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全通研in大分での姜尚中さん講演「コミュニケーションの限界と可能性」まとめ

第44回全国手話通訳問題研究集会in大分での、姜 尚中(カン サンジュン)さんによる記念講演「コミュニケーションの限界と可能性」まとめ。 いつも的確なtsudaりをしてくださる@conoki69さんに感謝!
人文 コミュニケーション 姜尚中 全通研
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きまきまき【ゆるふわアカウント】 @kimakimakakao
そろそろ姜尚中さんの講演会が始まるので、一般参加者の方々が入場なう #zentsuken_oita
きまきまき【ゆるふわアカウント】 @kimakimakakao
姜尚中氏講演会。テーマは「コミュニケーションの限界と可能性」。 #zentsuken_oita
木下 耕一 @conoki69
カンさん講演開始。一般の方が参加て?客席すごい人数。東大大学院情報学環に所属。本論に入る前にということで福島原発に触れる。住んでいるのが千葉のホットスポットとのこと。シーベルトという言葉とベクテルという言葉が頻繁に聞かれるようになったが、その影響が分からない。
木下 耕一 @conoki69
カンさん。シーベルト、ベクテルという言葉を発表している側が、聞いてる側が分からないことを分からないまま発表している。だから通訳がいる。同じ日本語しゃべっていて通訳が必要とは。専門的な用語を日常生活で分かる言語に通訳する必要がある。聴覚障害者は言わずもがな。外国人は自国の情報を優先
きまきまき【ゆるふわアカウント】 @kimakimakakao
姜尚中さん、自分の通訳を務める通訳者の名前を把握して講演に臨まれたようだ。 #zentsuken_oita
木下 耕一 @conoki69
カンさん、聴覚障碍者は二重の意味で情報から阻害された。政府会見も画面からは手話通訳が外れていた。ハンディキャップを持つ人が最大のリスクを負っているのが現実の社会。そういうことが今回の原発事故で明らかになった。なぜ、そういうことを考えたのか?母が文盲だった。ほとんど言葉を習得できず
木下 耕一 @conoki69
奈良県の夜間中学で文字を習得できなかった人たちが一生懸命に学んでいる。それに関わった。母は60歳か70歳で始めて自分の名前を書いた。視力検査で文字が読めなくて全盲と診断された。メガネが必要なので困った。自分が一緒に行ってある意味私が通訳した。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、母が始めて名前を書いて持ってきた。16歳の時韓国から日本に渡って来たのでハングルも日本語も読めない。どちらの国でも文盲。これがどういう意味なのか子供の私は分からなかった。文字を知らないということを想像できない。もし文字のない世界で生きなければならなくなったらパニックに。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、文盲の母の思いを理解できなかった。自分は熊本で生まれ自然に日本語を獲得したから。ろう者の場合はどう?自分を産んでくれた肉親との間に大きなギャップが。私はアッと思ったら。私も母とコミュニケーションが成り立っていなかった。私は学校社会を上へと上がることがいいことだと思ってい
木下 耕一 @conoki69
カンさん、学校の外でしか生きられなかった母と、学校を上がる努力をしていた自分とのギャップはどんどん開いていった。オール五の通信簿を持って帰っても母には分からず、親を遠ざける様になった。母を恥ずかしいと思うようになっていった。親がハンディキャップを持つ子供達はどう思うだろうか?
