、中世に現代の事物を持ち込む話の源流をたどるとマーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』に行きつく、という指摘はすでにあったかな。もっとも、ヴォルテールやモンテスキューの衣鉢を継ぐ、異世界を鏡に現代を諷するおもしろさと、虫けら系作家は無縁であった。
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ところで、『アーサー王宮廷のヤンキー』は近代人が「中世的」異世界に転生するジャンルの祖、という話があるようながら(twitter.com/hhasegawa/stat…)、実のところヤンキーは単なる技術ではなく政治や宗教をめぐる「啓蒙」を持ち込んでおり、これは現代日本のサブカルに期待すべくもない要素であった。
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昨年、現代の「飲む、打つ、買う」は「ヘイト、ガチャ、イキリ」(twitter.com/hhasegawa/stat…)か「ヘイト、ガチャ、スパチャ」(twitter.com/hhasegawa/stat…)なのでは、と書いた者だけに、文字通り「打つ」が「ガチャ」になった『ウマ娘』を知り感動した。競走馬の美少女化ゆえ「買う」要素も含まれるが。
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そして、『ウマ娘』を機に競馬場に来たオタクは「ガチャ」感覚で馬券を買うので払い戻しがあると戸惑う(togetter.com/li/1692727)、というそれ自体は疑わしい話を聞いて、「飲む、打つ、買う」の方が「ヘイト、ガチャ...」よりはマシである(twitter.com/hhasegawa/stat…)ことも再確認したのであった。
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ウマ娘から競馬に来たオタクはガチャを回すような感覚で、言い換えれば推しへの投げ銭感覚で馬券を買うので、いざ推しが勝って払い戻しを受ける段階になると「こんなはずでは…」みたいな顔をするって聞いて笑っている。
2021-04-04 16:08:49オタク(=後期思春期の中年?)用に奇形的発達を遂げてしまった日本アニメがいまさら世界商品になる未来も予測し難く、前述のように、その制約下での一瞬の輝きに賭けるしかないのであろう。そこで「ガラパゴス」へのオリエンタリズムを利用しつつ裏で舌を出す岡倉天心的戦略がとれるかどうかである。
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この手の自己理解で解せないのは、「ありのままの自分」と「偽りの自分」なる疎外論的な二項対立が自明視され、例えば「非モテ」男性が「非モテ」コミュニティ内で女叩きのようなコードを共有することによりそれらしく振舞うのも、「演技」である点では恋愛と大差ないのが忘れられているところである。
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