2022年6月11日

荒井裕樹『生きていく絵』読書メモ

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やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

「最近、ときおり「障害者アート」という言葉を目にするのですが、そもそも「障害者」という障害者はいません。それぞれ事情の異なる「障害」と抱えた一人ひとりの人間を通じて、「障害」あるいは「障害者」とは何かについて考えること。

2022-06-06 21:39:33
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

私がひそかに標榜している「障害者文化論」とは、そのようなことを目指しています」 (荒井裕樹『生きていく絵』33)

2022-06-06 21:40:15
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

おそらく「ある」と信じれば存在し、信じなければ存在しないというような類いの力というものが私たちのなかにはある。傷つき、疲れ、打ちひしがれた人が「再生」するには、あるいはそのような力こそ必要なのかもしれない。 (荒井裕樹『生きていく絵』35)

2022-06-06 21:46:55
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

最近よく思うのですが、「アーティスト」というのは「自分の思いを正確に表現できる技術を持った人」のことではなく、むしろ「自分の表現に自分自身が驚くことができる感受性を持った人」のことなのかもしれません。 (荒井裕樹『生きていく絵』42)

2022-06-07 22:06:47
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

現代は「心の病」という言葉がキーワードになっています。このように言うとすぐに「最近の若者は心が弱いから」という反応がありそうですが、そもそも「心の強さ・弱さ」というのは、その人を取り巻く人間関係や社会状況に大きく関係しています。 (荒井裕樹『生きていく絵』83)

2022-06-09 21:03:32
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

一人ひとりの生きにくさがにじんだ言葉を通じて、漠然とした(しかし確実に存在する)社会の生きにくさを言葉にし直していくこと。そこに文学の役割と意義があると信じている。 (荒井裕樹『生きていく絵』124)

2022-06-09 21:07:53
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

そもそも「感情」という名の感情はありません。「感情的」という表現は、しばしば「言葉にできない」「論理的でない」ことの隠喩として用いられますが、それでも通常であれば、感情は怒、憎、悲、喜、嬉、楽、好、嫌といった形で細分化されています。 (荒井裕樹『生きていく』152)

2022-06-09 21:11:56
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

思えば、これまでの文学研究は〈もの〉としての文学を対象としてきた。つまり作家の手によってなされ、文壇・文学史を形成し、文学市場に流通してきた形あるものとしての文学(人々が共有しえる文化遺産)を扱ってきたのである。 (荒井裕樹『生きていく絵』254)

2022-06-11 13:01:04
やまぐちかんた @0sak1_m1d0r1

そもそも文学研究は「言葉の力」を信じなければ成立しえない。しかし、ある言葉に価値や尊厳を認め、真摯に研究すべき文学として受け止めるか否かは、研究する者の想像力と感受性にかかわる問題である。 (荒井裕樹『生きていく絵』255)

2022-06-11 13:03:15

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