2021年6月6日

巖谷國士★瀧口修造をめぐるツイート

巖谷國士さんの瀧口修造をめぐるツイート集です。適宜リプライも追加します。巖谷さんのツイートの書籍化、『ナジャ論』復刊、ランボー『イリュミナシオン』の翻訳・註解の刊行を切望しています。
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巖谷國士 @papi188920

@gamayauber01 すばらしいですよ。瀧口修造に発見された。★は何度も彼女のことを書いているし、講演も、ツイートもしている。★ツイートのテーマ別まとめというのを、Mikiko OCHI さんがつくっていて、そこに岡上淑子の欄もあるようです。★

2021-09-08 22:12:31
巖谷國士 @papi188920

日本ではアメリカと同様、いやそれ以上に第一次大戦の意味がさかしまだったし、シュルレアリスムの新しい生き方に結びつかなかった。瀧口修造の場合には大学に入った年におこった関東大震災が大きいでしょう。大戦と共通する惨禍を体験して、退学し、小樽へ去ってからシュルレアリスムの予兆を見た。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2021-09-04 13:28:13
巖谷國士 @papi188920

ミロはバルセロナ育ちでも、母の里のマジョルカ島に船で行っていたし、近郊の農村モンロッチにも拠点があったので、都会人ではない部分もあるが、あの自然界も含めて、カタルーニャそのものを呼吸した画家ですね。瀧口修造は初めての西欧旅行でバルセロナへ行ったが会えず、のちに日本で、運命的に。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2021-09-03 18:16:41
巖谷國士 @papi188920

@gamayauber01 プラサ・レイアルに近い時計屋の息子だったジョアン・ミロが、瀧口修造と仲がよかったのも、よくわかります。でも、いまの日本人の多くははとうだろうか。★

2021-09-03 16:25:20
巖谷國士 @papi188920

宮脇愛子は瀧口修造の勧めでミラノへ渡り、フォンターナに師事した。リヒターを通じてパリでマン・レイに紹介されて夫妻と親しくなり、あるときこのモナリザ風の写真が生まれたのだ。★は瀧口修造を介して彼女と出会い、前回のマン・レイ展の監修の間に再会。瀧口修造に始まる偶然の連鎖だった。★ twitter.com/papi188920/sta…

2021-07-18 16:24:20
巖谷國士 @papi188920

この社会には自由がないが、瀧口修造の場合、自由を求める生き方にこそ自由がある。その自由は個人のものだとしても、一対一の個人同士の出会いによって複数になり、集団化もする。たとえば旅もアートも講演も展覧会も『ナジャ』も「記憶のギャラリー」も、そんな自由のはじまりだろうと感じている。★ twitter.com/papi188920/sta…

2021-04-27 13:17:11
巖谷國士 @papi188920

ガメ氏と話の方向がずれたようなので、解りやすくするために、瀧口修造の戦後の試みを挙げます。実験工房やアンデパンダンの影響は60年代に及びました。タケミヤ画廊の活動からは岡上淑子や草間弥生、野中ユリなどの女性たちも登場します。オブジェの店も自由の追求でした。精神は今も受けつげます。★ twitter.com/papi188920/sta…

2021-04-27 00:28:16
巖谷國士 @papi188920

★もタイプは違うが、基本が同じです。だから瀧口修造と出会った。もちろん瀧口修造専門でもブルトン専門でもなく、むしろ「専門」をつくらない生き方をしてきたのは、シュルレアリスムを境界のない世界観として受けついだから。一言ではいえませんが、幼時からそうだったので、瀧口さんと出会えた。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2021-03-24 15:11:19
巖谷國士 @papi188920

「白十字」は正門の斜向いだったかな、東大からいちばん近い老舗の喫茶店で、よく行きましたが、60年代にはちょっと寂れていた。そういえば三田の慶大の近くにも「白十字」があって、20年代後半、西脇順三郎をかこんで瀧口修造、佐藤朔、上田敏雄・保などが集まっていた。同系列の店かもしれません。★ twitter.com/handa_yuko/sta…

2021-03-23 09:17:42
巖谷國士 @papi188920

じつはそうです。日本の近代文学の主流(あくまでも主流)は「近代的自我」や「モダン風俗」にとらわれつづけた。オブジェをとらえた書き手は少ない。戦前にオブジェを発見した瀧口修造はだから「シュール」などではなく、シュルレアリスムを体現した。戦後の書き手にも、主流ではないが何人かいる。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2021-02-26 17:52:10
巖谷國士 @papi188920

武満徹夫人の浅香さんも合唱に加わった。戦中・戦後に青春期をすごした女性にとって「希望」「自由」は切実だったろう。彼女が級友・岡上淑子のコラージュを、武満徹を介して瀧口修造に見せたことは忘れられない。浅香さんも昨年亡くなったが、追悼とともにこの歌。★《翼》youtu.be/2KIlxZONSPc twitter.com/papi188920/sta…

2021-01-16 17:53:26
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巖谷國士 @papi188920

銀座の青木画廊は1961年に開設。青木外司は同郷の富山出身の瀧口修造を、ついで澁澤龍彦を相談役に仰いでシュルレアリスや魔術的リアリズムを紹介し、幻想美術の新しい潮流をつくった。金子國義も四谷シモンも、初個展はここだ。裏通りの狭い開口部から、急階段をのぼって入る空間はいまも変らない。★ twitter.com/papi188920/sta…

2020-11-28 12:56:12
巖谷國士 @papi188920

11月7日、銀座青木画廊の創設者・青木外司さんが亡くなった。享年95。数年前にドーマル本の挿絵原画をふくむ建石修志展の初日に会い、抱擁しあったのが最後だった。瀧口修造と澁澤龍彦を相談役に、60年代から幻想美術を育てたこの名画廊は、人形作家・四谷シモンのデビューの場でもあった。合掌。★ twitter.com/papi188920/sta…

