乙武さんのツイートから、障害受容について改めて考えてみる

乙武さんの「障害ある子をさずかったら」という一連のツイート http://togetter.com/li/198105 をきっかけに始まった、主に自閉症療育クラスタ・心理学クラスタでの障害受容の議論をまとめました。 関心ごとは「障害の受容」とは具体的に何か、自分にとってそれはどのようなものであるか、それを客観的に測定する方法はあるのか、といったようなことです。
障害受容 障害 自閉症 心理学 発達障害
sora_papa 19006view 3コメント
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  • 乙武 洋匡 @h_ototake 2011-10-08 21:45:44
    【お知らせ】「もしも、自分が障害のある子を授かったら」――そんな視点から読んでいただきたい連続ツイートを、Togetterにまとめました。ぜひ、ご一読いただければと思います。http://t.co/ZNpJbMli
  • くらげ(暗黒面) @kurage313 2011-10-08 20:58:20
    乙武さんのツイートを読んで思ったんだけどさ、あの人、本当に自分の障害に悩まなかったのかなぁ。俺は目っさ悩んで死のうかとも思って、それでも生きてたらある日少しずつ受け入れられるようになったんだけどねぇ。まぁ、障害者を生んだことを謝る親ってのは苦手だけどさ。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 21:48:25
    障害の受容って(当人でも親でも)静的状態じゃなくて動的過程だと思うんですが、その視点が欠落してるかなと感じました。QT @kurage313: 乙武さんのツイートを読んで思ったんだけどさ、あの人、本当に自分の障害に悩まなかったのかなぁ。俺は少しずつ受け入れられるようになった
  • くらげ(暗黒面) @kurage313 2011-10-08 21:50:10
    @sora_papa ええ、私も激しい動的な受容過程を経たので、なんか乙武さんの場合はあっさりし過ぎてるような気がしてどうも、なのですよ。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 23:28:30
    あ、何かTweetDeckの調子が悪いみたいでメンションが拾われてなかったみたいです。すみません。私もあっさりしすぎ?と感じました。RT @kurage313: ええ、私も激しい動的な受容過程を経たので、なんか乙武さんの場合はあっさりし過ぎてるような気がしてどうも、なのですよ。
  • ちきーた @chquita_ 2011-10-08 21:30:30
    祖父も親父も無自覚未診断だが素人目からしても明らかに発達障害(祖父は高機能自閉症に感じた)の特性を高齢になっても(祖父は死ぬまで)発揮しまくってるのに、診断済みの同種の孫は成長と共に治ると信じるのは、気持ちは判るがやめて欲しい。
  • ちきーた @chquita_ 2011-10-08 22:18:49
    治らない、と諦めるのではないんだよ。今の状態を「良くないもの」として捉えて「良くないものを消す(治る)」という考えではなく、今の状態がそうである事として受け入れるだけ。自分達の希望の維持の目的で彼女の今を否定しないで欲しい。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:24:59
    同感です。RT @chquita_: 治らない、と諦めるのではないんだよ。今の状態を「良くないもの」として捉えて「良くないものを消す(治る)」という考えではなく、今の状態がそうである事として受け入れるだけ。自分達の希望の維持の目的で彼女の今を否定しないで欲しい。
  • SILVER @ohanami_road 2011-10-08 22:34:41
    自閉症は改善はするけど治らないんですよと言ったら、会社の大お局様が「治らないと決め付けて」と…。決め付けてるわけではなくてね、改善はされても根底の苦労は減ってないのさと思った RT @chquita_: 治らない、と諦めるのではないんだよ。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:37:19
    .@chquita_ @ohanami_road 「治る」ということばは、強くて肯定的で「善意の顔」をもっているので、そう言っている人に問題を提起すると面倒くさいことになりがちですね。障害を受け入れる立場のほうが、「治る」にこだわってる立場よりもむしろ前に進んでるんですけどね。
  • ちきーた @chquita_ 2011-10-08 23:51:17
    .@sora_papa @ohanami_road 何とかすれば(時が経てば)治る!という願いや希望的思考で当事者を激励する事で、その願いを叶えるために自分に努力を強いて出来ない自分に劣等感を持ったり強い自己否定をしてしまう残酷さに気付かないのが一番不幸なのよ…
  • SOLA @w_r_sola 2011-10-08 22:37:45
    わたしもそうだったはずなんだよね。障害の有無よりまずは命だし、自分のおかれた状況が色々アレだったせいもあって、こんなところ選んで(実際どうかは知らんよ)生まれてきてくれる子がいるってだけで嬉しくて。でも今完全に受容出来てるのかと言われたら、Yesと答える自信はない。
  • SOLA @w_r_sola 2011-10-08 22:39:09
    けど、別に受容できなくてもいいんじゃないの?そもそも自分自身も完全無欠のパーフェクトな正常人間でなんかありえないんだもの。受容できないことが悪いことみたいに言い切ってしまえる根拠がわからん。
