曰く付きの土地に立った居酒屋、そこには22時を回ると人間ではない何かが来店する…→新人のバイトと「何か」の不思議な物語

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くも @mkmk____kmkm

曰く付きの土地に建ってしまった居酒屋、22時を回ると必ず人間ではないなにかが来店してしまう。客は怯えて入りが悪くなるしスタッフも怖がって辞めちゃうので店主は営業時間の短縮せざるをえなくなってたんだけど、ある日ラストまで希望でバイトの男の子が入ってくる。

2022-04-20 22:35:13
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訴えられても嫌なので店主はしっかりと、この店が曰く付きであること、夜遅くに人間ではないものが来店すること、しかしいまのところ誰かが怪我をしたり死んだりはしてないということを伝えた。男の子は怯えることもなく平然と「構いませんよ」と快諾。

2022-04-20 22:35:13
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男の子のバイト初日。店主と男の子しかいない店に人間ではないものが来店する。それは黒くて、不定形で、くぐもったおぞましい声を発する。店主が店の奥から様子をみてると、男の子は怖がるどころか声ひとつ震わさずに人間ではないそれに向かって「いらっしゃいませ、お一人ですか?」と尋ねた。

2022-04-20 22:35:13
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返ってくるのは、やはり聞き取るのも恐ろしいざわざわとした不協和音のような声。しかし男の子はそれに対して、穏やかに微笑んだ。 「カウンター席とテーブル席はどちらになさいますか?テーブル席ですね。ご案内いたします」 他の客とまったく変わらない完璧な対応に店主は開いた口が塞がらない。

2022-04-20 22:35:14
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「店長」 「ひぃ!!」 呆けている間に男の子が戻ってきて、店主に伝票を差し出した。 「オーダーです。枝豆と焼き鳥五点盛り」 人ではないその客からオーダーが来たのは初めてだった。なにせ誰もあの黒いなにかに近付けない。そもそも客だと思ったことすらないし、初めて見たときには阿鼻叫喚だった。

2022-04-20 22:41:48
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「えぇと、冷酒冷酒……」 男の子は冷蔵庫を漁って冷酒の小さな瓶を取り出した。 店主も我に返り、恐る恐る焼き鳥を焼き始める。 オープンキッチンからは、テーブル席に身を落ち着けた人間ではない客の姿がちらりと見えた。 男の子は人間の客にするように綺麗な所作で冷酒とグラスを置いている。

2022-04-20 22:41:49
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テーブルを離れようとした男の子だが、それに呼び止められたようだ。持ち上げかけた腰を再び下げ、うんうんと相槌を打つ。考えるような素振り、なにかを答え、そしてくすくすと肩を揺らして笑う。 店主は驚いた。なんと彼は、あのなんだか分からない化け物と談笑をしているのだ。

2022-04-20 22:48:27
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「きみ、まさかあれが人間にでも見えてるのかい?」 出来上がった料理を男の子に渡しながら尋ねると、彼はきょとんと目を丸くした。 「まさかぁ」 「く、黒くて、へどろみたいな、もやみたいな」 「お客様に向かってへどろとかやばくないですか?」 「お客様、でいいのか?あれは?」

2022-04-20 22:48:27
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そもそも大前提としてそこからなのだ。 すっかり腰の引けた店主に、男の子はあきれた様子で溜め息をついた。 「神様ですよ」 「いや、そりゃお客様は神様だけど、あれは」 「だから、神様なんです。あのお客さん」 「……………………………は?」

2022-04-20 22:48:27
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「料理冷めちゃうんで、あとで話しますね」 男の子はトレーを持ってあの客のもとへ行ってしまう。 迷ったが、店主は男の子に着いていくことにした。自分はこの店の主なのだ。なにが起こっているのかくらいは把握しなくては。 「お待たせいたしました」 男の子が声をかけると、黒いそれは

2022-04-20 22:53:50
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やはり聞き取れない声でなにかを言った。男の子のことをいたく歓迎した様子だ。へどろのようなもやのような体から無数に生えた、触手のような毛のようななにかがわさわさと蠢く。 咄嗟に口を押さえてしまった店主だが、男の子はにこりと口角を上げると客の前に恭しく皿を置いた。

2022-04-20 22:53:51
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「枝豆と、焼き鳥の五点盛りです。串気を付けてくださいね。これは串入れ。枝豆の殻はこっちに入れてくださ……ああ、まるごと食べちゃった。大丈夫ですか?しょっぱくておいしい?あはは、良かったです。お好きなように召し上がってください。ええ、お客様が美味しいと思うように」

