kawaitoshio archive 2017

川井俊夫 @toshiokawai1122

一月一日の夜か。何も変わらない。当たり前だ。地球はずっと同じ速度で回ってる。暦とは何か？ 咒と同じだ。 西宮の倉庫に戻り、車の荷物を全て下ろし、明日以降の準備をする。北近江。山奥のボロ屋の登記がたった十年の内に五回も変わっている。特に直近では一年以内に二回。何があった？

川井俊夫 @toshiokawai1122

だだっ広い敷地に二階屋の母屋と離れ、蔵と畑までついて、一応下水道も通ってる。だが登記はコロコロ変わってるくせに、何十年も人が住んだ形跡がない。今は完全に廃屋だ。現状渡しで200万。そんな物件を買う方も買う方だが、田舎のボロ屋の相場でいえば極端に不自然ってわけでもない。

川井俊夫 @toshiokawai1122

さて、俺は不動産屋でもなければ地面師でもない。ただの古道具屋だ。なのに、正月早々、その家を調べに行く。床下から、天井裏、庭や荒地の全て。 「調べてみてほしい」 Mはそう言った。調べるさ。何か金になるものがあるかも知れない。 「二年後くらいに住めればいいんだ」 時間はある。

川井俊夫 @toshiokawai1122

だが俺だって年がら年中、完璧にヒマってわけじゃない。明日の午後は女房の家族と神戸のホテルで新年祝いの食事会だ。翌日にはやはり神戸で一人暮らしの婆さんの家の片付けもある。こいつは二週間で全部終わらせて、経費の回収までしなきゃならない。ゴミは捨て、道具は売る。車で何往復も必要だ。

川井俊夫 @toshiokawai1122

北近江の家を調べるには、夜しか時間がない。あの魔界としか言いようがない、朽木の谷を越え、山奥の廃屋を深夜に一人で探索するのは骨が折れるだろう。というか、単純に正気とは思えない。だが、俺はやる。冒険は、嫌いじゃない。

川井俊夫 @toshiokawai1122

俺は詩人だ。だが詩が売れないから、仕方なしに古道具屋をやってる。探偵でも刑事でもゴミ屋でもヤクザでもない。古道具屋だ。なのに仕事の依頼はいつもクソみたいなやつばかりだ。俺のビジネスカードにはちゃんとこう書いてある。 「Curio dealer」 山奥の廃墟の調査だって？

川井俊夫 @toshiokawai1122

だいたい婆さんの家の片付けだって意味不明だ。俺が買い取れそうなものはない。こいつはゴミ屋の仕事だ。ゴミ屋に30万払って片付けてもらえ。そう言えばよかった。だが、婆さんは俺に上着を掛けるハンガーを貸してくれたし、茶菓子まで出してくれた。クソったれの乞食野郎にだ。だからやると決めた。

川井俊夫 @toshiokawai1122

Mの仕事は？ 廃墟の探索は？ こいつはちゃんと金の匂いがする。まともな道具は一つも残っちゃいないだろうが、庭石や建具なんかの、持ち出しが面倒なものはまだ残っているだろうし、天井裏や床下を掘ってみれば、まだ何か残されている可能性はある。もちろん白骨や血の着いた刃物なんかも。

川井俊夫 @toshiokawai1122

きっと俺向きの仕事なんだ。俺は暗闇が怖くない。寒さもへっちゃらだし、泥や糞にまみれるのもあまり気にならない。鉄屑が宝石に見えるし、腐った変木が観音にも見える。蠅の王ならぬ、ゴミの王だ。

川井俊夫 @toshiokawai1122

まったくギョッとするぜ。婆さんの家に金になりそうなものはなかった。だが、おもむろに「そういえば…」そう言って、ベランダの物置を開けると、何が出てきたと思う？ バカでかい鷹の剥製だ！ こんなもん車に積んだらそれだけで他の荷物は積めないし倉庫でも場所を取りすぎる！ pic.twitter.com/XGrBfUZuqx

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川井俊夫 @toshiokawai1122

さあ、準備をしよう。手袋。汚れてもいい上着。やたらと明るい懐中電灯とペンライト。スケール。鉈。バール。台車。ロープ。毛布。段ボール。完全に犯罪者だ。検問で車を停められたり、職務質問されたら、言い訳できない。正直に話すしかない。俺は詩人だと。

川井俊夫 @toshiokawai1122

新年早々、クソったれのファック！ ファック！ ファックだ！外灯が全部白色のLEDランプに変わってやがる！ 真夜中に車を出す。行けども行けども、どこまで行っても乾燥したクソの色をしたランプの山だ！自由と死について考えるための俺の時間をどうしてくれる？ いったいどういう意味なんだ？

