103
病は、胸。脚の気。さては、そのこととなく物食はで悩みたる。
269
十八、九ばかりの人の、いとよく肥えて、髪いとうるはしくて、たけばかりにて、色いと白う、顔うつくしきが、歯を病みて、髪のなるやうもしらず、泣きまどへば、上は少しふくだみ、額髪もしとどにぬれて、顔いと赤うなりて、袖して押さへてゐたるこそ、いみじく、心ぐるしけれ
210
八月ばかり、白き単衣のなよよかなるに、つづやかなる袴こそよきものはあれ。紫苑(しをむ)色の衣の、鮮やかなるには<あらぬ>引きかけて、若き人の胸をいみじう病めば、友だちなんど、かはるがはる来つつとぶらふ。外(と)の方に、「いとほしきわざかな。例もかくや病み給ふ」など、事なしびに問ふ人もあり。心がけたる人は、誠にいとほしと思ひ嘆くもあめり。うるはしき髪を引き結ひて、傍らにうち置きたるけしきも、いとらうたげなり。
上に聞し召して、御読経の僧の中に、陀羅尼少し読むがありけるを、給はせたれば、几帳引き寄せて加持せさするほどに、せばさなれば、おのづから外れて、訪人(とぶらひびと)なども見えなどして、隠れなきを、(=僧が客の方に)目を配りつつ見るは、罪や得(う)らむとこそ、見えためれ。
堺本
305
病(やまひ)は、胸。物の怪。脚(あし)の気。ただそこはかとなく物食はぬ。
十八九ばかりの人の、髪いと麗(うるは)しくて、長(たけ)ばかり、裾(すそ)ふさやかなるが、いとよく肥えて、いみじう色白う、顔愛敬づきて、よしと見ゆるが、歯をいみじく病み惑ひて、額髪もしとどに泣き濡らし、髪の乱れかかるも知らず、面(おもて)赤くて、押さへ居たるこそ、をかしけれ。
八月ばかり、白き単衣、なよらかなる、袴よきほどにて、紫苑(しをん)の衣の、いと鮮やかなるを引きかけて、胸いみじう病めば、友だちの女房たちなど、かはるがはる来つつ、「いといとほしきわざかな。例もかくや悩み給ふ」など、事なしびに問ふ人もあり。心かけたる人(=愛人)は、まことにいみじと思ひ嘆き、人知れぬ仲などは、まして人目思ひて、寄るにも近くもえ寄らず、思ひ嘆きたるこそをかしけれ。いと麗しく長き髪を引き結ひて、物つく(=吐く)とて、起きあがりたる気色も、いと心苦しく、らうたげなり。
上にも聞こし召して、御読経の僧の、声よき、給はせたれば、訪人(とぶらひびと)どももあまた見来て、経聞きなどするも、隠れなきに、(=僧が客の方に)目を配りつつ読み居たるこそ、罪や得らむとおぼゆれ。
能因本
183 :188病は
病(やまひ)は 胸。物の怪。脚の気。はては、ただそこはかとなくて物食はれぬ心地。
183 :189:(能305):十八九ばかりの人の
十八九ばかりの人の、髪いとうるはしくて丈ばかりに、裾いとふさやかなる、いとよう肥えて、いみじう色白う、顔愛敬づき、よしと見ゆるが、歯をいみじう病みて、額髪もしとどに泣きぬらし、乱れかかるも知らず、面(おもて)もいと赤くて、おさへてゐたるこそをかしけれ。
183 :190:(能305):八月ばかりに
八月ばかりに、白き単衣なよらかなるに、袴よきほどにて、紫苑の衣のいとあてやかなるを引きかけて、胸をいみじう病めば、友達の女房など、数々(かずかず)来つつとぶらひ、外(と)のかたにも若やかなる君達あまた来て、「いといとほしきわざかな。例もかうや悩み給ふ」など、ことなしびにいふもあり。
心かけたる人はまことにいとほしと思ひ嘆き、<人知れぬなかなどは、まして人目思ひて、寄るにも近くえ寄らず、思ひ嘆き>たるこそをかしけれ。いとうるはしう長き髪を引き結ひて、ものつくとて起きあがりたるけしきもらうたげなり。
上にもきこしめして、御読経の僧の声よきたまはせたれば、几帳引きよせてすゑたり。ほどもなきせばさなれば、とぶらひ人あまた来て、経聞きなどするも隠れなきに、目をくばりて読みゐたるこそ、罪や得(う)らむとおぼゆれ。
三巻本
