転生したら岩だったので話は終わりだ(2)

NAGAI。
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前回の話

以下本編

帽子男 @alkali_acid

羽のような雪が舞いながら降り、地に触れた途端に溶ける。そうして水となって沁み込んでゆきながらも、わずかずつわずかずつ土のぬくもりを奪い、やがって凍てつかせ、いつかは白い一片が残り、ついには積もり始める。 森の奥の岩場に立つ、宝玉の乙女のなだらかな肩にも、細やかな髪にも同じように、

2022-11-26 21:07:00
帽子男 @alkali_acid

冷たい銀の綿を飾ろうとしていた。 足元には妖精の丈夫(ますらお)が横たわり、静かに目を閉じ、胸の前で指を組んで、ただなすがままに天からの白化粧を受けている。 いかなる戦いの果てに斃れたのか、目に見える傷はなく、頬の色はまだ生き生きとして、ただ呼吸だけが、 「ふご…」

2022-11-26 21:09:35
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンはこれほどの理不尽はないという表情でむくりと身を起こすと、懐と袖をさぐり、鑿(のみ)のような道具を取り出した。古木を削った柄に、透明な硝子のような切っ先がついている。 "なんだそれは。妖精の短剣はどうした" 「はあ…ふわーあ…ちょっと休んでから」 "答えよ!"

2022-11-26 01:08:20
帽子男 @alkali_acid

「えー…あ、ああ…あー…あ、小人と…交換をいたしました。これと…ではおやすみなさ」 "寝るな!ええい貴様はこの大目付の時をどれだけ費やせば気が済む!妖精の短剣を…交換した?貴様が…ああ…こちらへ押し付けられる前は、火の妖精族のもとで徒弟をしていたといったな?その時か" 「すー…すー」

2022-11-26 01:10:51
帽子男 @alkali_acid

"ヴォルントゥーリル" 「聞いております…はい…眠るならあちらの枝がよいかと…」 "まったくそんな話はしておらぬぞ。火の妖精郷であろうな。あそこは小人が出入りする。なぜ交換などした。元服の印を" 「うーむ…あ、はい。工房の奥の寝床を貸してくれるというので」 "何という…"

2022-11-26 01:13:40
帽子男 @alkali_acid

「案外小さい寝床も寝心地がよいものです…ではおやすみなさい」 "待て!それでその品はなんだ" 「…ふむ…鑿…でしょうな…」 "鑿だと?職人ならず森番に鑿が何の役に立つ" 「印を刻むにはよいでしょう。まあまた明日にでも…」 "今や…何…ええい…悪鬼どもがまた…東の沼を騒がしておる…よいな!"

2022-11-26 01:15:58
帽子男 @alkali_acid

「ふぁい…そちらの洞で休まれるのはちと…栗鼠が…先客…ぐう…」 "守護の魔法!忘れるなよ!!百年ほどしたらまた見に来るぞ!!" 木菟が飛び去ると、もちろんヴォルンは爆睡した。

2022-11-26 01:17:16
帽子男 @alkali_acid

とはいえ斑の男は、二日ほどすると起き出して、森番の仕事を思い出したように周囲を散策した。 「…うーむ。やはり…この岩が…一番寝やすいな」 いやそうでもないようだった。

2022-11-26 01:18:46
帽子男 @alkali_acid

Aさんはまあ今まで出くわした種族の中では害のない方かなと生暖かく見守っていた。 やがてヴォルンは鑿を取り出して、陽射しにかざした。切先が巨人の溶けない氷でできていて、かすかに乾いた竜の血の香りがするのに、Aさんは気づいたが、特に何も言わなかった。

2022-11-26 01:20:44
帽子男 @alkali_acid

さらに言うと、塚頭には海の民の螺鈿が埋め込まれ、砂漠の魔霊の旋風をかたどった印が握りに刻んである。 すべてを一つにまとめるのは小人の細工だった。強い魔法が脈打っている。覚えのある魔法。小人の女王、いやその後継者と思しき系譜。複雑精緻で何を意味するのかすぐには解けない。

2022-11-26 01:23:38
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンは、樫の古木に近づき、幹に鑿を押し当てようとしたが、首を振った。 「かわいそうな気がする」 とでも言わんばかりに。それからあたりを眺め渡し、当たり前だが樹ばかりなのを確かめると、金と白の髪を掻きむしり、岩のそばに戻ってきた。

2022-11-26 01:24:58
帽子男 @alkali_acid

それから無造作に岩の表面に鑿を当て、妖精の言葉でみずからの所有と支配の印を刻んだ。 「永遠に我が財産とし、守護する。ヴォルカーラリルの子ヴォルントゥーリル。霧のあなたと霧のこなたの民の血において誓う」

2022-11-26 01:28:06
帽子男 @alkali_acid

岩はちょっと迷った。鑿を弾いてしまうと当然ながら疑いを招くように思った。しかしやはり小人の魔法の道具は受け付けない方がよさそうだった。 なので知る限り一番強い禍の主と救の主、神々の歌をつむいで防御した。

2022-11-26 01:30:22
帽子男 @alkali_acid

ところが、岩の表面にはヴォルンの頭文字が入り、そこからひびが広がり、ばらばらに砕けてしまった。 「ん?」 そうして中から、宝玉でできた乙女の姿を顕させた。 「凝星石…」 斑の男は、古い小人の言葉で、巨人の雪嶺華と並んでこの世界で最も美しいとされる鉱物の名を口にした。

2022-11-26 01:33:05
帽子男 @alkali_acid

宝玉の乙女は柔らかな光沢と丸みを帯びた肉付きをし、昼下がりの森に燦然と煌めきを放ち、かすかにはじらうような身じろぎもしたようだった。 「うーむ…」 妖精の青年は、氷の鑿と珠の麗人とを見比べ、まず思わぬ結果をもたらした道具をしまうと、

2022-11-26 01:35:40
帽子男 @alkali_acid

とりあえず黙々と周囲の砕けた岩の欠片を集め、嵌め絵細工を作るようにして、凝星石の女神像の周りに元通りに積み上げ始めた。 今のはなかったことにしようという魂胆がありありだった。

2022-11-26 01:37:05
帽子男 @alkali_acid

だが適当な修復作業の途中で、だんだんと船を漕ぎ始め、つい手を滑らせると、破片はまたばらばらに崩れて、中に閉じ込めた眩い娘を陽光のもとにさらす。 「うーむ…」 ヴォルンは手に持った欠片と、宝玉の化身とを見比べてから、諦めたように石榑を捨て、そのまま透き通った太腿あたりに頭を預け、

2022-11-26 01:40:25
帽子男 @alkali_acid

瞼を閉じた。そうして肩の力を抜き、少し経ってから呟いた。 「うーむ…寝づらい…」 姿勢を変えてつま先の当たりを枕にすると、どうにかこうにかまた目を伏せ、そして、 「すー…すー…」 寝切った。この状況にあって。

2022-11-26 01:42:16
帽子男 @alkali_acid

岩、ではなく宝玉の乙女となったAさんは、とりあえず黙っていた。 黙ってはいたが、 どうも、さすがに、これまで通りやりすごせる気はしなかった。

2022-11-26 01:43:21
帽子男 @alkali_acid

いや息もある。 つまり男は死んでいなかった。白と金の斑の髪と肌をした尖り耳の人士は、要するに眠っていたのだ。野外で。 毛布さえなく。

2022-11-26 21:10:38
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