編集可能

【差別・侮蔑・嘲笑語】 言葉狩りについて 【善意がそれを拡散する】

曲がりなりにも商業的に原稿を書くお仕事を頂いている身からの、言葉狩りについての雑感。 結論から言えば、「差別・侮蔑・嘲笑」の忌避のためにその言葉を狩ってしまっても、それが示唆する対象がなくなるわけでもなく、却って「別の一般語に嘲笑的ニュアンスが拡散されてしまう」。 結果、差別・侮蔑・嘲笑語的示唆は広まってしまう。 続きを読む
ログ バタ屋 差別用語 美しい国 死語 言葉狩り
87
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
言葉狩りで思い出すのが安倍元総理のケース。著書「美しい国へ」というのは、内容を読むと「現状は必ずしも良いとは言えないから、そういう目標を掲げて、そこに向かう努力を皆でしましょう」というニュアンスなのだが、実際にはタイトルから「へ」を取って「現状も見えてない愚か者」として普及。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
「現状は必ずしもそうとは言えない」という現状認識の点は共有されてたはずだけど、「だから目標として美しく」と掲げた部分は看過されて、「今は美しいと誤認するほど現状が分かっていない」という罵倒・嘲笑的目的で使われた。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
その結果、「美しい」という形容詞は、称揚の意味ではなくて、「現状認識が欠落した夢見がちな愚かさ」を指す言葉にされてしまった。元の言葉にはそんな意味は微塵もないのに。あの時期、「美しい国」という言葉を嘲笑語として使ってた人達は、皆卑しい顔で嘲笑ってた。それとセットになってた。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
差別用語方面では「味噌煮込みコアラ事件」という、割と知られたケースがあるのだが(味噌煮込みコアラで検索すれば、おおよそのあらましは出てくるので割愛)、本来そういうニュアンスはなく、また利用者にそういう意図がなくても、「そういうニュアンスがある」と後付けされると取り返しが付かない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
上書きされた新しいニュアンスが嘲笑の意味合いを持つものだったりすると、旧来の賞揚的な意味はもちろん、賞揚でも嘲笑でもない日常語ですら「禁止用語」になってしまう。「お手伝いさん」「女中」、「お巡りさん」「バカチョンカメラ」、皆そう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
仕事で本書いてて、よく知られた差別用語はもちろんできるだけ避けるようにしている。僕んとこの分野は読者も多いわけではないから影響は小さいだろうけど、どこもかしこもそれに習って使わなくなると、結果的にその言葉っていうのは「知らない言葉」「忌避語」になって表出しなくなる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
例えば「めくら、つんぼ、かたわ、くろんぼ、バタ屋」などは、恐らく今後新作で書かれる本にはほとんど出てこなくなるだろう。出てこないから知られない、知られないからそう言われたものがなくなるかというと、蒸発して消えるわけじゃないから「別の言葉にそれを意味するニュアンス」が与えられる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
現在、トイレを意味する言葉は「便所」か「トイレ」辺りがすぐに頭に浮かぶが、日本語なら「厠、雪隠、お手洗い」、英語(外来語)なら「トイレ、ラバトリー、レストルーム」みたいな感じで、次々に言い換えされてきた。忌み言葉ではないけど「人前では忌避する言葉」という意味では、割と近しい。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
言い方を変えても、結局そこは糞便をたれる場所であることに替わりはないから、別の言い方になってもそれを指す言葉には侮蔑の意味がつきまとう。だから、侮蔑語として認識され始めたら、別の「お上品な言葉」に言い換える。そうやって、言葉は焼き払われていく。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
そうなってくると、「聞いた人間」「そこに侮蔑の意味を読み取った人間」が言葉の価値についての主導権を持つことになる。発信者の問題よりも、「受信者がどういう感情を持ったか」のほうが重要になるわけで、誰かが「ダメだ、それは差別だ」と言ったら、もう「そういうこと」になってしまう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
対応する側は、「わかりました、では次からは使いません」というしかなくなる。そうやって言葉は減るのだが、そのニュアンスで示唆したいことはなくならないから、別の言葉が「差別や侮蔑の意図を含む隠語」に生まれ変わる。これが繰り返される。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
「身体障害者」を障がい者とかチャレンジャーとかハンディキャッパーとか、いろいろに言い換えるのも、先のトイレの話と同じ。その言葉とそれが意味する内容が行き渡ったら、また別の「耳に優しくて聞き慣れなくてちょっと格好よさげな言葉」が使われ始め、意味が行き渡ったらまた変わる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
差別語とか侮蔑語とかの忌避語的なニュアンスを、一般語にダブルミーニングで持たせるような方向、しかもそれが「人目に付く一般的な文章」などで頻繁に見られるようになってくると、いろいろ末期的。本来的な意味なのか隠語としての示唆なのか、わからない人にはわからない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
