転生したら岩だったので話は終わりだ(1)

NAGAI。
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帽子男 @alkali_acid

転生したら岩だったので話は終わりだ。 OWARI

2022-11-23 13:35:10
帽子男 @alkali_acid

あらすじ 元非正規雇用、独身の成年女性Aさんは在宅介護で看取った母の葬儀を済ませ帰宅途中、突進してくるトラック、に跳ねられそうな男性の腕を掴んで引き戻しとっさに助けたところ 「あと少しで異世界転生してチーレム無双だったのにババア!」 と意味不明なキレ方をされ突き飛ばされ死亡。

2022-11-23 13:38:50
帽子男 @alkali_acid

気付くと次元の間で、頭に変な飾りをのせ手に天秤を持った怖そうな女神と向き合っていました。 「あなたは生前よい業を積んだので望みの世で望みのものに生まれ変わらせてあげましょう」 と言われました。しかしAさんは死の直前に明らかに社会的弱者らしき男性から振るわれた暴力に衝撃を受け、

2022-11-23 13:42:23
帽子男 @alkali_acid

眼鏡でユニクロでちょっと年もいった気弱そうな、誰かが助けてあげなければと感じさせる男性でも、いざとなると年嵩の女性にはああいうふうに暴力を振るうのか、 という現実に打ちのめされていたので、 「…生まれ変わりというのはよくわかりませんが、私にはもったいないように思うので」

2022-11-23 13:44:17
帽子男 @alkali_acid

このまま消えさせて下さいとお願いしました。存在するかぎり傷つけられるなら、もう存在しない方がよい。 そういう風に思うこともありますね。 激しい動揺がもたらした一時の気の迷いかもしれません。しかしもしかしたらそういう日常の破れ目にこそ人は真理を見抜いてしまうのかもしれない。

2022-11-23 13:45:53
帽子男 @alkali_acid

天秤を持ち頭に変な飾りをのせた女神はしかし言います。 「輪廻転生はさだめられていて、寂滅というのは、業の良し悪しによらず、積むのではなく捨てた先にあるもの」 「ちょっと…よくわかりません」 「善業を重ねても悪業を重ねても生まれ変わりに通じるのです」

2022-11-23 13:47:57
帽子男 @alkali_acid

「何もしないのが一番ということですか?」 「そうですね。それもできる限り長い間、何もしないでいることが寂滅に通じます」 「では…できるなら何もせず、何も感じず、傷つかず苦しまず、心を動かされないものに生まれ変わりたい」 「生あるもののうち何も感ぜぬものはありません」

2022-11-23 13:49:53
帽子男 @alkali_acid

「草木はどうでしょう?生きていたころは草木は痛みや苦しみを感じないと聞きました」 「大変な間違いです。草木ほど芽吹きに喜び、日と雨をことほぎ、寒風暑気に苦しむものはありません」 「…そうですか…」 「岩はいかがでしょう」 「岩…岩は命でしょうか」 「命ある岩もあります」

2022-11-23 13:51:44
帽子男 @alkali_acid

「命ある岩…」 「とりわけ丈夫で傷つきにくい岩にしてさしあげましょう。ただし命ある限り不壊ではありません。心が動かされればたちまち硬きは柔らかく、剛きは脆くなるもの…ましてあなたは前世の業からか悪縁を呼びやすいようす。丈夫な岩であればあるほどそれを乗り越えてくるものも厄介」

2022-11-23 13:55:02
帽子男 @alkali_acid

「死んだあともかくも悩み苦しまねばならないとは輪廻転生とはむごいものですね」 「これを救いと感じるものもいるのです」 「さぞかし幸せに生きて来たのでしょうね…話を聞いていると生は何度繰り返しても苦しみのように思えます」 「とにかくあなたを岩にしてさしあげましょう。虚空に浮かぶ岩に」

2022-11-23 13:56:43
帽子男 @alkali_acid

Aさんは虚空に浮かぶ岩となった。 ――Aさんは――  二度と地球へは戻れなかった…。  鉱物と生物の中間の生命体となり暗黒の海をさまようのだ。  そして死にたいと思っても死ねないので  ――そのうちAさんは考えるのをやめた

2022-11-23 13:58:33
帽子男 @alkali_acid

厳密にはもうちょっと色々あり、 まずぎっしりと密で熱くて重たい場所にいた。厚いかけ布団をかぶっているようでそう不快ではなかった。何かとてつもなく大きなものの芯にいるのだと何となく解った。 全身が燃え滾るような快さがあったがAさんの性格とは合わなかったので、つとめて無視した。

