ストレイトロード:ルート140(56周目)
- Rista_Bakeya
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今回の本編
季節が移り、風向きが変わった。生き延びた駅長が「当面は安泰だろう」と胸を撫で下ろす。乾いた風が吹く時期は怪物達が何故かこの町を通り過ぎるらしい。「スルーしてどこに行くの?」「さあ。鉄道が通る地域でないのは確かですがね」他人事の答えに藍は不服そうだ。今日の空はいつもより高く見える。
2021-04-02 19:49:56車を点検に出して別室で待つうち、いつの間に居眠りしていたらしい。数分かけて現在地を思い出し、己の無防備さに焦りを覚えた。財布は無事だが車はどうか。藍はどこへ行ったのか。部屋を飛び出す寸前に携帯端末が震えた。『今どこにいるの?』自宅で眠っていた彼女を残して出てきたことを思い出した。
2021-04-03 21:28:58助っ人野手の投球は味方や打者の頭上を飛び越えフェンスの向こうに消えた。やむなく試合を中断して総出で探し、木の洞に嵌まった球を選手の一人が発見した。「ある意味凄いや」「これが魔女の力?」藍は何も狙っていない。返答を聞く前に表情で察したが、暴投より小さな奇跡を笑う流れに話を合わせた。
2021-04-04 19:44:36天井近くまで積まれた箱の上に何かいる。私の視線に気づいた藍も同じように見上げた。「作り物よ。顔はあるけど息してない」藍が箱を叩くと悪趣味な襟巻きが落ちてきた。地球の生物と思えない造形は怪物を意識したのか。「あのオバサンに似合いそう」深紅の婦人の顔はともかく主張には合わないだろう。
2021-04-05 20:15:46「そこの召使い。儂のお古をやるからセンスを勉強しろ」長老との面会が一方的に中断され、私達は衣装部屋に放り込まれた。無数の衣類はどれも個性的で、故に使い方が分からない。「あの人は何したら機嫌直すの」私以上に藍が悩んでいた。「これが似合うならわたしがとっくに着せてるし」反論できない。
2021-04-06 18:52:16宿題の内容を確認するたび何度も天井を仰いでいる気がする。あまりにも誤答が多い藍に計算の過程を詳しく書かせてみたら、今度は正解に行き着いた。「先程は計算が違ったのかもしれません」「電卓使ってるのに?」数字の順番が入れ替われば結果も違う。画面上の正しい表示を誤りに錯覚することもある。
2021-04-07 19:03:05風の魔女にも親しい人の災難を嘆いた日があった。避難所ですすり泣く子供に藍が語った昔話は怪物の飛翔より速く集落一帯に広まった。翌朝も本人は平常通りだったが、気丈な振る舞いがかえって心配を招いたか、大人達から何度も声をかけられた。彼女の場合は本当に大丈夫なのだと、私が説明に苦心した。
2021-04-08 19:52:24「草笛の遊び方は知ってるわよね?」藍の質問は肯定を期待する言い方だった。私は曖昧な返答しかできない。「遠い昔に聞いたきりです」植生が異なるほど再現は難しい。説明する前に首を振られた。「どんな子どもだったのかなと思って」「はい?」余計に困惑する私の前で、藍は不恰好な草笛を鳴らした。
2021-04-09 19:21:37薄汚れた装丁の中身は題名と別物だった。見慣れない単語ばかりの文章が古いゲームの説明と見抜いたのは藍が先だった。「経験値を溜めて強くなる。現実もそれくらいわかりやすければいいのに」目標や進行具合の可視化ならここに。言いかけて堪えた。宿題の計算問題の反復など彼女にとっては嫌がらせだ。
2021-04-10 19:12:01狭い店内に少年の歌声が響く。藍が私のサラダボウルにトマトを移動させながら尋ねた。「声変わりってどんな感じ?」私の記憶にある成長期の実感を彼女は恐らく経験しない。どう例えようと思案する間に質問が続いた。「音声認識は反応しなくなるの?」これは目的のある興味だ。狙いが何かは読めないが。
2021-04-11 19:20:18「こいつの腕が再生したんだろ?」研究員が机の中央に鎮座した箱を指す。アクリル板が囲む傷だらけの物体は、数日前に敷地内へ墜落した怪物の断片だという。本体を目撃した藍が頷いた。「建物が壊れた途端にね」研究員が背後に手を回した。携帯端末が反応し、当時の音源を再生させると、物体が震えた。
2021-04-12 18:50:07私達の車に続いて数種類の重機が町の外を行進する。わざと高低差のある土地を造成して怪物を誘き寄せる計画は、藍の発案以上に加速していた。「パパの私有地だから大丈夫。ちゃんと説明して書類を用意してもらったの」あの人が娘の頼みにノーと言うはずがなかった。親こそ慎重に話を聞いてもらいたい。
2021-04-13 19:03:26