結果、バベられたようなもんで、「言葉が同じなのに意志の疎通に混乱を生じる」状態になる。言葉狩りは結局のところ、不理解を加速させ、言葉の汚染を広めることにしかならないんだけど、「その言葉は汚染されている!」と善意で指さす人はなくならない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
その意味で、言葉を揚げ足取りするとか、「○○○ともあろう者がそんなことを言うとは」という類の発言については、趣旨や願望は理解するけど常に賛同することはない。というか、「○○○ともあろうものが」的な批判は、自分もされることを考えたらしたくねえなあ、とは思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
例えば将来的に、 「ほら、そのアレだよ」 「ああ、なるほど。ナニね」 「そう、そのナニが、それしたんだよ」 と言って一同は頷きあった。 ――みたいな内容の読み物しか世に出回らなくなったら、文学も漫画も死んじゃうだろ、と思うw
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
極論のように思われるかもしれないけど、商業的な執筆の現場では、軽度ではあるけど既にそうなり始めていて、ちょっとでもやばそうな言葉は最初から避ける、テーマは避ける、と特定地域の話題は避ける、みたいな感じで「最初からなかったことにする」ってのはある。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ブームの頃のことを覚えてる人が、鬼の首を取ったように問い合わせてくるんで無理ですね。 RT @fujiwaratakaaki: 一連のお話を聞いていて、服の流行みたいに一定周期で元に戻るようにしたら良いんじゃないかと思いました。古い言葉が忘れ去られたら、またそれを使うと。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
聴取者の人数が少数で、その狭い場の中でしか共有されず、なおかつ外にそれが漏れない、漏れてもさほど話題にならない、のであればまだしも。記録に残る、コピーされる、RTされて多くの人の目に付くとなれば、そりゃもう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
そんなわけで、ヤバイ言葉を意識して避けても、やばくない言葉に「そういう意味を感じ取った」と言い出す人を完全には排除できないので、失言とか差別用語とかを未然に対策するってのはもう、完璧な対応とか無理です。無理でーす。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ここまでにあった「バベる」は、「聖おにいさん」に出てくる、イエスのお父さんがバベルの塔建築でいらついてやった聖なる言葉狩りを指します。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
そんで「バタ屋」ってのは恐らく凄い勢いで死語というか「隠匿する差別語」にされてるので、一般認知低いと思うけど、今で言うホームレスとか。類語は「乞食、ルンペン、屑拾い、屑屋」。でも、大昔の座って物乞いをする乞食と、家電いっぱい持ってるビニールハウスホームレスとはニュアンス違う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
結局のところ、言葉というのは「ニュアンスの固定化」であって、ニュアンスを封じ込めた言葉が汚いとか気に入らないからといってその言葉を禁じてしまったら、結局同じニュアンスを別の言葉に被せることにしかならない。ニュアンスのとばっちりの拡散は、意志疎通の阻害にしかならんと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
とは言ってみたところで、対抗運動として積極的に商業誌で「メクラで片ちんばのクロンボが」とかいうような文章を書くようなことは、ほぼあり得ない。止められるか、校正で直されます。影響が出るところが多数に及ぶ場合、いろいろな段階でチェックが入って未然に予防されるというか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
なので、言葉はゆっくりと死んでいき、死んだ言葉の魂は別の言葉に乗り移って拡散していく、それらの「汚染された魂を持つ言葉」を片っ端から駆逐して、ドンピシャの言葉を殺して亡霊に取り憑かれた一般語も殺していく、という流れは、もうどうにも止まらないでしょう(´・ω・`)
残りを読む(1)

コメント

arabiannightbreed @a_nightbreed 2011年9月16日
図書館戦争を思い出したなう
Masayoshi Nakamura @masayang 2011年9月17日
「差別用語は存在しません。あるのは差別する心です。」と言ったのはmohta氏だったか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2011年9月17日
「差別する心を持っているから卑しい人間だ」と指弾する行為もまた、実は別種のベクトルを持った差別心を、善意で覆っているだけの卑しい行為とも言えるんだけど、言ってる人間はそれについて「自分は善意で言っている」と自分を赦してしまう。結局のところ、差別(忌避的区別)は善悪では測れないです。誰か/何かについて差別している、と言う人間が現れなければ差別は生まれないとすると、差別は善意が作り出すとも言える、とゆー。
俺@2016 @o_mina564 2011年9月19日
老人のボケた状態も痴呆症から認知症に変更されましたわな。暴走族を珍走団と呼ぶのは差別用語?そのうちニートとかゆとり野郎とかも差別用語として使えなくなるのかしら?