川井俊夫 @toshiokawai1122

きっと意味なんかない。ただ世界を醜く作り変えているだけだ。そう、誰かを蔑み、敗者から人間の誇りと魂を奪い、尊厳を踏みにじり、悪趣味なドグマの塔を建てる。人間の本能だ。世界をより醜く。無様で汚らしく、苦痛と屈辱に満ちた世界を創造する。本能の赴くままに、激しい熱意と衝動でもって。

川井俊夫 @toshiokawai1122

何をそんなにイカれてやがる。LEDランプに夢中だなんて、完全に変態だ。街中の外灯をみんなLEDランプに変えて変えて変えまくって、路傍の死を、朽ちた車輪の残骸を、落書きだらけの十字架を、ピッカピカに照らし出して、人間の感性と精神をぶっ殺す。いつから外灯は殺し屋の道具になったんだ？

川井俊夫 @toshiokawai1122

そう。ピカビアは確かに本物の詩人とは云えない。ただのカーマニアだ。だがその悪趣味な変人だって、豪邸のガレージからご自慢の愛車を出したあとの、こんな有様は望んでいなかったはずだ。 pic.twitter.com/Zi80mujsj5

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川井俊夫 @toshiokawai1122

ダメだダメだ。コンビニの駐車場も、神社の駐車場も寺の駐車場まで真っ白なクソで塗りつぶされている。わかるか？ 600年前に修験者の置いた石くれの権現だか山王だかの像みたいなやつまで、真夜中の誰もいない山道で光ってやがるんだぞ！ 白く干からびた犬の糞みたいにな！

川井俊夫 @toshiokawai1122

きっと役所の連中の言い分はこんなところだ。 「もしあなたが、死や本当の自由について深く考察し、なにがしかの答えを求めようと思うなら、適した場所はホラ、あそこ、ダム湖の水底あたり。ぴったりだと思いますよ。なあに、あたしらも鬼じゃあないってことです」 そういうことだ。

川井俊夫 @toshiokawai1122

台なしだ。全てが台なし。新年早々、暦の咒。山奥の白骨死体。巨大な鷹の剥製。空っぽの車。みっともなく縮みあがって萎れた俺の精神。グロテスクな世界だ。うんざりする。クソッ！引き籠りたいが、用事がある。嗚呼、路傍に朽ちた死骸の山をこれ以上俺に見せないでおくれ。怖くはないが、うんざりだ。

英 @tokyojoe_2008

@toshiokawai1122 私も街灯のない街並みが好きです。震災直後の節電時の東京は最高でした。魔都ロンドンを彷彿とさせる重厚な雰囲気。現在でも沖縄は県全域で街灯が少なく、妖しさ満点です。

川井俊夫 @toshiokawai1122

@tokyojoe_2008 いやホントね、日本人てやつは公共とか都市計画とかの概念がないんですかね。イカれてやがりますよ。

川井俊夫 @toshiokawai1122

アンバランスといえばアンバランスだ。新春ランチビュッフェ。有名タレントの司会者。フェラーリの試乗会。一泊50万のスイートルームの抽選会。なぜその場に俺がいるのか。義父や義母に悪気はない。もちろん妻や義妹にも。俺はただそこに座っている。政治の話も金の話もしない。ただ座っている。

川井俊夫 @toshiokawai1122

宴は夕方まで続き、帰りの車の中で妻がポツリと呟いた。 「あなたがエグザイルとか聴く人じゃなくてよかったわ」 俺はエグザイルはわからない。家族のくつろぎの場でトルコのテロの話もしない。自分の仕事の話も、他の誰かの身に起きたかも知れないニュースの話もしない。

川井俊夫 @toshiokawai1122

後部座席で三才の娘が車内のBGMに合わせて鼻歌を歌っている。つられて隣の義母もリズムをとってやっている。シベリウスの交響曲2の2。 「俺の一番好きな曲でね。100回聴いても飽きない。不思議だ。お義父さん、抽選は残念でしたね。でもツキってやつは、あんな場面で使うもんじゃない」

川井俊夫 @toshiokawai1122

真面目な一家なんだ。成金じゃない。彼らはシェイクスピアや19世紀のフランス詩人やクラシック音楽ですら、享楽的な「悪の娯楽」だと信じている。教養とは勤勉の成果と同義であり、政治も経済も国際情勢も全て下品なヤクザの世界の話だと思っている。