小豆長光に関する調査
- kaouyamato
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川中島の戦いで、異名赤小豆粥が信繁を斬ったとするのは「上杉将士書上」と「北越耆談」と見た気が(´・∀・`) 日刀保発行の第一回薫山刀剣学奨励基金による研究論文に「名物刀剣における伝承の発掘と考察 典厩割国宗の場合」という論文がありまして、川中島の戦いの諸説の比較と解説がありますよ twitter.com/kaouyamato/sta…
2021-05-13 22:33:49あっ、潜る前に1点だけ! 大千鳥十文字槍問題と同様、小豆長光の出典がはっきりしてなくてもやもやしてるので、ご存知の方いらっしゃったら情報いただけると嬉しいです ※『甲陽軍鑑』には、「三尺斗の刀」という描写しかないことは確認済です 過去の自分が棚上げしてたの、すっかり忘れてました…
2021-05-12 21:54:04@cAUZ6KSHHJnDFTW 一応その辺りも読んでたんですが、内容的には『甲陽軍鑑』『北越軍記』と変わらなかったので、記載省いてました💦 典厩割の方も掘り下げると色々ややこしそうですよね… ご親切にありがとうございます!
2021-05-13 22:50:53※他の方向けのメモ 挙げてくださっている資料は、どれもWeb上で読めますので気になる方はどうぞ dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… ii-museum.jp/5-11 内容的には『甲陽軍鑑』『北越軍記』と同じです (上杉系の中では『北越軍記』が最初っぽい?) あと、典厩割は典厩割でややこしいです twitter.com/cAUZ6KSHHJnDFT…
2021-05-13 23:02:34RT『上杉将士書上』は1669年成立で、1615年の書置きを基にしたものみたいですね こういう場合は、偽書の可能性の方が高いかな… むしろ、『北越軍記』が1669年以前に成立していたという証拠になる気がします
2021-05-13 16:41:04ちょっとまだ該当部分見付けられてないんですが、1680年成立の『武辺咄聞書』で、「川中島で信玄と太刀打ちしたときの太刀は赤小豆粥」って言われてるなら、小豆長光誕生までの経過が伺えますね! (何故か相州行光作になってますが)
2021-05-13 17:01:45「小豆長光」という名前の登場
小豆長光になるのはやっぱり甲越軍記かな 見つけられた古いのは1807年刊コマ96から URLは昭和に活字化したやつ jpsearch.go.jp/item/dignl-103…
2021-05-13 01:13:38ジャパンサーチ出てて来た最古のやつ 二編11巻収録なので緑の表紙 章タイトルにもなってるので3ページの目次と中身は17頁から dh-jac.net/db1/books/resu…
2021-05-13 01:15:58みんな大好き常山紀談の竹俣兼光については別に赤小豆粥の刀があるような書き方だけど逸話は竹俣のこれだよなあ P24 da.lib.shimane-u.ac.jp/content/ja/947
2021-05-13 17:22:10なお、『甲越軍記』に登場する小豆長光は、竹俣氏から献上され、謙信が川中島で使い(※三太刀七太刀シーンでは名前の記載なし)、景勝から秀吉に献上されています。
これは、実在する竹俣兼光が持つ逸話です。
すっごい思いつきレベルだけども、歌舞伎で川中島扱った演目の本とかチェックしてみたい気がする… 以前何かのときに、歌舞伎では設定の一部をわざと変えるのがお約束みたいなものみたいなのを見かけたのと、刀剣逸話でも、「誰が」の部分がまるっといれかわったようなのが歌舞伎の中にあるっぽいので
2021-05-12 22:42:43面白い切り口が…! 神田真紅さんの「燭台切光忠」の創作講談を拝聴した時にも思ったんですけど、物語を作って演じる伝統芸能にはその物語の変遷のヒントが大いにありそうだなって 「小豆長光という太刀」を追うよりも「上杉謙信の刀」を物語の描かれ方から特定するほうが近道だったりして
2021-05-12 23:10:18そしてとうとう、三太刀七太刀で使われたとされる小豆長光が…!
近松が1721年に「信州川中島合戦」で小豆長光を出しているからそれ以前に名称は成立しているはずなんだけど、それ以前に「小豆長光」が記載されているものに心当たりがあったら私も教えてほしい
2021-05-13 12:53:44昔調べたことを再掲しちゃおう。 私は小豆長光って名称は後世に謙信伝説が語られるなかで作り上げられていったんじゃないかなとぼんやり思っているんですが、史料がもっと見つかると変わるかもしれない 小豆長光について調べたこと privatter.net/p/7416817
2021-05-13 13:12:49当時調べたエクセルのスクショも一応添付しておきます。文字が小さくて読みにくい。 pic.twitter.com/X2WuZQMrAb
2021-05-13 14:19:36>RT ”小豆長光”は1712年の浄瑠璃には出ているのか その頃には"皆さんご存知の小豆長光"だったのではないか?と考察されています 小豆ちゃんに限らず 戦国逸話中心の刀剣の発生源は 講談とか浄瑠璃とかのエンタメの発生とか流行や活動の 変遷がわからないと難しいのかも 元は口伝だろうし
2021-05-13 13:32:53浄瑠璃かー。 歌舞伎あたりかしらと思ってたので惜しかった。 個人的には、「文字の記録」から「音声で伝える演劇表現」に変化するにあたって、「小豆なんちゃらという長光の太刀」から「小豆長光」という明瞭な呼称にかわったんかしらと思いました。前者だとそれだけでだらっとするじゃん。
2021-05-13 13:38:52やっぱり、この辺り調べるなら、江戸期のエンタメに関する基礎知識は必要不可欠だなぁ😖 私は卒論シェイクスピアで書いてますが、この手の研究は、どの程度開かれた文化だったのか分かってないと、ちゃんと論じることが出来ないので… pic.twitter.com/p4V5XqMcdp
2021-05-13 13:56:10一応の結論のようなもの
※『北越軍記(北越太平記)』と『北越軍談』を混同して誤った成立年代を書いてたので、再ツイートします 『甲陽軍鑑』が1632年以前 『北越軍記』が1644年(?) 「小豆長光」が登場する近松門左衛門の浄瑠璃「信州川中島合戦」が1721年
2021-05-13 16:07:27