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『ロリータ』第二部第9章の終わりで、ハンバートは唐突に、階段の曲がり角にある格子窓の四角形の一つに「ルビー色のガラス」が嵌っていて、その「生傷」のようなガラスが「いつも妙に気になるのだった」と妙なことを述懐する。
2022-02-14 13:22:50この「妙に気になる」というのが、20年ほどずっと気になっていた。どうしてハンバートにとってそれが気になるのか、彼自身にはわからないが、よく読めば読者にはわかるはず、というのがナボコフの謎かけのはずだからだ。
2022-02-14 13:25:39その答えは、〈ナボコフ・コレクション〉に入れた『ロリータ』の解説に書いておいた。ハンバートの意識下に沈殿していたのは、第一部第21章で、シャーロットがハンバートの部屋に入ってくる場面。そこでシャーロットは、血のように濃い赤に塗った爪で、窓ガラスをトントンと叩く。
2022-02-14 13:29:56「窓ガラス」「濃い赤」というのが2つの場面のリンクになっているわけだが、そういう読者に対するサブリミナルな効果が、それだけではないことをようやく今になって発見した。
2022-02-14 13:32:39第一部第21章の問題の場面で、シャーロットは「あの傷ついた牝鹿のような表情を見せ……窓ガラスを見つめ……爪でそれをトントンと叩いていた」。
2022-02-14 13:34:33その文章で、「傷ついた牝鹿のような表情」は原文ではwounded-doe looks、「窓ガラス」はwindow-paneである。wounded-doeが音声的にwindowとつながり、paneが音声的にpain(痛み)につながる。視覚的なサブリミナル効果だけではない、聴覚的なサブリミナル効果もここに仕組まれていたのだ。
2022-02-14 13:41:4220年ごしの謎がこれでようやく自分としては腑に落ちるかたちで解決したわけだが、ナボコフのテクストにはこういう微妙な落とし穴がいたるところに潜んでいるので、何度読んでも読み尽くした気がしない。こうした発見をどうすれば翻訳に活かせるかというのは、また別問題なのだが。
2022-02-14 13:49:19