2020-11-21 11:45:35
巖谷國士 @papi188920

これもなつかしい。★絵本『扉の国のチコ』(ポプラ社)のポスター。上野紀子画。チコの左下にデュシャンの「遺作」の扉の孔を覗く「うしろ姿の瀧口修造」がいる。★ pic.twitter.com/hzZZDiSCfE

2020-11-07 15:50:20
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巖谷國士 @papi188920

上野紀子さん・中江嘉男さんから贈られた缶バッジのセット。日経連載に書いたのとはまた別のものだが、真ん中の「瀧口修造のうしろ姿」、左上は瀧口修造によるオリーヴの瓶詰は、上野紀子さんの油絵。リンゴが似合う。★ pic.twitter.com/Eih3nixm7c

2020-11-06 14:41:17
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巖谷國士 @papi188920

明日から5日間、日経新聞夕刊に連載。月曜の瀧口修造「リバティパスポート」と『ナジャ』にかかわる1週間。火曜の澁澤龍彦からの「ステッキ」はアートコレクターズ誌「澁澤龍彦」につながる。水曜はブルトンの書斎から来た小像。木曜は桑原弘明の名作。金曜は上野紀子のチコ(下)のオブジェ。★ twitter.com/papi188920/sta…

2020-10-25 19:06:51
巖谷國士 @papi188920

日経新聞の夕刊の「こころの玉手箱」とかいう欄に、10月26日(月)から30日(金)まで、5回連載。生涯に5人から受けとった大切な「贈り物」について書く。1瀧口修造/2澁澤龍彦/3平沢淑子(+アンドレ・ブルトン)/4桑原弘明(+★妻)/5上野紀子(+中江嘉男)。もちろん写真入りです。★ pic.twitter.com/79Vqs5Ywt6

2020-10-11 13:47:53
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巖谷國士 @papi188920

小樽の喫茶店「光」。小林多喜二や伊藤整も(瀧口修造も、の可能性がある)かよったカフェ「夢」を昭和初期に受けついだまま、いまもほとんど変らない建物と内装とメニュを守りつづけている。すばらしい北海道。★ pic.twitter.com/JNhE5NRA0E

2020-09-18 18:35:55
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巖谷國士 @papi188920

『81/2』は1963年なので、東京オリンピックの前年だ。虚な高度経済成長の掛け声とともに、東京の町が醜く改造されてゆく間、学生運動は退潮ぎみだったが、国家権力に反抗したい衝動から、デモにはまだときどき参加していた。瀧口修造や澁澤龍彦と出会った年。フェリーニの超現実にも連帯した。★ twitter.com/papi188920/sta…

2020-06-03 22:31:24
巖谷國士 @papi188920

アートコレクターズ6月号に連載11「岡崎和郎」を書いた。中断された3月の個展は、パンデミック下の美術の出来事として、長く記憶に残るだろう。オブジェには災害や戦争の記憶が宿る。この稀有なオブジェ・シュルレアリスト作家を60年前に発見したのも、瀧口修造だった。★ twitter.com/papi188920/sta…

2020-05-02 16:56:11
巖谷國士 @papi188920

昔、瀧口さんの家の庭には、めずらしいオリーヴの大木が生えていた。ある年、たくさんの実をつけたので、若い衆が採って塩漬けをつくり、瓶詰にした。瀧口さんはそれを「ノアのオリーヴ」と名づけ、友人たちに贈った。写真は高梨豊撮影の名作《オリーヴの木の下の瀧口修造》より。★ pic.twitter.com/qnqrwplINg

2020-05-01 18:33:14
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巖谷國士 @papi188920

『森と芸術』後記を書いたのは2011年3月、大震災のさなかだったので、前記は誤植。瀧口修造の庭のオリーヴの大木から生まれた「ノアのオリーヴ」の瓶詰は、上野紀子さんが下の油絵に描いて絵本『扉の国のチコ』に用いた。瀧口さんのラベルの筆跡まで再現している写実がすばらしい。★ pic.twitter.com/sjcCiKKDBJ

2020-05-01 13:20:00
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巖谷國士 @papi188920

60年代の流れは多様なので一口にいえないが、文化革命があったとするとまず「サド裁判」から。被告の過激な版元・石井恭二と澁澤龍彦に、土方巽も唐十郎も中西夏之も連動。「千円札裁判」も続く。近くにいたのは既成文壇人の三島よりも、年長の瀧口修造か。浅川マキやシモンなどへの影響もあった。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2020-04-26 19:18:49
巖谷國士 @papi188920

西脇順三郎はむろん大詩人だが、第一次大戦もスペイン風邪も関東大震災も見ない「現実ばなれ」の傾向があり、シュルレアリスムよりもベーコン起源の超自然主義を唱えた。1930年の『超現実主義詩論』は『超自然主義詩論』を改題させられたもので、本来のシュルレアリスムは若い瀧口修造に任せた。★ twitter.com/gamayauber01/s…

2020-04-23 15:17:57
巖谷國士 @papi188920

「記憶のギャラリー9」(アートコレクターズ4月号)は故・上野紀子さん。絵本画家としてだけでなく、油彩画家としての彼女を書いた。デュシャンの《遺作》の扉の前に立つ瀧口修造のうしろ姿を、スーパーリアリズムで描いた百号の大作はやはりいい。松屋銀座での絵本原画展は延期になった。★ pic.twitter.com/zESHO9XTJR

2020-03-27 22:03:41
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