@ubiquitous1985さん【トカゲの恋】

@ubiquitous1985さんの短編物語【トカゲの恋】まとめてみました。
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ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋1】トカゲはただ見ることしか出来なかった。月灯りに照らされた彼女の寝姿を見守ることだけが、トカゲにとっての恋だった。言葉も交わさず、決して触れることもない…彼女に自分の姿を認めてもらうことさえなかった。片道切符のようなトカゲの恋は、最果ての地へと続く旅路のようだった。

2011-08-15 01:24:51
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋2】ある晩、トカゲはいつものように彼女の部屋を訪れた。月の光に寄り添うようにひっそりと咲くツメクサの花を道標に…しかし、その日はいつもと様子が違う。彼女の部屋からは揺らめく蝋燭の灯りが漏れ出でていた。真夏の夜の気まぐれか、珍しいことに彼女は夜更かしをしていたのだ。

2011-08-15 01:25:10
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋3】実を言うと、トカゲは彼女の瞳を知らない。トカゲが知っていたのは、穏やかに眠る彼女の姿だけだ。トカゲは初めて、その瞳を目にしたいと思った。トカゲ自身も真夏の夜の気まぐれに惑わされていたのかもしれない。壁をよじ登り窓辺に立つと、いつもより勇ましい気持ちでいた。

2011-08-15 01:25:30
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋4】彼女は本を手にして空想の世界に耽っていた。壁に揺らめく蝋燭の灯りが、太陽の下で見る水面の七変化のように見えていた。しかし、その中で一点だけ動かぬ黒い影がある。気のせいか、それはじっとコチラを見ていた。トカゲだった。

2011-08-15 01:25:47
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋5】間違いなく彼女の瞳はトカゲに向けられていた。吸い込まれてしまいそうなほどに澄んだ瞳だった。しかし、次の瞬間、彼女は大きな声を上げた。するや否や、水面のように澄んだ瞳は、閉じた貝殻のように鋭く尖っていた。そこには明らかに敵意のようなものと恐怖が入り混じっていた。

2011-08-15 01:25:54
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋6】トカゲは未だかつて無いほどに死に物狂いで壁を駆け下りると、一心に窓の外へ飛び出した。後からは羽ばたく鳥の群れのように様々な物が飛んできた。トカゲは走った。ツメクサの花を踏みつけ、今来た道を逆走していた。小枝の先で全身を擦り切らしながら、必死に、ただただ走った。

2011-08-15 01:26:05
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋7】その晩、トカゲは初めて泣いた。全身がカラカラになって干し草にでもなってしまうかのように、小さな身体から大きな涙を流していた。やがてその涙は地面の上に集まり、まるで小さな湖が出来たようだった。それは月灯りの下で、トカゲの姿をうつしだす…トカゲは初めて自分自身を見た。

2011-08-15 01:26:12
ゆびきたす @ubiquitous1985

【トカゲの恋8】トカゲが目にしたのは醜い己の姿だった。哀しみに溢れた小さな湖には、やはり小さなトカゲと、空にポツンと浮かぶ月だけがうつっていた。トカゲも月も、ひとりぼっちで、なんだか物憂げな表情を浮かべるばかりだった……おしまい。

2011-08-15 01:26:20