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2021年9月13日

野矢茂樹『哲学な日々』読書メモ

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やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

メタ的な態度に入ると、活動はいったん停止しなくちゃいけない。ゲームのルールについて話し合うときには、プレイは一時中断となる。同様に、哲学の思考が始まると、生活を中断しなければならない。だから、生活を重視する人は哲学を軽視する。 (野矢茂樹『哲学な日々』21)

2021-08-31 15:30:33
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

実体のないものほど、雰囲気を保つために形を規制する。論文をそうなのだろう。「内容勝負!」と言えるほどの自信がない。私たちの仲間になりたければ、まず服装(文体)を整えていらっしゃい、というわけだ。 (野矢茂樹『哲学な日々』73) 痛烈だな。

2021-08-31 22:29:19
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

言葉と言葉のつながりが見えてくると、言葉がもっと力強く立ち上がってくる。たとえて言えば、星空みたいなものかな。何も知らないと一つ一つの光はばらばらで、それが空一面に散らばっているとしか見えない。それはそれで美しいけれど、

2021-09-01 18:16:14
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

星座をよく知っている人は、単に個々別々の点ではなく、夜空に白鳥やサソリといった姿が見えてくる。論理も同じで、言葉と言葉をつなぐと、より大きな絵がそこに見えてくるのである。 (野矢茂樹『哲学な日々』77) めちゃくちゃ良い言葉だ。

2021-09-01 18:17:44
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

論理的でない人は仲間内の言葉しか話せない。仲間内の言葉しか話せないと、「よそ者」を単純に切り捨てて排除することになる。それが危険なことだというのは、改めて言うまでもないだろう。 (野矢茂樹『哲学な日々』83)

2021-09-01 18:26:42
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

言葉を鍛えるために、国語を教えなければいけない。国語は、日本語の未知の側面を新しく学ぶ科目であり、いわば「語学」なのである。 (野矢茂樹『哲学な日々』89)

2021-09-02 01:23:18
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

単純な例だが、何を食べようかと思い、少し考えてチャーハンに決める。考えているしばしの間、私はとくに何かをしたわけではない。ただ、答えを思いつくのを待っていただけである。そう、この「待つこと」こそ、考えることにほかならない。 (野矢茂樹『哲学な日々』98)

2021-09-02 11:49:00
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

だが、困ったことに、そんな難解な哲学の文章に触れるとかっこいいと思ってしまうのだ。しかもそのかっこよさだけに酔ってしまう。それは、しかし、倒錯である。 (野矢茂樹『哲学な日々』105)

2021-09-02 11:56:48
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

実際、哲学では、難問に出くわしたときには、むしろ問題の立て方を疑ってかかることが多いのです。そしてそれが確かに有効なやり方なのです。 (野矢茂樹『哲学な日々』162)

2021-09-12 17:53:25

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