  • SOLA @w_r_sola 2011-10-08 22:41:39
    たまたまわたしは生まれてくる子供におっかぶせるような夢を持ってなかっただけかも知れない。でもそれを持ってる人が実現できないことを知って嘆くのを悪と定義するのはおこがましいと思ってる。何の疑いもなくあると思ってたものがなかったら、そりゃびっくりするさ。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:41:58
    .@wr_sola 「受容」をなにか究極的な素晴らしい状態と考える必要はないと思いますよ。自分や親の抱えている問題がどんなものであり、それをふまえてどう生きていくか、そういったことをいろいろ考えて迷いつつ前に進んでいく過程を「受容」というなら、それはやはり重要なのかなと思います。
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:22:19
    障害受容っていうとDrotorのモデルがよく挙げられるけど、適応、再起に至った親がその後ずっと安定してそうかと言うと、「悲しみ、怒り」に降り戻ることもあるような気がする。エリクソンの「危機」じゃないけど、各生活段階での発達的課題に直面する度に大なり小なり起きるんじゃないだろうか。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:25:54
    親の側の障害受容を、行動的に定義できると興味深いですが。RT @cocorosh: あと受容っていうのもなかなか微妙な概念だな。障害児を取り囲む環境の中では割とよく使われている言葉だとは思うけど、「受容できていないね」は「愛着の問題だね」に近い危うさがあるように感じる。
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:40:52
    障害受容尺度みたいな質問紙は色んな研究者が作っているのを見ますが、それらの受容の行動上の定義はどうなってるんでしょうかね。RT @sora_papa 親の側の障害受容を、行動的に定義できると興味深いですが。RT : あと受容っていうのもなかなか微妙な概念だな。
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:42:49
    まあ普通に考えて否定的な言語行動と、回避や拒否のような行動が見られれば「受容できていない」と判断されるだろうけど、それらがどう変容すれば、どの段階から「受容できている」になるのか。というか、だから「受容」ってどういう状態よw
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:44:35
    .@cocorosh ちょっと考えていたのは、「受容」-「受容してない」みたいな軸があったとして、それは子どもへの「積極的介入」-「介入しない」の軸(これは行動的ですよね)との関係です。一般的な受容プロセスでいうと、「介入する」-「しない」-「する」と遷移する気がするんです。
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:45:09
    「受容」がどういう状態でどうやって確認し得るかということが分からないと、「受容できている」も「受容できていない」もないよなぁ。
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:53:15
    例えば障害特性に不一致、もしくは不適切な論拠の支援や治療に積極的に尽力する親御さんの場合はどう評価されるでしょう? QT @sora_papa 「受容」-「受容してない」みたいな軸があったとして、それは子どもへの「積極的介入」-「介入しない」の軸(これは行動的ですよね)
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:53:56
    「障害受容」と「障害理解」は=なのか≒なのか≠なのか。
  • そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa 2011-10-08 22:55:00
    それは「受容」の枠組みでは「受容に失敗してる」と呼ばれそうな気がするんですよね。だから本当に行動的に定義できるのかよく分からないな、と。RT @cocorosh: 例えば障害特性に不一致、もしくは不適切な論拠の支援や治療に積極的に尽力する親御さんの場合はどう評価されるでしょう?
  • cocorosh @cocorosh 2011-10-08 22:57:29
    そうなんですよね。「受容」の評価って実は多軸的で複雑な気がします。ちょっとした行動の頻度だけで評価するのは困難かも。RT @sora_papa それは「受容」の枠組みでは「受容に失敗してる」と呼ばれそうな気がするんですよね。だから本当に行動的に定義できるのかよく分からないな、と。

コメント

  • KAMON @KAMON_Yammani 2013-05-06 19:30:16
    例えば,発達障害者が息子の担任の先生だったら受け入れられますか? 娘の婚約者だったら? 自分の子どもですらギリギリのせめぎ合いなのに,他人にまで構っている余裕はない。(続)
  • KAMON @KAMON_Yammani 2013-05-06 19:33:23
    (承前)しかし,自分の子どもだっていつか誰かにとっての利害関係者になる。自分の子どもだからなんとか受容できているけれど,赤の他人がそうだったら「俺に迷惑のかからない"名誉健常者"になってから関わってね」と思うわけだ。躊躇なく。受容って,そういう水面下のドロドロのなかでどうにかやっていくもの。

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