「世界を理解するための枠組」とその法的規範への転化問題について

佐々木宏夫先生のツイートをきっかけとして始まった、経済学の理論的枠組みとその法的規範への転化問題に関するmoonchild氏、林貴志先生、三原麗珠先生のツイートまとめ
法律 経済理論 規範 法と経済学
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議論のきっかけとなった佐々木先生のツイート
佐々木宏夫 @hiroosasaki
高校生向けに直感に訴える文章を書きながら、完全「競争」市場という概念の妙ちきりんさに改めて感じいる。競争が行き着いた世界では、皆がプライステイカーになってしまい事実上競争が消滅してしまう、なんていう逆説的事態をどう高校生に説明したらいいのだ…?色即是空…にも似た摩訶不思議な世界。
佐々木宏夫 @hiroosasaki
そう言えば故二階堂副包先生が「一般均衡理論なんて所詮は規範論。あの世界を真面目に信じすぎちゃいけませんよ」と私に向かっておっしゃったことがある。晩年の先生が独占的競争やケインズ経済学の基礎付け等々に関心を移されたのは、「現実」に出来るだけ接近したいという意思の表れだったのだろう。
佐々木宏夫 @hiroosasaki
私にとって一般均衡理論や完全競争市場の概念は、世界を理解するための枠組みにすぎず、世界そのものでない。この枠組みの中で形作られた規範が、法的規範に転化し、それへのバイオレーションが刑事的制裁の対象にすらなっている今の世の中のありようをひそかに危惧している。
佐々木宏夫 @hiroosasaki
@hiroosasaki 補足すると、私は学生、特に大学院生が一般均衡理論を学ぶ意義は今も全く減じていないと思っている。経済社会を理解するための思考の枠組みとして秀逸なものだし、その研究で開発された数学は今も有効性が高い。この理論をしっかり学ばない学生が増えているのは問題だと思う
佐々木先生のツイートを受けてのmoonchild氏、林先生、三原先生3人による議論
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
佐々木宏夫先生(@hiroosasaki)の http://t.co/sWNeKZs のツイートの肝は理論の限界というよりは「法的規範に転化し」ってところじゃないのかな。法学系の理論ではモデルという概念は希薄だから。で、法的規範は本来的に強制力を伴うもの。ここのギャップは怖い。
Takashi Hayashi @tkshhysh
「仮定の現実性」を(浅はかではあるかもしれないが)真面目に考えたことの1つの結果ではあると思う。RT @_m_n_c_ 佐々木宏夫先生(@hiroosasaki)の bit.ly/nDAGRH のツイートの肝は理論の限界というよりは「法的規範に転化し」ってところじゃないのかな。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh RTありがとうございます。佐々木先生のツイートを読んで思ったのは、私が積年感じていた、法律家の経済学や市場に対するスタンスの違和感の理由が腑に落ちた、ということです。それは、(「一般均衡理論や完全競争市場の概念」とそれに関する法規制についてというよりその手前の
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh 「(理論や概念は)世界を理解するための枠組みにすぎず、世界そのものでない」という部分について、こういう形で現象を記述し解釈しようとする発想そのものが法律家の世界では希薄だということです。理論というものはもっと道具的に扱われているような。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh そこから、一方では経済学の理論や市場メカニズムそのものに対する不信や批判、もう一方では規制さえすれば正しい現実が成立するかのような法規制の考え方に繋がっているのかなと。
Takashi Hayashi @tkshhysh
「理論が世界を作る」という意味ででしょうか?QT @_m_n_c_ 理論というものはもっと道具的に扱われているような。
Takashi Hayashi @tkshhysh
