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2011年8月12日

「クリティカル・シンキング」について

「クリティカル・シンキング」、あるいは(本当の意味で)「考える」「考えすぎる」ことについて。 泉信行(izumino)さんの一連のtweetをまとめました。
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泉信行 @izumino

クリティカルシンキングが身に付いているかどうかの基準として、例えば「癇癪をよく起こしていた子供」がいたとして、その子が中年になってから激怒したとき、「癇癪」ではなく「大人の激怒」として報告できるかどうか? っていう言語認識力で問うこともできるんじゃないかな

2011-08-12 20:18:05
泉信行 @izumino

言葉はかならず背景とセットになっていて、背景が異なるなら言葉も変わるし意味も変わる。日本の常識とアメリカの常識は異なるのだから、それぞれの国で同じことをやっても意味は変わるし、そもそも同じ行動とみなすこと自体を疑うべし、と。背景や動機や前提が異なる行動は同じ行動と呼んでいいのか?

2011-08-12 20:27:02
泉信行 @izumino

言葉や行動を、言葉単体や、行動単体の概念として現実から切り離して、さも自立的に意味が働くかのように考える人のことを「まるで考えていない」というわけ

2011-08-12 20:31:38
泉信行 @izumino

間違った結論しか出せない人というのは、この「自立した概念」だけが念頭にある人で、引き出しの増やしすぎがクリティカルシンキングの弊害になることもあるし、考えれば考えるほど隘路に迷い込む人というのもそうですね。自分一人で考えるときだけでなく、他人の言葉や行動までその思考で処理する人も

2011-08-12 20:38:53
泉信行 @izumino

まあ「考えすぎることはムダにならない」ってことですね

2011-08-12 20:41:08
泉信行 @izumino

自分の知識からの連想ゲームじゃなくて、自分の思考の枠組みをガン無視するくらいじゃないと「考えてる」ことにはならないというか、連想ゲームだけじゃ「考えれば考えるほど隘路に」なるのであって、考えすぎるっていうのは自分の知識に頼らないってことでもあると思う

2011-08-12 20:52:40

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