〈霞〉は、また肩の荷が増えたのを感じた。爆雷を持たない駆逐艦娘は、どれほど練度が高くとも無力だ。それはさておき現時点での攻撃は完了した。動かなくては。 「面舵(おもーかーじ)、050度までまわる」
2022-04-21 19:44:20爆雷が残り6発? たったの6発だ。 予備の爆雷を艤装の隙間に詰め込んでいたのを思い出したが、すぐにそれがあてにならないのも思い出した。残弾表示は、予備も含めた数だ。このまま攻撃を継続すれば、2度の攻撃の後、駆逐艦娘〈霞〉は完全に無力な存在となる。
2022-04-21 19:45:34では一度に落とす爆雷を減らすか? 数学者の計算によれば、一回の攻撃パターンで探りを入れられる範囲は爆雷の数の二乗に比例する。爆雷の数を半分にすれば、命中する確率はわずか四分の一になる。爆雷の数を三分の一にすれば、命中する確率は九分の一。
2022-04-21 19:46:44前に〈伊168〉は、落ちてきた爆雷の数は数えていると言っていた……減ったときに気付くとも。カ級も気付くだろう、攻撃が手ぬるくなったことに。動きが大胆になるかもしれない。 だが爆雷が止めば、もっと大胆になるのは間違いない。
2022-04-21 19:48:25先ほどの攻撃の効果があったかどうか、そろそろわかるころだ。〈霞〉は右後方、爆発による泡が消えかけているあたりを振り返った。見えるものは泡しかなかった。
2022-04-21 19:49:31さて、これからどうやって攻撃すればいいだろうか。〈霞〉はこの24時間、気前よく爆雷を使いすぎていた。年に一度の祭りに行ったとき、小遣いを使いすぎてしまったときのように。 あのときのように考えなしだったつもりはない。だが、敵が多すぎた。
2022-04-21 19:50:48あのころ、からっぽになったお財布を手に途方にくれていたあの頃は、やさしい父とほほえみをたたえた母が、それぞれこっそりと10銭硬貨を〈霞〉の手ににぎらせてくれた。当時はみな裕福だった。
2022-04-21 19:52:54ほんの一瞬の間に、〈霞〉は北域にある故郷のことを思い出していた。山間に広がる畑や田んぼと、ぽつぽつと建てられた木造の民家、その間を吹き抜ける秋の風を感じていた。楽しげな太鼓の音、騒がしい虫の鳴き声を聞き、甘い綿菓子を味わっていた。
2022-04-21 19:54:30思い出はすぐに、寒々しいものにかわった。いつの間にか両親はぎこちない笑みを浮かべ、隣には封筒を持った海軍の役人がいた。祭りは気まずげな顔の村人がならぶ、壮行会にかわった。流石に、〈霞〉も気付いていた。自分が売られたことを。
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