夏が二藍なら初秋は薄紫。『枕草子』「病は」の段より夏風邪ひいた女房仲間の装束です。男女問わずたくさんの友人が見舞いに訪れうるさいぐらいなのを、ちょっと引いた所から「しかし彼女色っぽいわ」としげしげ眺める清少納言。 袿:紫苑 単:白 pic.twitter.com/Aa8nm7XiJb
2019-08-26 12:59:17「八月ばかりに、白き単衣なよらかなるに袴よき程にて、紫苑の衣のいとあてやかなるをひきかけて、胸をいみじう病めば、友だちの女房など数々来つつ訪らひ、外の方にも若やかなる君達あまた来て(中略)いとうるはしう長き髪をひき結ひて、ものつくとて起きあがりたる気色もらうたげなり。 」
2019-08-26 12:59:17突然ですが、「傷病系フェチ」の元祖といわれる『枕草子』三巻本第183段、「病は」全文を紹介します(以下私訳)。観察眼が鋭い人がフェチにはまると大変なことになるし、そういう人にとっては病気の様子さえも観察のおかしみや彩りがあって、妄想はだいたい途中から脱線して暴走する、という例です。
2020-02-28 11:43:11「病気といえば胸のわずらい。もののけに憑かれること、脚の病、あとは、どこが悪いというわけでもないけれど、なんとなく食欲がわかない症状。 18か19歳くらいの、髪が豊かで長く美しく、すそもふっさりとしていて、肉付きがよく色白で、顔も愛くるしいきれいな女性が、ひどい歯痛に苦しんで、」
2020-02-28 11:43:46「涙で額も髪もぐしょぐしょになるほど泣き濡れて、それが顔に乱れかかっているのもかまわずに、顔中が真っ赤に紅潮して、痛むところを必死に手で抑えている姿は、なんとも色気があってたまらない。」
2020-02-28 11:44:43「ある年の8月頃、白くて柔らかい単衣(ひとえ)に立派な袴をつけて、たいそう上品な紫苑がさね上着を羽織ったまま、胸わずらいで苦しんでいる女性がいて、友人の女房などが次々と見舞いにやってきた。」
2020-02-28 11:45:29「部屋の外には貴公子たちも続々と見舞いにやって来たけれど、なかには「まことに痛々しいですなあ、普段もこんなに苦しまれるのでしょうか」と適当なことを言う者もいれば、その病に伏す女性に恋している者はそれこそ「ここが恋の風情の見せどころ」といった趣で心配しながら浮かない顔をしている。」
2020-02-28 11:46:26「そのいっぽうで、とても見事な長い髪を、寝転んで乱れないよう後ろに引き結んで、気分が悪くてものを吐くために起き上がる女性の様子は、たしかに痛々しいけれどもそこが愛らしい。」 (↑!???)
2020-02-28 11:47:28「そうした病気の様子は帝の耳にも入り、心配して読経の声がいい僧を遣わせてくださったので、(直接姿は見せられないので、病人の)枕元に几帳を引き寄せて、それを隔てて僧を座らせて読経させていたりする。」
2020-02-28 11:48:25「家がそれほど広くないので、見舞いの女房客がおおぜい詰めかけて、病人と一緒に読経を聴聞したりしていると、その婦人客たちの姿があらわに見えるので、僧がちらちらと目を配っていたりする。 あれは仏罰がくだったりしないのだろうか。」
2020-02-28 11:48:56最後に、なぎこさん、これを中宮定子さまに見せるための本(「枕にしてはべらめ」)に書いておるわけで(たぶん帝も見る)。しかもこの筆のノリ具合。ううむ。業が深い。(了)
2020-02-28 11:49:40編集者/だいたいニコニコしています/Fav→/大屋雄裕/鴻上尚史/東浩紀/士郎正宗/西原理恵子/伊坂幸太郎/みなもと太郎/中村珍/リアル脱出ゲーム/まどマギ/嵐/おかざき真里/ゆうきまさみ/羽海野チカ/末次由紀/小山宙哉/内藤泰弘/篠原健太/清少納言/羽生結弦/FGO/葦原大介/杉田圭/山本淳子/御用はリプ→DMで