木下 耕一 @conoki69
カンさん、学校の洗礼を受けた人と、学校社会の外でしか生きられない人とは人生やものの考え方に開きがあるのでは?それを理解するのに自分は30年かかった。学校のカリキュラムでは文字を理解できない人は劣った人だと自然に身につけるようになっているのではないか。なぜなら学校ではランク付する。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、私も大学で学生の格付けをしている。それを当然のことだと考えて来た。でもだからと言って人と人とのコミュニケーションが成り立つように教わったかというとそうではなかったと思う。 熊本にハンセン病収容施設がある。ベンハーの映画にも描かれた。その患者の方が自分の家に出入り。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、自分は患者さんである金子さんが来ると怖いと思っていた。患者さんにとって健常者が一緒にはご飯を食べてくれることは自慢だった。でも自分は金子さんの使った箸さえ忌み嫌った。両親は全然気にせず金子さんを食事に招いていたのに。
全通研集会in大分2011 @zentsuken_oita
姜尚中氏の講演が始まっています。講演テーマ「コミュニケーションの限界と可能性」 #zentsuken_oita http://t.co/o5ymcVc
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木下 耕一 @conoki69
カンさん、らいの子供が学校へはいることへの反対運動があった。親の愛情が差別を産んだ事件。あくまでも双方向に意思を疎通し合うことが本来のコミュニケーションだ。優秀な大学を出て自他共に優秀と言われる人がコミュニケーションの齟齬に気がつかない。なぜ?
木下 耕一 @conoki69
カンさん、優秀な人ほどコミュニケーションが文字で成り立たない人との関わりが希薄だから。かつて系譜園というと近づくことさえ恐ろしかった。そこで10年前金子さんとお会いした。なんで自分はこの場所を恐れ偏見、忌み嫌うイメージを持ったのだろう?金子さんと一緒にはご飯を食べた。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、コミュニケーションの難しさ。ハンディキャップを負った人とのコミュニケーションが取れなかった。私は30年かかった。 文字中心位世界の全てが動いている。文字から疎外されていると人間にあらざるを得ないという理解がある。母にとって音声としてのハングルは持っていたが文字がなかった
木下 耕一 @conoki69
カンさん、手話言語を第一言語とせざるを得ない聴覚障害者は外国人に近いのではないか。そうした意味で今日私がここで話をする意味もあるのではないかと思った。奈良県天理市の夜間中学のことも、ようやく今理解できるようになった。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、インタビューを受けると記者はメモを取る。なぜか忘れるためだ。我々は忘れることにより生きられる。しかし私の母は書き記すことができなくて全てを覚えておかなければならなかった。その果てに神経衰弱になった。忘れることができなかったからだ。人は忘れることができなかったらノイローゼ
きまきまき【ゆるふわアカウント】 @kimakimakakao
姜尚中さん、「怒髪天を衝く」の発音が今の日本人よりずっと正確でした #zentsuken_oita
木下 耕一 @conoki69
カンさん、母の躁鬱状態、動と静、振幅が大きかった。文字を使ったコミュニケーションができない人が世界を抱え込まなければならなかったことは想像できない。私が留学したとき母には手紙を書けなかった、母には伝えたいことがあっても手紙を書けないから人を介さなければならなかった。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、母に対するうしろめたい思いもあって小説を書いた。母には身体言語があった。韓国にはチェサという儀式。日本の法事に近い。その時だけは死者を祭り死者とコミュニケーションする。女性が内面を吐き出す機会。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、大震災後現地に行った。全てが瓦礫という世界は初めて。こうした場所では死者を弔うことが必要。 韓国の法事、2日館泣きながら話す。私は大嫌いだった。それは死者とのコミュニケーションだった。 どうして今、コミュニケーションがこれほどやせ細っているのか?
木下 耕一 @conoki69
カンさん、自分は今ここで悲しんでいるが、一人ではないということだったのではないか。なくなった祖先は見守ってくれているはずだということだったのでは。当時の私はそういう世界とは無縁で忌み嫌っていた。
木下 耕一 @conoki69
カンさん、母親は常に旧暦で生きていた。旧暦の世界、私には遅れた世界と思っていた。でも生活の知恵の全てが旧暦に込められていた。潮の干満、農作物の暦。コミュニケーションの重要なことは、差別の要因は食べ物をめぐること。特に殺生を忌み嫌う仏教。二番に大きいのは通婚。血統というものが原因。
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