『細カに思えば、帝都は都橋から、遠くニライカナイまでを繋ぐ、境なしの水路なり』 (何が水路だよ!) 警報を発した駆逐艦娘〈皐月〉は、機関の出力を高めながら毒づいた。
2021-05-24 17:53:53この一文は、かつて艦娘駆逐艦学校の教務で聞かされた『海国談話』の一文だ。ニライカナイとは海の果てにあると言われる伝説上の国の名前。この一文は要するに、海は例えその果てまでだろうと、隔てるもののない水路のごとく繋がっていると言う意味だ。
2021-05-24 17:54:33繋がっているから、進もうという意思と体力さえあればそれでよい。そこが海の上なら、どこまでも行ける。どこからでも来れる。
2021-05-24 17:54:44語られた当時の状況と、〈皐月〉が今直面している状況はいささか乖離している。元々この言葉は、黎明期の連合艦隊娘に聞かせることを想定して引用されていた言葉だ。
2021-05-24 17:55:55境無しの水路だから、例え深海棲艦が支配する"赤い海"だろうと、やり方次第で浸透していける。浸透して、敵中枢を破壊できる。
2021-05-24 17:56:02しかし現在、その水路とやらを使って攻撃してきているのは敵の方だ。本土近海の制海権を確立した、連合艦隊の偉業とはなんだったのか。現実に護衛の為に動きを縛られているのは自分たちの方で、自在に攻撃してきているのは深海棲艦の方ではないか。"人類の海"が聞いてあきれる!
2021-05-24 17:56:49どうやら発見した目標は、間違いなく敵艦らしい。頭の中で文句とも泣き言とも言えないものをこねくり回しながら、〈皐月〉は妖精からの報告をほぼそのまま、送信機を使って隊内無線のチャンネルに吹き込んだ。 宛先は旗艦の〈霞〉。間髪いれずに返事がきた。
2021-05-24 17:57:52すべては訓練どおり、計画どおり、予想どおり、ついでにいつもどおり。 出撃から接敵に至るまで、何もかもを手の平の上に置いたベテラン駆逐艦娘〈霞〉にとっては、いまさらイ級が出てきたところでなにがしかの感情を生起させるものではないのだろう。だが〈皐月〉にとっては、始めての実戦なのだ。
2021-05-24 17:59:25ぐんぐん大きく、はっきりとしてくる敵艦。ちいさな、海に浮かぶゴミの様だった黒い点がみるみる大きくなって、イ級駆逐艦を形作っていく。砲弾がいつ飛んで来るかは、向こうの気分の問題だ。
2021-05-24 18:00:11とっとと撃ってくれと願った。彼我の距離と相対速度にイ級の主砲の発射速度を勘案すれば、一度撃ってしまえば次を撃つ暇は無いはずだったから。
2021-05-24 18:01:04勝つとか負けるとか、ましてや自分の後ろにいる護衛対象のこととか、そんなことはどうでも良かった。ただ自分が発砲する瞬間まで、この恐怖に耐える勇気が欲しかった。
2021-05-24 18:01:25