そう考えると、「見えざる手」ではなく「見える手」を欲する(記述的な意味であれ規範的な意味であれ)タイプの経済学者は法学の人たちと親和性が高かろう。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh 「理論が世界を作る」いくつかの意味でそう言えると思います。まず、法理論は法体系という閉じたシステムの中で、法を現実の問題解決に沿うように解釈するために構築されるという意味で道具的であると思いますが、理論によって構築された体系は1つの世界であるとも言えるかと。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh また1つには、法律論において「仮定の現実性」というものを考えると、それは何を「法的(な議論の俎上に置くに値する意味のある)事実」とするか、という場面で生じるように思います。法的事実という、理論に合わせて作られた一種の擬制としての世界をつくる。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh さらに、法は強制力を持ち、その執行は実際に現実の世界を変えるものであるので、その基盤となる法の理論は別の現実の世界を新たに作り出すものであるとも言えるかと思います。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
まさにその通りかと。また法学の訓練を受けた人の直観には「見えざる手」よりも「見える手」の方が馴染み易い気も RT @tkshhysh そう考えると、「見えざる手」ではなく「見える手」を欲する(記述的な意味であれ規範的な意味であれ)タイプの経済学者は法学の人たちと親和性が高かろう。
三原麗珠じゃないかも @reiju21jp
佐々木発言は競争を阻害する行為を規制し過ぎることへの警告と理解.ただ,法律家に任せていたら逆の極端になりがちで,よい競争を促進する行為が規制されてしまう.法律学説よりは全体像をうまく描ける経済理論を援用して規制を外した方がいいと思う. http://t.co/rmvE58c
三原麗珠じゃないかも @reiju21jp
@reiju21jp 経済理論の方が全体像をうまく描いてるというのは,個人のインセンティブまで考慮すること,紛争の直接の当事者以外も考慮することなどをふくむ.たとえば会社が従業員をクビにする状況を考える場合,求職中の失業者などもふくめた幅広い労働者の利益を考慮する.
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@reiju21jp http://t.co/TQhdt7l http://t.co/e88G4bH その通りと思います。佐々木先生の発言を経済学批判のように受け取る人もいそうですが、そうではないだろうと。理論が現実そのものではないことは、理論の価値を減じるものではないです。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@reiju21jp また、法律家は基本的に「市場メカニズムを正しく機能させるためには正しい規制が必要」と考えているので、どのような理論に立脚しどのような方向を目指そうとも過剰規制に陥りがちかと。どうしたら法律家がもう少し素直に経済学者の意見を聞くようになるのだろうかとも思います
Takashi Hayashi @tkshhysh
補足。「見える手」派の経済学者は、関係する全プレイヤーとその戦略(=「手」)と価格決定メカニズムを明示的に描く点で「見えざる手」派と異なるが、インセンティブという「遠隔力(喩えが悪いのは承知)」へのこだわりはむしろ強い。そこらへん、「近接力」に重きを置く法学と異なると思われる。
Takashi Hayashi @tkshhysh
@_m_n_c_ ある種のシカゴ的な人たちにも通ずるものがなくはなかったりします。「市場は完備でない?じゃあ新たに証券市場作って完備にすりゃあいいじゃん」みたいな。ただ認識が単調で、実は中途半端に完備に近づけると、不完備が常態だったときより悪化したりするわけで。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh 法律家で経済学に関心の高い方は、入り口がシカゴ学派流の法と経済学で、かつそれが全てというタイプが結構いるので(というか私が教わった実務家教員がまさにそんな感じでした)、そういう発想になりやすいように見受けられます。
moonchild(junta_law) @_m_n_c_
@tkshhysh 一般に法律家に経済分析というツールを与えると、それを武器に市場を弄り倒したくさせてしまう傾向があるような。弄り過ぎの弊害、という発想にはあまり思い至らないのではないかと。
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コメント

大盛りアジフライ定食 @87_tomato 2011年8月20日
ディシプリン同士の違いっておおきくて面白いですね。学問とそれ以外(政治家の直感とかw)の違い、中国人と日本人との違いとでもなんでも拡散していきそうですが、まあなんにせよ最終的には意固地にならずに誠実に話し合うのが大事だ、とつまんないことを感じずにはいられない今日この頃でした。
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