ミュージカルでは「突然歌い出す」のが気になるのに、オペラや能ではなぜそれが気にならないのか、という話

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ひびのけい @hbnk

我が刻はすべて演劇(あと美味いものと石垣島)/温泉好きは大体友達

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ひびのけい @hbnk

以前から言っているように、「ミュージカルではなぜ突然歌いだすのか」が問題なのではなくて、「ミュージカル以外では(オペラでは、能では…)なぜ突然歌いだすことが問題にならないのか」を考えないといけない。ということと、その答えを私もなるべく早く本に書きたいと思っています。

2022-05-09 18:31:01
ひびのけい @hbnk

ミュージカルで「突然歌い出す」のが気になるのは「不自然」だから。オペラや能で突然歌い出してもさほど気にならないのはそれが「自然」なものに見えるから。日常生活にはない設定を自然に見せる仕組みを芸術学で「慣習」(convention)=「お約束事」という。マンガの吹き出しはお約束事の一つ。

2022-05-09 21:00:53
ひびのけい @hbnk

日常生活で誰かが話すことが文字になりバルーン状のものに入れられて宙に浮かぶことはないが、誰もマンガの吹き出しを不自然だと言わない。そういう「お約束事」だと皆が了解してるから。オペラや能で突然歌い出しても不自然だと思わないのも同じ。それは音楽劇の「お約束事」だと皆了解してる。

2022-05-09 21:06:21
ひびのけい @hbnk

ではなぜミュージカルでは音楽劇の「お約束事」を皆が認めないのか。ミュージカルはリアリズムだと皆が思っているから。「お約束事」の多い藝術は「様式性が高い」と、殆どない藝術は「リアリズム」と言われる。音楽劇は本来様式性が高い藝術のはずなのに、ミュージカルだけは例外だと思われている。

2022-05-09 21:09:45
ひびのけい @hbnk

能やオペラのような藝術はその様式を知悉する「通」でないと理解できない。「リアリズムの」ミュージカルは素人にでもわかる。そのような思い込みのもと、ミュージカルは人気を博してきた。実際にはミュージカルにも通でないとわからないお約束事はあり、そのお約束事のもと表現の経済を実現している。

2022-05-09 21:15:21
ひびのけい @hbnk

それでもミュージカル固有の様式を理解せずとも物語はリアリズムになので「素人の」観客でもわかった気になる。とくに地の台詞は日常生活と同じだからよくわかる。と考えるから、ナンバーが不自然に思える。今までリアリズムだったのに突然歌い出すのはおかしい。でもそれがミュージカルの様式なのだ。

2022-05-09 21:23:56
ひびのけい @hbnk

実際、ミュージカルをある程度見慣れた人は、突然歌い出すことを不自然だとは思わない。「様式」への認識は慣れの問題であり、マンガの吹き出し同様、そういうお約束事だと理解してしまえば「自然」なものになる。

2022-05-09 21:26:29
ひびのけい @hbnk

なお、オペラではずっと歌っている、と反論してる人がいるが、レチタティーヴォその他でオケにずっと演奏させていることと、アリアや重唱になって突然昂揚した瞬間が生まれることは別だ。表現のモードが切り替わることを不自然だと思うか自然になされていると捉えるかはこれも慣れの問題に過ぎない。

2022-05-09 21:32:10
リンク Wikipedia レチタティーヴォ レチタティーヴォ(伊: recitativo,独: Rezitativ,仏: récitatif,英: recitative)は、クラシック音楽の歌唱様式の一種で、話すような独唱をいう。多くはオペラ、オラトリオ、カンタータなどの大規模な作品の中で用いられる。叙唱、朗唱と訳されることもある。リート、バラード、演奏会用アリアなどにも付随するが、通常は、個人的な感情の独白や、状況説明、会話などの場面に採用され、多くの場合はアリアなどの旋律的な曲の間や前に置かれることとなる。 レチタティーヴォでは言葉を補助するた 8 users 9
村上湛 @PontmrcyMarius

@hbnk 初演版の〈カルメン〉〈ファウスト〉みたいなオペラ・コミーク形式はもともと地がセリフですしね。

2022-05-09 21:52:53
リンク Wikipedia オペラ・コミック オペラ・コミック(opéra comique, 複数形:opéras comiques)は、フランスの、歌以外の台詞を含むオペラの一形態。「オペラ・コミーク」という表記もある。サン=ジェルマン市場(冬)、サン=ローラン市場 (夏)に開かれていた市場演劇ないし劇場 (フランス語:Théâtre de la foire, さらに限定するとコンメディア・デッラルテ〈コメディ・イタリアン〉)の人気ヴォードヴィルから誕生した。最初にこの名前が使われたのはアラン=ルネ・ルサージュの『Télémaque(テレマック)』 2 users
ひびのけい @hbnk