TANABE Toshiharu @itinoe 2011年9月26日
言い換え語で意味合いの細分化が行われるんでしょうけど、最近は使われる語彙が少なくなっているようにも思われます。だれかか「ヤバい」を言葉狩りの対象にしてしまったら色々混乱が起きそうにも(笑
MistForest @mistforest 2012年5月21日
「差別語など存在しない。だが、差別的文脈は存在する」というふうに考えてる俺。
MistForest @mistforest 2012年5月21日
ずっと昔、小林よしのりは「差別論」の中で、「差別用語、表現を使っていいのは天才だけだ! 馬鹿は使うな!」的極論を展開してたけども、それを俺なりに解釈すると、用語の問題じゃなく、文脈に関するからじゃないかと思ってる。馬鹿が使うことで乱れた文脈からどうとでも捉えられる危険性というのも感じ取ってたんじゃないかと。無論それは小林自身にさえも。
MistForest @mistforest 2012年5月21日
これは全くの持論だけども、差別心って卑しさとか傲慢から発生するんじゃなくて、人間個人の認識の限界から発生するんだろう、と思ってる。「○○については知ってるが、△△については疎い」という認識が、状況次第で十分差別にもなりうるし。
wwitz @wwitz 2012年7月29日
あれがなにが小説で都筑道夫先生思い出した。だんだん使える言葉がなくなっていくとかいうやつ。ずれるかもだけど、今、新しい言葉って用例のでるのが早くて広大で止まらないから、同じ言葉を別の文脈意図で理解して行き違うことがあるような印象。
善意 @masca_san 2012年9月11日
良まとめ。言葉狩りは(一部の人間の満足以外には)無意味であり、その上で連鎖する。
善意 @masca_san 2012年9月11日
これも結局、自分が「言われたら嫌だ」といった個人的感情を「皆もきっとそう/そうあるべき」という様に一般化しようとする謎の(しかしよくある)傾向の表出であるように感じる。
みなこ元気 @minako_genki 2013年4月27日
難しいですよね。私の場合は単純に「その言葉の対象となっている人達が厭がっているなら使わない」ようにしています。
みなこ元気 @minako_genki 2013年4月27日
文学作品などの表現活動と社会生活の中での規制は違っていい気がします。表現活動にまで規制を厳しくあてはめてしまうと、アズキさんがおっしゃるように、作品まで無味無臭のものになってしまいますね。作品についてはもっと大らかでいいんじゃないかと。美しいもの、正しいものだけでなく、醜いもの、悪いものもあってもいいんじゃないかなぁ。要は受け取る側の問題ですね。
山下238(京都大学霊長類研究所 の猿) @Yamashita238 2014年4月8日
心までめくらになってはいけない(アストロ球団)
めたぼっくす@11/4特撮オケオフ @metabox_xx 2016年5月13日
まあ結局何らかの造語が作られるよね。 対象Aは目の前に居座り続けるわけだし。 むしろ、言葉狩りを続けると事象は地下に潜り さらなる悪化を生む原因にもなりかねない。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする