『法月綸太郎の消息』と後期クイーン的問題

杉田俊介さんの法月論「ミステリとポストモダン」に刺激を受けて、『法月綸太郎の消息』から『フェアプレイの向こう側』に至る法月さんのミステリ観の変遷を分析しています
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@quantumspin

「『フェアプレイの向こう側』と後期クイーン的問題」をトゥギャりました。 togetter.com/li/1886515

2022-05-14 10:19:34
杉田俊介 @sssugita

ミステリー雑誌(デジタル)「ジャーロ」82に「ミステリとポストモダン」という批評文を書きました。主に『法月綸太郎ミステリー塾怒濤編フェアプレイの向こう側』について。新本格とポストモダンの可能性をもう一度考えよう、という割とベタなことを真面目に書きました。よろしければ。8000字くらいです

2022-05-27 23:49:24
@quantumspin

杉田俊介さんの法月論、論理展開がちょっと乱暴というか、レトリックで語っているのが気になりはしたものの、結論は自分と結構近いところに向かっていて、なかなか読み応えがありましたね。『法月綸太郎の消息』と『フェアプレイの向こう側』との関係は、いずれこちらでも論じてみたいと思います。

2022-05-28 07:16:31
@quantumspin

法月さんのメルヘン観については、チェスタトンへの言及が決定的と思えるので、ここに触れるとなお良かったですかね。いわゆる「おとぎの国の倫理学」というやつです。

2022-05-28 07:30:07
@quantumspin

これな 『正統とは何か』と後期クイーン的問題 togetter.com/li/1832605

2022-05-28 07:31:18
@quantumspin

というよりも、近年の法月さんのチェスタトンや都筑道夫への接近は、やはり後期クイーン的問題の先を考えての話だった筈なんですよね。現代ミステリとメルヘンとの関係はそこから逆算されたものではないだろうか。

2022-06-03 07:14:28
@quantumspin

そもそも法月さんは『黄色い部屋』を読んでミステリを書き始めたと公言するくらい、都筑道夫に傾倒しており、その都筑は短編ミステリのお手本としてチェスタトンを敬愛していたので、最初から系譜は出来上がっていたわけですが。

2022-06-03 07:18:07
@quantumspin

ところが新本格バッシングによって、法月さんら当時の若手作家は「モダーン・ディテクティヴ・ストーリィ」と対決させられてしまう。「社会派なんてまっぴら」などと吠えていたら「人間が描けていない」とお叱りを受けてしまう。

2022-06-03 07:24:27
@quantumspin

法月さんの「初期クイーン論」や笠井さんの「探偵小説論」は、そうした新本格バッシングの反動として書かれたもののように思える。平成時代に「モダーン・ディテクティヴ・ストーリィ」が忘れ去られてしまうのは、こうした反動があったからだと思う。

2022-06-03 07:28:16
@quantumspin

元来「人間が描けていない」なる批判は、神視点から作品世界を眺めたからこそでてくるもの。対して「初期クイーン論」は、探偵の視点から作品世界を眺める事で、この批判を形而上化させている。「人間が描けて」いるかどうか作中に在る探偵には判断できないというのが「初期クイーン論」の主張ですから

2022-06-03 07:36:03
@quantumspin

そもそも人間は世界を経験によって獲得していくわけで、他者心理を測り難いのは当然の感覚なんですよね。そうした若者のリアリティから見て、メタ視点から「人間が描けていない」と批判する行為は、年寄くさく映ったと言うことではないでしょうか。いやしらんけど。

2022-06-03 07:42:32
@quantumspin

そういった経緯もあってか、新本格ミステリとモダーン・ディテクティヴ・ストーリィは一旦は袂を分かつんだけれども、この代償として新本格ミステリは後期クイーン的問題にとりつかれてしまう事になるわけなんですよね。