2022-04-20 22:56:24
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男の子は優しく告げて離れようとしたが、また引き留められたようだ。 困ったように振り返る男の子が「すみません」と店主へ頭を下げる。 「こちらのお客様、話し相手になってほしいって……そういうお店じゃないし、お断りした方がいいですよね?」 「とんでもない!話し相手になってあげて!」

2022-04-20 23:00:31
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「でも、そろそろ掃除とか始めないと」 「僕がやっておくから!もう他にお客さんも来ないだろうし!ね!」 「いいんですか?……じゃあ、お願いします」 客に向き直った男の子は「店長がいいって言ってくれたので大丈夫みたいです。ここ座っていいですか?」

2022-04-20 23:00:32
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と黒いそれの向かいに腰を下ろした。 串も殻も関係なくなにもかもがそれの中に消えていくのをゾッとしながら横目に見やり、店主は逃げるように店の奥へ戻った。 「あ、お皿はダメです!ダメ!だーめ!!」 皿でもなんでも食わせていいからどうにかしてくれ。店主にとっての神はあのバイトの男の子だ。

2022-04-20 23:03:06
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◇ つまり、夜遅くにやって来る人間ではない黒いなにかは神様なのだと男の子は言う。 「神様にも色々いるけど、町の中にいる神様は基本的に人間が好きです。大好きだから側にいるんです。でも神様って、人間に忘れられちゃうとどんどん自分の姿がわからなくなっちゃうっていうか」

2022-04-20 23:15:58
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翌日、男の子からそんなことを聞かされた店主は、聞いたそばから右から左へ流れていこうとする言葉をなんとか噛み砕いた。どれもこれも現実味がなくて、耳慣れないのだ。 「て、てっきりお化けかなんかだと」 「あそこまでなっちゃったら見分けつかないですよね」

2022-04-20 23:15:58
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「あそこまでなってなくても分からない気がするよ。ていうか、君は分かるんだね……」 「そりゃあ、神様ですし」 「そう……」 店主は察した。彼の言葉を理解するのは無理だ。そもそも話をしている土台が違う。 「それで、あの神様?を、うちに来させなくする方法とかって」

2022-04-20 23:15:59
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店主がそう切り出すと、男の子はぎょっとしたように飛び上がった。 「なんてこと言うんですか」 「え、だ、ダメ?」 「神様を門前払いするつもりですか?」 そう聞くと確かにものすごく無礼で酷いことのように思う。しかし見た目はあれだ。営業に多大な弊害が出ているし。

2022-04-20 23:16:00
くも @mkmk____kmkm

「じゃあまさか君は、このままあの神様とかいう化け物を歓迎し続けるって!?」 「一度招いてしまったのをこちらの都合で一方的にお断りするのはかなりやばいと思いますけど」 「招いたのは君じゃないのかい!?」 「違いますよ」

2022-04-20 23:22:09
くも @mkmk____kmkm

冷静な男の子の言葉に、店主は記憶を振り返った。 初めてあの人間ではないものがやって来た日───。 「バイトの子が、いらっしゃいませ、って」 「はい、招いてますね」 姿も見ずに声をかけ、振り向いたバイトの女子大生は腰を抜かしたのだ。

2022-04-20 23:22:10
くも @mkmk____kmkm

「招かれたのに誰にも歓待してもらえない、食事も酒も出してもらえなかったって落ち込んでたみたいですよ。忙しかったからダメだったんだろうって日を改めたけど、やっぱり誰も側に来てくれないって」 「それ聞くと罪悪感がすごいけどあれだよ!?どうやって歓待したらいいんだい!」

2022-04-20 23:24:03
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しかし彼の話を聞く限りでは、悪いものではないようだ。だからと言って、はい大歓迎です!とはいくらなんでも難しいものがある。 「……あの神様は、もとからああいう姿だったの?」 店主の質問に、男の子は「うーん」と頬を掻いた。 「どうでしょうね」 「どうでしょうねって」

2022-04-20 23:31:33
くも @mkmk____kmkm

「俺も詳しいわけじゃないから」 「いや十分詳しい」 彼にからかわれているわけではないのなら、店主にとっては十分有識者だった。 ◇ それからも夜になると、あの神様だという人間ではない黒いなにかはやって来た。 対応するのは男の子だけだ。他の誰にも出来やしないし、そもそも

2022-04-20 23:31:34