2022-11-23 14:00:49
帽子男 @alkali_acid

だがやがて周囲の重たさをさらに超える、しかもいびつな偏りのある重みが碾き臼のように襲ってきて、Aさんのいる場所をばらばらに引き裂いた。 Aさんは重たい場所から飛び出し、暗闇の中で凍てつく寒さに襲われた。体の芯には決して醒めない灼熱が残っていたがそれは眠りにつき、今度は冷気が

2022-11-23 14:03:10
帽子男 @alkali_acid

しんしんと岩の中に沁み込んでいった。けれども風呂上がりに夏の夜に涼んでいるようなさわやかさでもあった。極寒は灼熱の核と互いにせめぎ合いながら岩の内側に凝ったが、やがて慣れてしまった。 そうしているうちに星々が輝き始めた。恐ろしいほどの数の光。 絢爛豪華な全球の景色。

2022-11-23 14:06:11
帽子男 @alkali_acid

明るさも色も揺らぎも異なる光をAさんはただ眺め続けた。星々が歌っているのを聞き取れるようになった。 人間の歌とは違い、ある種の繰り返しと変調を備えながら、星が生まれて死ぬまで、あるいは無数の小さな星へと生まれ変わるまで続く。

2022-11-23 14:07:42
帽子男 @alkali_acid

Aさんはやがて星の並びが刻々と変わってゆくのに気付いた。Aさんは移動していたのだ。驚くべき速さで、ずっと、あの重みの碾き臼のようなものに襲われ熱く密な場所から弾け出てから、何もさえぎられぬまま飛び続けていた。

2022-11-23 14:09:31
帽子男 @alkali_acid

長い旅路だった。 Aさんは星々の歌を聴き、幾度も熱さと冷たさ、光と闇とをくぐり、ありとあらゆる色と匂いのする瓦斯(がす)の霧を潜り抜け、さまざまなものを内側に沁み込ませ、しかし傷つきはしなかった。

2022-11-23 14:10:48
帽子男 @alkali_acid

どれにも命がなく、美しいと思っても心を揺さぶられ痛めつけられはしなかったからだ。 ただ素直に褒め、讃え、あるいは理解し、静かに心に留めた。いつしかAさんはみずからも星の歌を谺のように歌い返し、みずから組み合わせて新しい歌を作った。

2022-11-23 14:12:53
帽子男 @alkali_acid

そうして踊った。重さと、熱と、寒さ、吹き寄せる光の風。周囲を過ぎる様々な大きな力に比べればずっと弱いが、質としては同じものを、Aさんは自ら発し、あるいは貯え、御することができるようになっていた。

2022-11-23 14:15:49
帽子男 @alkali_acid

歌い踊る岩は、渦を巻く星々の半ばをよぎり、重みによってとらえようとする暗い井戸(いど)にも、熱によって焼き尽くそうとする輝く釜戸(かまど)も上手にかわしながら、あてのないさすらいを続けていたが、 やがて眠りについた。満ち足りた眠りだった。

2022-11-23 14:18:30
帽子男 @alkali_acid

すでに人間だった頃の辛い記憶の多くは、天に浮かぶ岩としての暮らしが過去へと押しやっていたから。 孤独で、平安で、悩みのない眠りだった。

2022-11-23 14:20:11
帽子男 @alkali_acid

でも少し寝過ごしたかもしれない。 Aさんがそれまで歌う踊りながらかわしてきた暗い井戸や輝く釜戸に比べれば、ずっとちっぽけな、けれどもAさんよりは大きな岩の塊のそばを通ったとき、寝ぼけたままそちらに傾き、落ちてしまった。

2022-11-23 14:22:30
帽子男 @alkali_acid

岩のまわりには薄い瓦斯の層があり、Aさんは落ちる勢いで瓦斯を押し潰しあるいは擦らせて熱を発しながら、真赤になって、じゃぼんと水たまりに沈んだ。

2022-11-23 14:24:03
帽子男 @alkali_acid

水たまりは、もちろん虚空の広さに比べれば浅くて狭い場所だったが、それでもAさんが落ちた岩の表面の三分の二をおおっていて、小さいなりに恐ろしく複雑で奇妙な歌と踊りに満ちていた。

2022-11-23 14:25:13
帽子男 @alkali_acid

Aさんは水たまりの底、もっとも深い溝に転げていった。 といっても、虚空の基準にてらせばひっかき傷にもならないような場所だが。 溝は水の重みがかかる、暗く静かなところだった。 そう悪くはない。

2022-11-23 14:26:38
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