2022-06-03 07:46:56
@quantumspin

このあたりは「本格ミステリの原罪−−井上真偽論」にも書きましたが: "メフィスト 2020 VOL.1"(講談社文芸第三出版部 著)a.co/1FWYCex

2022-06-03 08:07:22
@quantumspin

そしてもはや若者ではなくなった法月さんが、新本格ミステリの「成熟と喪失」の帰結として都筑/チェスタトンラインへと回帰していくわけですから、ミステリファンとしては胸熱な展開なんだと思うんですよ。

2022-06-03 08:15:24
@quantumspin

実際のところ、そこへの道のりも単純ではないんですけどね。「生首に聞いてみろ」「キングを探せ」「ノックス・マシン」「挑戦者たち」「怪盗グリフィン」といった、東浩紀の影響下にかかれた可能世界論的な作品群が後期クイーン的問題とモダーン・ディテクティヴ・ストーリィを繋いでいるわけで。

2022-06-03 08:23:20
@quantumspin

そういやこのあたりはここで論じましたね。懐かしいmystery.or.jp/review/index.h…

2022-06-03 08:27:28
@quantumspin

この可能世界論というのか、多世界解釈というのか、とにかく複数の真実(基底状態)が縮退したような世界観に向かっていくのが、後期クイーン的問題に対するゼロ年代の法月さん的応答だったんですが、じつは基底状態の縮退とガラスのようなアモルファス状態とは、概念的に繋がっていたりするわけで。

2022-06-03 10:46:00
@quantumspin

『法月綸太郎の消息』で法月さんは、都筑道夫『退職刑事』をなぞる安楽椅子探偵ものを、安楽椅子探偵形式にアニーリング(焼なまし)処理を施したような、と言い表わしているんですが、これとアモルファス状態とはむろん繋げて考えるべきものだと思うんですよね。

2022-06-03 10:53:46
@quantumspin

アモルファス状態は準安定状態(推理)が複数存在する状態で、クエンチ(急冷)させるといびつで不安定な準安定解に収束してしまう。だから一旦高温にしたうえで、ゆっくり冷ましていく(アニーリング)。するといびつな解釈にトラップされにくく、より安定性高い結晶状態に落ち着くような話なわけです

2022-06-03 11:00:19
@quantumspin

そもそも安楽椅子探偵形式自体が唯一解の存在しない、可能世界論的なもの。そうしたミステリ形式をいかに終わらせるか。ゼロ年代を通過した法月さんは、そのことをずっと考えていたのではないでしょうか。

2022-06-03 11:03:41
@quantumspin

そこでチェスタトンです。「人間の内側を見ようとする」ブラウン神父の推理法を、法月さんは「犯人のキャラクターを理解することが謎の解明とほぼ等し」いと書いています。都筑道夫のホワイダニットもここからでてくるわけですよね。

2022-06-03 11:50:24
@quantumspin

『消息』にもありますが、ブラウン神父は人間を外側から見ようとするシャーロック・ホームズの探偵科学を批判し、犯人の意図の推理によって謎を解明してみせます。このホームズとブラウン神父の対比が、新本格ミステリとモダーン・ディテクティヴ・ストーリィの対比に重なる事は言うまでもないでしょう

2022-06-03 11:55:56
@quantumspin

犯人の意図の推理は、用意に作者の意図に敷衍しうるものです。『消息』で法月綸太郎がテクストクリティークをやってみせるのも、安楽椅子探偵を行うのも、いずれもブラウン神父の「犯人(作者)の意図」を推理する作業をなぞるものなわけです。

2022-06-03 11:59:54
@quantumspin

よくブラウン神父の「犯人は芸術家、探偵は批評家」というセリフが引用されますが、あれはブラウン神父の推理法だからこそ当てはまる例えであって、ホームズ的推理には当てはまらないことに、批評家のみなさんは気づいていましたかね。

2022-06-03 12:10:12
@quantumspin

いずれにせよ、意図の解釈は演繹推論ではなくアブダクション(当て推量)ですから、唯一解を目指す挑戦形式の極限にはなりえません。アニーリングという処理が、基底状態に近づけは出来るものの、結局のところ準安定状態にしかたどり着けない事と似ています。

2022-06-04 05:44:21