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私たちは常にある形の現実の実感とともに生きている。しかしその現実の実感をめぐる論理は複数あるため、そのどれを採用するか、あるいはしないかに応じて現実の実感は流転し、その結果として何にどのように恐れを抱くかというリスクの実感も変化する。 (磯野真穂『他者と生きる』37)
2022-05-21 22:43:42「佐藤によれば、19世紀までには確かに存在したレトリックに対する人々の強い関心は20世紀に入ると消え失せた。その契機になったのが、言語表現を駆使しなくとも言葉を辞書通りの意味に用い、現象や事物に当てはめていけば世界を客観的に正しく表現できるという素朴な科学主義の台頭である」
2022-05-21 23:12:17また私は、「自分は大丈夫と思うな」といった形で今ここの身体経験を否定し、情報を与えることでリスクの実感をやみくもに醸造することは、差別や排除の問題を超えて、私たちが生命であるという事実をも否定する可能性があると考えている。 (磯野真穂『他者と生きる』82)
2022-05-22 10:04:54「自分らしさ」への希望は、何者にも影響を受けない秘匿された個性、あるいは想いの開花・実現として捉えられるべきではない。それは旧来の価値観や慣習からの脱却を試みる人々が新しい紐帯と共生、及びそれを支える倫理を探す過程の試行錯誤と捉えられるべきである。 (磯野真穂『他者と生きる』176)
2022-05-23 17:03:39確かに査読を通過させていないという意味で一般向けの書籍は「きちんとしていない」のかもしれないが、一般への情報発信を軽視し続ける態度こそが、医療情報をめぐる混乱や悲劇の一端を担っているということはないだろうか。 (磯野真穂『他者と生きる』215)
2022-05-23 18:24:56ここで宮野が九鬼を引きながら、出会いに伴う驚きを「知的情緒」と強調していることに着目したい。出会いにより生ずる驚きは、世界はこうなっている、これからもこうであろうという世界に対する知的理解の亀裂である。 (磯野真穂『他者と生きる』235)
2022-05-24 13:38:26木村は相互行為の本質はそれ自体を続けることにあり、情報の伝達、関係の調整といった相互行為の役割と一般的にみなされるものは、それを続けるという目的に乗っかっただけのものであるという。 (磯野真穂『他者と生きる』258)
2022-05-24 14:47:20人類学者のエヴァンズ・プリチャードが指摘したように、科学は「How」の説明は得意とするが、「Why」の説明は苦手だからだ。 (磯野真穂『他者と生きる』261)
2022-05-24 14:50:46まず魂という言葉が力を持つのは、関係論的時間の曲線が偶然領域に落ち込み自他のありようが不安定になる時にも「この私」をかろうじて保たせる何か、を指す時であろう。 (磯野真穂『他者と生きる』265)
2022-05-24 14:52:26