2011年8月7日

愛のベクトル

いろんな愛の形
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カルヴァドス @cornelius0321

①市川崑の金田一シリーズが、一貫して人間の愛をテーマにしていることは、よく知られている。しかし、その愛の形は作品ごとに異なる。主要6作品の中に、どんな愛の形があるのかを見てみよう。

2011-08-05 22:51:03
カルヴァドス @cornelius0321

②『犬神家の一族』で松子(高峰三枝子)が佐清(あおい輝彦)に向ける愛は、「母から息子への愛」だ。父佐兵衛に愛されなかった分、息子には何としても幸せになってほしいという親の愛だ。『悪魔の手毬唄』でリカ(岸恵子)が里子(永島瑛子)や歌名雄(北公次)に向ける愛も同じだ。

2011-08-05 22:50:56
カルヴァドス @cornelius0321

③『獄門島』の原作には、こうした愛のベクトルが存在しない。嘉右衛門が家族に向ける眼差しは、網元の総領としての支配欲や権力欲だ。犬神佐兵衛より冷酷だと言える。そこで、映画では、愛のベクトルを存在させる必要から、勝野(司葉子)と早苗(大原麗子)の間に独自の設定をもうけた。

2011-08-05 22:50:47
カルヴァドス @cornelius0321

④原作重視の人々からは異論があるだろうが、市川作品のコンセプトとしての筋を通すという見方をすれば、これもアリかなと思う。

2011-08-05 22:50:38
カルヴァドス @cornelius0321

⑤『女王蜂』で銀造(仲代達矢)が智子(中井貴恵)に向ける愛は、「父から娘への愛」の裏に、「もう一つの愛」を絡ませている。同様の構図は、『三つ首塔』で上杉(佐分利信)が音禰(真野響子)に向ける愛にも見られる。「伯父から姪への愛+α」にアレンジされている。

2011-08-05 22:50:26
カルヴァドス @cornelius0321

⑥これらの作品に共通する愛のベクトルは、「Aという人がBという人に向ける愛」で、AとBは血縁関係(もしくはそれに近い関係)にある。「AはBの幸福を願っているが、それを阻む障害物があるので除去する」という構図になる。そしてBも、そんなAの気持ちを理解している。

2011-08-05 22:50:16
カルヴァドス @cornelius0321

⑦佐清も松子を愛しているからこそ静馬の言いなりになるし、里子もリカを愛しているがゆえに六道の辻に出かけるのだ。早苗も一つ家の後始末をするし、智子は「私の父は大道寺銀造です」と言って泣き崩れるのだ。

2011-08-05 22:50:07
カルヴァドス @cornelius0321

⑧異質なのが『病院坂の首縊りの家』だ。弥生(佐久間良子)は、法眼家の当主として、家の繁栄や病院経営の発展を願い、あくまでもその観点から由香利(桜田淳子)を愛しているが、それは事件とは関係がない。

2011-08-05 22:49:58
カルヴァドス @cornelius0321

⑨弥生は、自分の秘密が露見することを恐れて必死に立ち回る。弥生の愛のベクトルは「自分自身に向けられている」。まるで悪戯がばれて親に叱られたらどうしようと不安になる子供のようだ。「自己愛という名のベクトル」だ。

2011-08-05 22:49:47
カルヴァドス @cornelius0321

⑩つまり、「Aという人が自分自身Aに向ける愛」で、「AはAの幸福を願っているが、それを阻む障害物があるので除去する」という構図になる。

2011-08-05 22:49:38
カルヴァドス @cornelius0321

⑪『八つ墓村』はどうだろうか。美也子(浅野ゆう子)が慎太郎(宅麻伸)に向ける愛は「届かない愛」だ。美也子は慎太郎に「お尽くししたい」と思って、カルスト台地の成分を丸暗記までする。

2011-08-05 22:49:27
カルヴァドス @cornelius0321

⑫けれども美也子は慎太郎に「あなたは私の目を見ては下さいませんでした」と嘆き、自分と慎太郎のあいだは「氷のような壁に阻まれている」とまで言う。

2011-08-05 22:49:19
カルヴァドス @cornelius0321

⑬ここから見えてくるのは、市川版『八つ墓村』での慎太郎が、「女性に興味のない男」に設定されているということだ。もちろんこれは原作とは異なる。女性が、女性に興味のない男性を愛してしまったらどうなるだろうか。

2011-08-05 22:49:08
カルヴァドス @cornelius0321

⑭答えは簡単だ。「絶対に振り向いてはもらえない」だ。美也子が慎太郎に向ける愛のベクトルは「最後まで届くことはない」か、「途中で折れてしまう」ものだ。美也子があまりに痛々しい。

2011-08-05 22:48:56
カルヴァドス @cornelius0321

⑮草木染めの工房で色とりどりの染糸がぶら下がる中、美也子が慎太郎のために毛糸のマフラーをプレゼントし、ほんの少しだけ慎太郎と美也子が抱き合うシーンがある。

2011-08-05 22:48:48
カルヴァドス @cornelius0321

⑯もはや原作とはかけ離れているが、私が市川版『八つ墓村』で一番好きなシーンがここだ。美也子があまりに切なく哀しすぎるからだ。ミステリー作品としては物足りない市川版『八つ墓村』だが、私はいろんな人にもっとこのシーンを見て欲しい。

2011-08-05 22:48:37
カルヴァドス @cornelius0321

⑰要蔵が鶴子に向ける愛のベクトルも、春代が辰弥に向ける愛のベクトルも、相手がそれに応じないという点では、「途中で折れる愛の矢印」だといえる。

2011-08-05 22:48:26
カルヴァドス @cornelius0321

⑱こう考えると、やはり不思議なのが典子という存在だ。原作では、典子が辰弥に向ける愛のベクトルだけが「届く」。

2011-08-05 22:48:17
カルヴァドス @cornelius0321

⑲映画では、典子は「まるっきり存在しない」ことが多いが、典子が存在してしまうと、「途中で折れる愛のベクトル」だらけの人間関係の中で、「折れない愛のベクトル」が出現してしまうことになるので、典子を登場させないということにしているのではないかと思うのだ。<この話題終わり>

2011-08-05 22:48:06

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