おっしゃる通りです。なお、たしかにオペラは(とくにその揺籃期において)ギリシア古典悲劇に範をとり「歌うように話す」ことを追求したので、二つのモードの「切れ目」がわかりにくいとはいえます。しかし、それはどちらのモードもその様式性に慣れぬ者には「不自然」に聞こえるということでもある。 twitter.com/pontmrcymarius…

2022-05-09 22:17:30
ひびのけい @hbnk

合衆国ミュージカルの様式性を教えるのに私のゼミでは『オクラホマ!』(1943/55)と『気まま時代』(1938)を続けて見せる。自分の本で扱ってるからでもあるがw「夢のバレエ」と「自分の恋心を鏡を見て確認する」という二つのお約束事が両作品で使われ/ひねられていることを見てもらうためでもある。

2022-05-09 22:43:00
オクラホマ! [DVD]

ゴードン・マクレー,シャーリー・ジョーンズ,ロッド・スタイガー,フレッド・ジンネマン

気まま時代 THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

フレッド・アステア,ジンジャー・ロジャース,ラルフ・ベラミ-,マーク・サンドリッチ

ひびのけい @hbnk

『気まま時代』では"I Used to Be Color Blind”が、『オクラホマ!』では"Out of My Dreams”が夢のバレエの導入になる。途中で台詞が消失し、女性主人公の無意識の欲望(男性主人公への恋心)がマイムで表現されるという「お約束事」は、慣れてない観客には意味がわからない。そこで「意味」を教える。

2022-05-09 22:50:19
ひびのけい @hbnk

「意味」がわかると、それほど「不自然」には思えなくなる。これらは歌舞伎で大太鼓で表現する水音、能の所作のシオリなどと同じ、ジャンル固有の様式的表現であり、日常生活から私たちが類推できるリアリズムにもとづいたものではない。しかし一種の暗号のように通じる者には通じる「意味」がある。

2022-05-09 22:54:33
ひびのけい @hbnk

『オクラホマ!』の”Many a Day”は「失恋したと思い込んで歌う歌」で、これもお約束事だ。そこに「自分の気持ちがわからなくなった主人公が鏡を見て自分の変わらぬ気持ちを確かめる」という別のお約束事が加わる。この場面ではローリーが鏡を見るより前に脇役の女性たちが覗き込むようひねられている。

2022-05-09 22:59:33
ひびのけい @hbnk

以前の場面でローリーは自分の迷う心を持て余して鏡を覗き込むことをすでにしているからだ。同じ仕草を繰り返すのではなく、一度目はその仕草を目立たずにし、二度目は大勢と一緒に覗くことで「お約束事」らしさを消そうとする作り手たちの意図はしかし、「お約束事」の存在を知らないと読み解けない。

2022-05-09 23:04:16
ひびのけい @hbnk

『気まま時代』ではさらにこのお約束事がひねられ、アステア演じる精神科医トニーが鏡を覗き込み、ロジャース演じるアマンダへの恋心を知るシークエンスになる。男と女の役割の逆転は『気まま時代』の主題といってもいいが、ここでのトニーは鏡を見るまで自分の心を知らないのだ(精神科医なのに!)

2022-05-09 23:08:49
ひびのけい @hbnk

繰り返すが、レチタティーヴォ(や17世紀オペラのモノディ等)をもって「オペラでは歌をずっと歌ってる」と反論する人は私の主張を理解できてない。レチタティーヴォという概念は、本当の意味で歌うアリアや重唱と区別するためにある。複数の表現のモードが切り替わる「不自然さ」がなぜ問われないか。

2022-05-10 09:40:04

山野靖博@3-4月『スウィーニー・トッド』 @YasuhiroYamano

山梨県甲府市出身。声楽家。俳優。声種はバス。教える仕事もときどき。185cm / 2024『スウィーニー・トッド』/酒飲み。/ note書いてます→https://t.co/W4VWC0rVVE

https://t.co/9ULtKhvFUq

山野靖博@3-4月『スウィーニー・トッド』 @YasuhiroYamano

演劇史・演劇理論がご専門の 日比野啓さん@hbnk が、 昨日から非常に興味深い論考を Twitterで大放出してくださってるので 興奮しながらシェア。 僕と同世代のミュージカル関係者には ぜひぜひ読んでいただきたいし、 その上でいろんなディスカッション したい…!!! twitter.com/hbnk/status/15…

2022-05-10 11:10:09
ひびのけい @hbnk

日本の創作ミュージカルではナンバーを叙情でなく叙事にすることに躊躇いがない。でも音楽に乗せて過去を語っても昂揚しないし、露骨な筋売りの台詞を歌われると、地の台詞で筋売りされるより白ける。合衆国でも叙事のナンバーはある(ソンダイムとか)が成立するかギリギリのところを探る。その違い。

2022-05-08 11:49:25
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